第2話:追放
プライド様の口からは、聞いたこともないスキル名が出てきた。アローガは得意気に私を見ている。
「て、【天気予想】ですか? でもアローガ、あなたはずっとスキルがなかったはずじゃない?」
よく知らないが、スキルはある人とない人がいるらしい。
アローガはスキルが全然現れないので、両親もヤキモキしていたのだ。
「ようやく私にも出たのですわ。気の長い私も待ちくたびれました」
「これで君が僕と婚約できた理由も完全に消えてしまったということだ。アローガのご両親だって、君との婚約破棄にはおおいに賛成してくれたよ」
プライド様は大事そうにアローガの手を撫でている。
アローガもそんなプライド様をうっとりと見つめていた。
「私の【天気予報】と何か違いがあるのでしょうか?」
ここまで言うのだ。
私より特別な力があるのかもしれない。
「なに、君と同じ天気を予想するスキルだよ。もっとも、彼女の方が優秀だけどね」
「お姉さまなんかより、ずっとずっと精度が高いのですよ」
アローガは自信満々だ。
もしそうなら、私以外で初めての天気がわかる人となる。
「さあ、アローガ。君が持つスキルの力をメイド生まれに見せてごらん」
「はい、お姉さま。これを見てくださる? 先に言っておきますが、びっくりして気絶しないでくださいね」
アローガは一枚の紙を渡してくる。
受け取った瞬間、何が書いてあるのかわかった。
(こ、これは……明日の天気!?)
そこには、天気の予想が書かれていた。
急いで読み上げていく。
「朝から雲がかかっており一日雨が降る、北から風が吹くので肌寒い、夕方からは雨が止み深夜には星が見える……」
(おおむね、私の予報と同じだ)
彼女らの言うように天気を予想できている。
「どうだい、ウェーザ。アローガはすごいだろう? 君がいなくなったところで彼女がいれば何も問題ないのさ」
「お姉さま、黙りこくってちゃわかりませんわよ?」
二人は勝ち誇っているけど、気になることがあった。
(やや具体性に欠ける気がする……)
もっと細かく言うと、明日のお昼前に一時間ほど晴れる。
南からも風が吹くので、それほど気温は下がらない。
夕方になると雨雲は消えるけど、雲は薄っすらと残る。
だから、深夜に星は見えないはずだ。
これでは正確な予報とは言えない。
「ねえ、アローガ。もうちょっと詳しく予報できた方が良いと思うけど。これじゃあ誤解を招くことに……」
「お姉さま、ひどい! 私だって一生懸命頑張ったのに! 私の予想がウソだって言うのですか!?」
「え、ちょっと、アローガ」
いきなり、アローガは泣き始めた。
「ウェーザ! 君は難癖をつけようと言うのかね! アローガの優秀さを妬むなんて恥ずかしいと思わないのか!」
プライド様も大きな声で怒ってくる。
「いや、ウソだとか、難癖だとかじゃなくて……」
唐突な展開に混乱してしまった。
示し合わせたかのように、王宮にいる貴族たちが集まってくる。
「どうかされましたか、プライド様!」
「アローガ様が泣いておられるぞ!」
「ウェーザ嬢がいじめたらしいじゃないか! メイド生まれのくせになんたることを!」
皆、アローガを必死に慰めている。
プライド様に取り入って、少しでも自分の立場を良くしたいのだろう。
唖然としている私をよそに、プライド様は淡々と言ってきた。
「さあ、僕の大事なアローガをいじめるような人はさっさといなくなってもらおうか。王宮天気予報士は一人でいいからね。今すぐに神聖な王宮から出て行ってくれ」
「うっうっ、お姉さまはひどいお方です。もう顔も見たくありませんわ。王国からいなくなってください」
(な、何がどうなっているの?)
畳み掛けるように言われ反論する暇もない。
そして、とどめの一撃をプライド様は高らかに宣言する。
「アローガの言う通りだ! 君みたいな人はこの国に必要ない! ウェーザ、君を国外追放とする!
」
仕事部屋は静かになり、アローガのすすり泣きしか聞こえなくなった。
皆、私のことをキツイ目で見ている。
早く消えろと目で言われているようだ。
「……わかりました。荷物をまとめます」
そう言ったとたん、アローガは泣き止んだ。
プライド様と嬉しそうに目くばせしている。
そんな彼らが、私はただただ悲しかった。
その後、片付けをしていると貴族たちがこぞって見物しに来た。
私のことを悪く言っていた人たちだ。
「見てごらんなさい。クビになったんですって」
「しょせんは"メイドの子"ね。調子に乗ってるからよ」
「あの不吉な"赤い髪"を見なくてすむと思うとホッとするな」
わざと聞こえるように悪口を言ってくる。
(この調子だと、家に帰ってもムダだろうな……あの二人が根回しを怠るわけないし)
その日をもって王宮から出て行くことにした。
王宮天気予報士も今日でおしまい。
空は今にも雨が降りそうだった。
(はぁ……これからどうしよう)
持っているのはわずかなお金と着ている服だけだ。
価値のありそうな物は全て没収されてしまった。
当たり前だけど、"メイドの子"で邪魔者だった私に助けてくれる人などいない。
もちろん、実家に戻る選択肢などなかった。
足を引きずるようにして城門へ向かう。
「おい! いつまでここにいるんだ!」
「さっさと出てけ! プライド様に命令されただろ!」
「今度見つけたら牢獄行きだからな! ほら、プライド様が直々に出された令状だよ!」
衛兵から無遠慮に一枚の紙を突き付けられた。
王太子による国外追放を命じる令書だ。
本当に追放されてしまったのだと、気持ちは沈むばかりだった。
「これを持って今すぐ出国するんだ!」
「ぼんやりするな!」
心を整える暇もなく、衛兵たちに怒鳴られてしまった。
ずっとここにいると、それこそ牢獄に入れられてしまいそうだ。
「す、すみません! すぐに出て行きますから!」
(とりあえず、国から出て行こう。どこか目立たない街でひっそりと暮らすんだ。一番近い辺境
の街はロファンティっていうところだったはず)
ロファンティは国外の空白地帯にある、どこの国にも属さない独立した街だ。
元からいた住民や行商人以外にも、冒険者や流れ者が集まっているらしい。
今の私にはピッタリだ。
荒くれ者が多く、王都より治安は悪いと聞いている。
だとしても、そこを目指すしかない。
トボトボ歩きだすと雨まで降ってきた。