第21話:冒険者たち
「さてと、今日は作物を売りに行きますか? アグリカルさん」
「そうだね。アタシもいい頃合いだと思ってたよ」
いつものように農作業を手伝っていると、フレッシュさんたちが話していた。
「作物を売るんですか?」
まだ畑を耕すくらいしかやったことがなく、あまりイメージがわかなかった。
「野菜とか果物を売ったお金が、僕たち"重農の鋤"の大事な収入源なんだ。もちろん、売るのはみんなに食べてほしいからでもあるよ」
「アタシらが育てたのは、ロファンティでもなかなか評判がいいのさ」
農場には食べきれないくらいの作物がある。
言われてみれば、みんなで全部食べるわけがなかった。
(私も一緒に行ってみたいな)
「いつもは僕とアグリカルさん、ラフの三人で行くんだけど。ウェーザさんも来る?」
考えていたら、フレッシュさんが誘ってくれた。
「はい! ぜひ、お願いします!」
また新しい"重農の鋤"の一面が見られると思うとワクワクしてくる。
「よし、じゃあみんなで行こう。最初は僕たちの後ろにいるだけでいいから」
「ウェーザは少しずつ覚えてくれればいいさね」
物を売るなんて初めての経験だ。だんだん楽しみになってきた。
「ここの作物は美味しいですから大人気でしょうね」
<太陽トマト>以外にも色んな野菜を食べさせてもらっているけど、どれも素晴らしく美味しい。
「うん、いつもすぐに売りきれちゃうんだ。僕はみんなの嬉しそうな顔を見るのが何よりの喜びでね」
「一生懸命育てた野菜を美味しいって言ってくれると、それは嬉しいもんだよ」
私も天気を当ててくれてありがとう、とか言われると本当に嬉しくなる。
たぶん、それと同じ感じだろう。
「作物を売るってことは、どこかにお店を出すんですか?」
王都では野菜を売る屋台がたくさんあった。
「手売りすることもたくさんあるけど、食堂なんかに渡すことが多いかな」
「酒場に卸したりもするさね」
ずっと王宮にいた私には新鮮な話だ。
「へぇ~、そうなんですか」
「今日は<砂金小麦>と<満足モロコシ>かな。まずは、この二つを売りにいってこよう」
また聞いたことがない作物の名前が出てきた。
「<満足モロコシ>ってなんですか?」
「芯まで実になっているトウモロコシだよ。食べ応えがあるからそんな名前になってるのさ」
トウモロコシは美味しいけど、食べるところが少ない気もしていた。
トウモロコシ好きには夢のような作物だろう。
「ふふっ、面白いですね。私も芯のところまで食べられたら、って思ったことがあります」
「ウェーザはアタシらが収穫したのを荷台に積んでおくれ」
「はい、わかりました」
野菜や果物が潰れないよう慎重に運ぶ。
中には重い作物もあったりして結構大変だった。
「僕はラフを呼んでくるよ」
作業しているとバーシルさんが走ってきた。
そういえば、そろそろお散歩の時間だ。
「あっ、バーシルさん。すみません、おさ……プロムナードは帰ってきてからでもいいですか?」
『なんだ、出かけるのか!? 俺様も行ってやるぞ!』
楽しみにしているのか、バウバウと鼻息が荒かった。
(バーシルさんも一緒に行ってるのかな?)
ちょうどフレッシュさんがラフさんを連れてきた。
呆れた様子でバーシルさんに話しかける。
「バーシルは行かないよ。まったく、いつもそう言ってるのに。きっと、ウェーザさんにくっついていたいんだよ。甘えん坊だからね、こいつは」
『なんだと!?』
「バーシル、お前は留守番だ。俺たちがいない間、農場を守っててくれ」
ラフさんがバーシルさんの耳後ろを撫でている。
機嫌が良くなるポイントだ。
『ふんっ……まったく、しかたがないな。農場のことは心配するな』
結局、バーシルさんはゴネながらも農場に残ってくれた。
ということで、私とフレッシュさん、アグリカルさん、そしてラフさんで行くことになった。
私たちは荷台をゴロゴロひいていく。
やがて、ロファンティの街の中心部が見えてきた。
「ウェーザさん、そろそろ着くよ」
「やっぱり、ここはいつも活気があるねぇ。ウェーザもそう思うだろ?」
「は、はい……!」
街の中心部に近づくにつれ少しずつ緊張してきた。
初めてロファンティに来たときを思い出したのだ。
(し、しっかりしなさい、ウェーザ!)
落ち着こうとしているのに嫌な汗をかいてきた。
「大丈夫か、ウェーザ」
ドキドキしていると、ラフさんが声をかけてくれた。
緊張している雰囲気が伝わっていたらしい。
「は、はい、すみません……ロファンティに来たときを思い出してしまって……」
あのときが人生の分かれ道だった。
もし違う街に行っていたら、もし別の道を歩いていたら、もしラフさんが助けに来てくれなかったら……考えると今でもゾッとする。
ラフさんにはいくら感謝してもしきれない。
「俺がいるから別に心配するな。何があってもお前は俺が守るから」
「ラフさん……」
ラフさんのおかげで心が落ち着いた……はずなのに、胸がドキドキしている。
(え? な、なんで?)
いつもより心臓の鼓動がやけに激しい。
身体まで熱が出たように熱くなってきた。
「……どうした、ウェーザ? 体調でも悪いのか?」
「い、いえ! 何でもありません!」
いきなり、ラフさんが覗き込んできたので慌てて目を逸らす。
なぜか、ラフさんの顔を正面から見れなかった。
そのうち、ロファンティの酒場に着いた。
「ずいぶんとお客さんがいますね」
ちょうど昼食時なのか、中は結構にぎわっている。
「僕とアグリカルさんはお店の人と話すことがあるから、ウェーザさんはラフと待ってて」
「すぐ戻るからちょっと待ってなね」
フレッシュさんたちは店の奥へ行った。
ラフさんと二人っきりになる。
「久しぶりに街へ出てきた気がします」
「ウェーザが来てからどれくらい経つだろうなぁ」
ここで過ごしている時間は王都にいた頃より短いはずだ。
それなのに、ずいぶん長いことラフさんたちといる気がする。
(この先もずっとみんなと一緒にいられたらいいな)
私の中では、"重農の鋤"が何より大切な存在になっていた。
「よぉ、ラフじゃねえか」
「久しぶりだな、おい」
「まだ"重農の鋤"なんかにいるのかよ」
二人を待っていると、誰かが声をかけてきた。
三人の屈強な男たちだ。
たぶん、冒険者だろう。
みんな剣とか鎧とかを身に着けている。
(だけど、なんか怖そう)
見るからにガラが悪い。
できれば関わりたくないような人たちだ。
「なんだ、お前らか」
「ラフさん、知り合いなんですか?」
緊張しながら小声で尋ねる。
「俺が冒険者をしていたときから、やたらと突っかかってくるヤツらでな。こいつはリーダーのフーリガンだ。ウェーザは静かにしてろよ」
(そうだったんだ)
彼らは私たちを取り囲むように立った。
威圧感がすごい。
「まだ薬草集めなんかやってんのかよ。相変わらずしょぼい仕事だな」
「やれやれご苦労なこった。たいして稼げないくせによくやるぜ」
「お前はそんな腕がいいのに、冒険者辞めちまうとはなぁ。もったいねえと思わないのか?」
お店にとっても困るだろうに店員さんたちは何も言わない。
お客さんもみんなして向こうの方を見ている。
どうやらこの人たちは、あまり評判が良いわけではないらしい。
「言いたいことはそれだけか?」
ラフさんはいつものように冷静だ。
無理に反抗しても、周りの迷惑になるだけだとわかっているみたいだ。
もしかしたら、何度もこういうことを言われているのかもしれない。
「なに、ちょっとした忠告さ。このままじゃ一生雑草探しで終わっちまうだろうからよ」
「俺たちはさすがにそんなしょぼい暮らしはできねえわ。毎日ただただ畑を耕してるだけだもんな」
「あのラフが落ちぶれたもんだ。みっともないとは思わないのかい?」
男たちはゲラゲラと笑っている。
「お前たちには関係ないことだ」
いくら笑われても、ラフさんは至って落ち着いている。
それでもしつこく笑う男たちに、私はだんだんムカついてきた。
「ラフさんのことを軽蔑しないでください!」
気がついたときには、思いっきり怒鳴っていた。




