第16話:白いアーチと少女
ある日、お散歩が終わって農場に帰ってくると、フレッシュさんとアグリカルさんがいた。
しゃがみ込んで何かを見ている。
『おっ、あいつらにも俺様の手柄を話してやるか』
「ほどほどにしてくださいよ、バーシルさん」
近づいていくと話し声が聞こえてきた。
何やら相談しているらしい。
「アグリカルさん、やっぱりダメそうですね」
「どうしたものかね」
困っているみたいなので、私にも何かできないか聞いてみる。
「お二人ともどうされたんですか?」
二人は枯れた花のような植物を持っていた。
「お帰りウェーザさん。バーシルはうるさいでしょ? あのときの俺様はすごかった、あのときの俺様はかっこよかった、とかね。ほんとは構ってほしいのさ」
「バーシル。ウェーザに迷惑かけるんじゃないよ。うちの大事な人材なんだからね」
二人はそっけない感じでバーシルさんに小言を言っている。
「いや、別に迷惑とかじゃ……」
『おい、好き勝手言うな!』
フォローしようとしたら、バーシルさんがバウバウと怒り始めてしまった。
二人はまったく動じずに作業を続ける。
たぶん、いつもこんな感じなんだろう。
「こ、これは何の作物ですか?」
話題を逸らすように急いで聞いた。
二人の前にはツルみたいな植物が生えている。
白っぽい花がついていたけどしぼんでいた。
触ってみるとふにゃふにゃしていて力がない。
「<月ヨルガオ>っていう植物なんだ。夜に花が咲くのさ」
「これも食べられるんですか?」
『なんだ、お前は食い物の話ばっかりだな! いいことだぞ! よく食って、よく育てよ!』
「ちょっと、バーシルさん! やめてくださいよ!」
フレッシュさんとアグリカルさんは、あははと笑っていた。
「それはそうと気をつけてね、ウェーザさん。<月ヨルガオ>には毒があるんだよ」
「え、毒!?」
毒と聞いて、慌てて離した。
「こら、フレッシュ! 誤解を生むような言い方をするんじゃない。ウェーザ、毒があるのは種だよ。それも飲んだりしなければ大丈夫さ」
「あっ、そうだったんですか……良かった」
早とちりしてしまったらしい。
ホッと一息つく。
フレッシュさんは笑いながら謝ってくれた。
「ごめんごめん。ちゃんと説明すれば良かったね」
「でも、毒があるのにどうして育てているんですか?」
"重農の鋤"には良い作物しかないと思っていた。
フレッシュさんが作業しながら教えてくれる。
「ある条件のときに採った種は薬になるんだ。モンスターの呪いに効き目があるんだよ。街には悪夢を見せられている子たちがいてね。この種から作った聖水は、呪いを浄化する力があるのさ。この辺りは裕福じゃないから、医術師を呼ぶのにも結構お金がかかるんだ」
「街の周りには質の悪いモンスターが多くてね。まったく、冒険者どもは何をやってんだか」
アグリカルさんもウンザリした様子だった。
「なるほど……の、呪いですか。怖いですね。悪夢なんて辛いでしょうに……。その、ある条件ってなんですか?」
子どもたちのためにも、早く薬ができてほしいと思う。
「僕が読んでいる文献だと、白いアーチが輝いている夜に種を採れと書いてあってね。でも、どういうことなのかよくわからないんだ」
「どうやら、そのときに受けた魔力が種に浄化の力を与えるみたいなんだよ。アタシにもさっぱりでね」
(夜に白いアーチ……)
考えを巡らしていると、思い当たることが一つあった。
「それはたぶん、ムーンボウのことだと思います」
「「ムーンボウ?」」
「はい、月虹とも言ったりしますね。日光ではなく月明かりで見られる虹のことです。七色の虹とは違って白っぽく見えることが多いです」
そう、あまり知られていないが虹は夜にも現れるのだ。
「月の光で虹が出るなんて僕も初めて知ったよ。ウェーザさんは物知りだね」
「でも、滅多に見られるもんでもないんだろ?」
アグリカルさんの言うように、昼間ほどたくさん見られるわけではない。
「満月の日か、満月に近い数夜しか出てきません。そのあたりが一番月明かりが眩しいからです。月の光は弱いので、一番輝いている満月の日がベストですね。それでも可能性があるのは、月が昇った後か落ちる前のわずかな時間しかありません」
昔、一度だけ月虹を見たことがある。
その名の通り、月の光をそのまま虹にしたかのようだった。
「やっぱり、晴れている日じゃないと見られないのかい?」
「いいえ。むしろ、雨が降るか霧が出ていないと難しいです。虹は空気中の水分に光が当たることで見られるので、雨や霧が必要なんです。弱い雨が降っていれば出てくるかもしれませんよ」
「「そんなに厳しい条件が……」」
フレッシュさんは険しい顔つきで<月ヨルガオ>を触っていた。
「それでも、僕たちは栽培を止めるわけにはいかない。この花が咲くのは暑い時期だけなんだよ。
寒くなってくると花が咲かなくなってくるのさ」
「だから、なるべく早く薬ができたらいいんだけどね」
アグリカルさんも、う~んと悩んでいる。
「では、次の満月あたりの天気を予報してみましょうか」
たとえ条件が厳しくても、空模様からある程度の予想はできるはずだ。
少しでもみんなの役に立ちたかった。
「お願いするよ、ウェーザさん」
「ウェーザは頼りになるね」
空を見上げて魔力を集中する。
(次に月が満ちるのは、だいたい二週間後くらいのはず)
ここから離れた西の空に大きな雨雲がある。
満月が近づくにつれ、ロファンティまで流れてくるのが見えた。
小さくちぎれてくるので弱い雨が降るはずだ。
「満月の日はちょうど小雨が降りますね。だけど、夜には止みます。雲は薄いので月もしっかり見えると思いますよ」
ムーンボウが現れる希望はありそうで少し安心した。
「本当かい、ウェーザさん。とりあえず、条件はクリアしているわけだ」
「虹が出てくれればいいんだけどねぇ。こればっかりはアタシでもどうにもできないね」
条件が揃っても、虹が出るかはその日にならないとわからない。
その後も土を耕したり、作物を運んだりしていたら日が暮れてきた。
「そろそろ、今日の作業はおしまいにしようかね。ウェーザ、先に上がっていいよ」
「僕たちもすぐに行くからね」
「ありがとうございます。では、先に戻ってますね」
ギルドに帰ってからも他にできることはないか考える。
(フランクさんやメイさんのお仕事を手伝おうかな。一度、食堂に行ってみよう……いたっ!)
廊下を曲がったとき誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「あっ……」
目の前には小さな女の子がいた。
腰くらいまである青っぽい黒髪の子だ。
動きやすそうなワンピースから色白の手足が出ていた。
私を見てプルプルと震えている。
病弱そうな雰囲気だけど、それ以上にその身体に目が釘付けになった。
(え!? 体にツタが!?)
少女の肌には、ツタが巻きついているような模様が刻まれている。
血は出てないけど見るからに痛々しい。
「あ、あなた、それはどうしたの!?」
「な、なんでもない」
女の子はすぐに走って行ってしまった。
ダダダッと階段を上っていく。
(誰だったんだろう。このギルドに住んでいる子かしら?)
気がついたとき、ラフさんが後ろに立っていた。
「ラフさん。今女の子が……」
「あれは妹のネイルスだ。ウェーザがここに慣れたら紹介しようと思っていた」
ラフさんはいつも通り淡々と言った。
「妹さんだったんですか」
言われてみれば、目元が似ていたような気がする。
そんなことを思っていたら、体の変な模様を思い出した。
「大変です! あの子、身体が!」
ラフさんは慌てることもなく静かな声で言った。
「あいつはな、病気なんだ」




