第15話:お散歩係
『お前を俺様の家来にしてやる! 感謝しろ!』
「うわっ! ちょっと!」
そのままのしかかってきて、私の顔を舐めまくる。
『俺様こそが"重農の鋤"の用心棒、バーシル様だ!』
「お、重たい……助けて……」
「やめろ、バーシル。困ってるだろうが。すまんな、ウェーザ」
苦しんでいるとラフさんが引き剝がしてくれた。
「はぁ……はぁ……ゲホッ」
一瞬の出来事だったのに、息も絶え絶えになってしまった。
「バーシル、いつも言ってるだろ。すぐに抱き着くんじゃない」
『黙れ、ラフ! 俺様はな! 誇り高き、シルバーワーグなんだぞ! 良いヤツか悪いヤツかなんて臭いを嗅いだだけでわかるのだ!』
(バーシルちゃん、って言うんだ)
銀色の毛並みが目を見張るほど美しい。
魔狼の中でもかなり珍しい、シルバーワーグだった。
「こいつは"重農の鋤"のもう一人の用心棒だ。これでもれっきとしたシルバーワーグだからな。泥棒を捕まえたことは一度や二度じゃない」
『そうだぞ! 俺様は強いんだ! って、これでもとはなんだ!』
ラフさんとバーシルさんは本当に仲が良さそうだ。
喧嘩ばかりしているようで、互いのことを信頼しているのがわかる。
「いて! こら、噛むんじゃない。この人はウェーザだ。昨日からうちにやってきた」
「ウェーザ・ポトリーです。よろしくね、バーシルちゃん」
頭を撫でようとしたら、バウバウと怒られてしまった。
『こら! バーシルちゃん、なんて言うんじゃない! 俺様のことはバーシルさんと呼べ! さっきも言ったが、俺は……ペチャクチャ!』
バーシルちゃ……さんは、いかに自分がすごいかをずっと話している。
ものすごく誇らしげな顔をしているので止めるに止められない。
対応に困っていると、ラフさんがボソッと言ってきた。
「耳の後ろを撫でてやるとおとなしくなる」
「耳の後ろ……」
言われた通り、バーシルさんの耳をなでなでした。
『俺様のような魔狼は他に……クゥ~ン』
撫でた瞬間、バーシルさんはふにゃふにゃになる。
グイグイと私の身体に頭を押し付けてきた。
かなり嬉しそうだ。
(なんかこうなると大きな犬みたいだな)
「言った通りだろ? こいつ、ほんとは甘えん坊なんだ」
ラフさんが言うと、バーシルさんはハッとした。
『クゥ~……ゲフン! こ、こら! 余計なことを教えるんじゃない!』
「お前もすっかり犬になっちまったな」
バーシルさんはラフさんにのしかかろうとしているが、片手で動きを封じられていた。
『なんだと! 何度も言ってるが俺様は犬じゃない! 誇り高きシルバーワーグだぞ! この毛並みを見ろ! まるで白銀の世界にいるような……』
「まぁ、そういうわけだ。そこで、ウェーザにはバーシルの散歩も頼みたい」 ラフさんはバーシルさんを適当にあしらいながら言ってきた。
「は、はい。お散歩係ってことですかね? わかりました」
『おい、お散歩とか言うんじゃない! これは決して散歩なんかじゃない、プロムナードだ! というか、係ってなんだ!』
バーシルさんはプンスカ怒っているけど、どうしても可愛く見えてしまう。
「じゃ、よろしく頼む」
「あっ、ちょっと」
ラフさんは押し付けるようにしてバーシルさんを渡してくる。
そのまま、向こうに行ってしまった。
かたやバーシルさんは、私を期待の目で見ている。
「あの、バーシルさん。お散歩コースはいつもどこを?」
『だから、プロムナード! お散歩じゃないの!』
「す、すみません。プロムナードのコースはいかがなさいますか?」
『ふん! やれやれ、新入りには教えることがいっぱいだな! 俺様についてこい』
ということで、私はバーシルさんのお散歩係……ではなく、プロムナード係に任命された。
バーシルさんの後をついていく。
農場をぐるっと回るコースだった。途中森を抜けたりするので結構歩く。
「バーシルさんは"重農の鋤"で生まれたんですか?」
『いいや違うぞ。俺様はな、赤ん坊のときラフに連れられて来たんだ』
「てっきり、ここで生まれたんだと思いました」
シルバーワーグは人に懐きにくいと聞いたことがある。
あまりにも溶け込んでいるので不思議に思っていた。
『子どもの頃、親が凶悪なモンスターに殺されたんだ。俺様も食われるってときに、ラフが助けてくれたのさ。俺様は記憶力がいいからな。赤ん坊のときだってちゃんと覚えているのだ』
「……そうだったんですか。すみません、知らなくて」
(親が殺されていたなんて……)
聞いちゃいけないことを聞いてしまったようだ。
バーシルさんの境遇を思うと悲しくなる。
『気にすんな、もう昔の話さ。ところで、お前もラフに連れてこられたんだろ?』
「ええ、そうです。よくわかりましたね。行き倒れていたところをお優しいラフさんに救っていただいたんです」
最初に出会ったときを思い出してしみじみとした。
まだ昨日のことなのに、ラフさんとはずっと前から一緒にいるような気がする。
『ふんっ、どうせそんなことだと思ったぜ』
「私は拾ってくれた皆さんに恩返ししたいんです。こんなに良くしてくれたんですから」
力を込めてグッと拳を握る。
すると、バーシルさんは私をジロジロ見てきた。
『しかし、お前はひょろいな。そんなんじゃ、すぐにへばっちまうぞ』
「農作業もそうですけど、私には【天気予報】ってスキルがあるんです」
天気予報と聞いてバーシルさんはポカンとしている。
『なんだ、それは?』
「天気を100%当てられるスキルです」
【天気予報】について簡単に説明する。
バーシルさんはかなり驚いていた。
『なんだと! それなら、天気によってプロムナードのコースを変えられるじゃないか! 今まではそんなことまったくわからなかったからな! 晴れのコースを歩いているのに雨が降ってきたり、ほとほと困っていたんだ!』
どうやら、お散歩コースは何種類かあるようだった。
「バーシルさんにも天気をお教えするようにしますね」
『よろしく頼む! よし、決めた! お前を俺様の一等家来にしてやるぞ!』
バーシルさんはドンッと胸を張った。
「あ、ありがとうございます。家来は他にどなたがいらっしゃるんですか?」
『お前が初めてだ!』
バーシルさんはニコニコと嬉しそうだ。
そうこうしながら歩いているうちに農場へ戻ってきた。
「ギルドに帰ってきましたね」
『おい、夕焼けがキレイだな』
「え?」
空には黄色っぽい夕焼けが出ていた。
山の頂上にかかっていてうっとりするほど美しい。
知らないうちに夜になりつつあった。
そろそろ、明日の天気を予報した方が良さそうだ。
「バーシルさん。ちょっと、天気を予報してもいいですか?」
『もちろんいいぞ。俺にも見せてくれ』
スキルと言っても空を見上げるだけだから、そんなにたいそうな物でもない。
「いいですけど……見てても面白くないと思いますよ」
『家来がどんなスキルを持っているかを知ることも、主人の大切な仕事なのだ』
バーシルさんは少し離れたところで座っている。
しっぽをフリフリしていた。
さっそく、空を見て魔力を集中していく。
遥か上空の気流や水分の状態などが徐々に見えてきた。
(それにしても、本当にキレイな夕焼けだわ)
予報しつつ、バーシルさんにも天気の説明をする。
「夕焼けが見えると、次の日は基本的に晴れるんですよ」
『ふ~ん。言われてみると、夕日がキレイだと翌日も晴れることが多いな。なんでだ?』
犬みたいに首を傾げるバーシルさんが可愛かった。
「大気の流れが関係しているんです。順番に説明していきますね。まず、太陽は西に沈みます。つまり、夕焼けが美しいのは、西の空にあまり雲がないからなんです」
『な、なるほど』
真剣な表情でバーシルさんはうなずいている。
「そして、この国の大きな気流は西から東に流れています。晴れている西の空にあった空気が東に来るので翌日も晴れるんです。他には夕焼けの色も大事ですね」
『い、色?』
もしかしたら、天気の話は難しかったかもしれない。
もう少し詳しく説明する。
「晴れるときは、黄色や橙色、桃色に少しずつ変化していきます。逆に雨が降るときは、真っ赤になったり薄気味悪い赤色なんです。もちろん、天気に影響することは他にもありますけどね」
『へぇ……』
空にはすじ状の雲があるけど、それほど大きくないし風もよく流れている。
気流の動きを見ても明日はずっと晴れそうだ。
「明日の天気は終日晴れです。空気もカラカラしているので乾燥に注意が必要です」
『そんなことまでわかるのか。まさか、これほどとは……ブツブツ……』
バーシルさんはさっきから何かつぶやいている。
「あの、バーシルさん?」
『よし、お前を特等家来にしてやる! こんなすごいヤツはなかなかいないからな!』
「特等家来……ありがとうございます」
やっぱり、家来は家来だった。
その日から、バーシルさんとも過ごすようになっていった。
『晴れている日のプロムナードは最高だなぁ! ウェーザ、とっておきの場所に案内してやるぞ! 感謝しろよ!』
「は、はい……ありがとうございます」
バーシルさんのお散歩は順調だ。
今日は昨日と違うコースだった。
空気も澄んでいるし爽やかで気持ちいい。
歩きながら、今までの活躍をえんえんと聞かされていた。
(まさか、ラフさんはバーシルさんのお喋りが面倒だから私に押し付けたんじゃ……)
森の中を進むと小さな広場みたいなところに出た。
そこだけ木が生えていないので、日がサンサンと差している。
『ここがとっておきの場所だ。ラフにしか教えていないんだぞ』
「日差しがあったかそうで良いですね……ですが、バーシルさん。あまり農場から離れると危ないんじゃないですか?」
だいぶ、森の奥に来たような気がする。
『大丈夫だ。そんなことより、いいものを見せてやるぞ』
「あっ、ちょっと」
バーシルさんは少し離れたかと思うと日差しの下に行った。
やがて、太陽の光を受けて体毛がキラキラと輝き始めた。
まるで、銀の糸で編んだドレスのようだ。
「キ、キレイ……」
『これは"魔力溜め"だ』
「"魔力溜め"?」
初めて聞くような言葉だった。
『俺様たちシルバーワーグは太陽から力をもらうのさ。だから、こうやって日光浴するのが大事だ。ここは風通しも良いしな。俺様にとって、とてもとても大切な場所なのだ』
「そうだったんですか」
そういえば、シルバーワーグは強い魔力を持っていると聞いたことがある。
『力を溜めるのには結構時間がかかるからな。その間に曇ったり雨が降ったりすると、魔力の純度が下がってしまうんだ。だから、晴れているとわかっているのは本当に安心して"魔力溜め"
ができるぞ。ありがとうな、ウェーザ』
バーシルさんは満面の笑みを見せてくれた。




