第14話:ギルドの用心棒
翌朝、雨の降る音で目が覚めた。
「ふぁぁ、良く寝たなぁ」
こんなに気持ちよく眠れたのはいつぶりだろう。
ぐーっと背伸びをする。
「そうだった、今日は雨か」
雨はシトシトと優しく降っていた。
恵みの雨だ。
(晴れてなくても気持ちが明るいなんて、なんだか不思議だな)
外を眺めていたら、コンコンと扉が叩かれた。
「ウェーザ、起きてるか? ラフだ」
「ラフさん、おはようございます。今起きたところで……す」
鏡の中の私は頭が爆発している。
昔から寝ぐせがすごかった。
寝る場所が変わってもいつも通りだった。
「朝飯だぞ」
「ちょっと、待っててください! 髪が……!」
まるで小さなジャングルみたいだ。
そこでハッとする。
(いくらラフさんでも勝手に入ってこないよね? さすがにね?)
こんなところ男の人に、ましてやラフさんには見られたくない。
「先に行ってるからな」
トントンと階段を下りていく音が聞こえる。
「ふぅ……」
(って、ゆっくりしている暇はないわ! 早く準備しないと!)
爆速で寝ぐせを整えた。
急いで、だけど静かに階段を下りる。
食堂にはもうみんな揃っていた。
「「おはよう」」
「おはようございます! すみません、遅くなりました!」
慌てて席に着く。
「僕たちも今来たところさ」
「ラフが起こしちまったかい?」
フレッシュさんはシャキっとしているけど、アグリカルさんはまだ眠そうだった。
「いいえ、私もちょうど起きたところでした」
ひとしきり挨拶が終わると、ラフさんが切り出した。
「フレッシュ。今日はウェーザを農場に連れて行こうと思うんだ」
「いいね! ぜひ、見てほしいよ!」
朝ごはんを食べ終わるとギルドの裏手に出た。
すでに雨は止んでいる。
空気がスッキリしていて爽やかだった。
「いつ見てもここはいい眺めだな」
ラフさんも深呼吸して満足げにつぶやく。
「さあ、ウェーザさん。これが僕たちの一番大事な宝物。農場さ」
「うわあ……すごい!」
農場は端っこが見えないくらい広かった。
昨日は暗くてよく見えなかったけど、想像していたよりずっと広大だ。
農場の真ん中には、ギルドから続いている真っ直ぐな一本道がある。
それを挟むようにして、畑が右と左にあった。
「これが全部"重農の鋤"のものなんですか?」
「そうだよ。みんなで頑張ってここまで広げてきたんだ。さっそく案内するね」
道を歩くフレッシュさんについていく。
「左の畑では<砂金小麦>を育てているところさ」
「<砂金小麦>……ですか?」
そこには黄金色の麦穂がいっぱいだった。
日の光を受けてキラキラと輝いている。
言われてみれば、まるで砂金のようだ。
「あれで作ったパンは美味いぞ。俺のお気に入りだ」
「ラフはなんでも美味いしか言わないよね。<砂金小麦>のパンは恐ろしく長持ちなんだ。最低でも半年くらいは腐らないんだよ。だから、保存食に適しているのさ」
「そんなに持つんですか!?」
半年と聞いて驚いた。
パンなんてあまり日持ちしない食べ物だ。
フレッシュさんは麦穂を触りながら説明を続けてくれる。
「普通に食べるだけじゃなく、冒険者向けの保存食としても人気があるんだ。もちろん、味だってとても美味しいから安心してね。右側の畑にはもっと面白い作物がたくさんあるよ」
「あっ、スイカですね!」
別の畑では、地面に大きくて丸っこいスイカが育っている。
ここは果物ゾーンみたいだ。
「それではウェーザさんに問題です。スイカは野菜と果物どちらでしょう? ラフにはこの前教えたよね?」
いきなり、フレッシュさんは問題を出してきた。
「野菜か果物……。う~ん、果物……じゃないんですか?」
「果物に決まってるだろ」
でも、野菜と言われると野菜のような気もする。
「ラフ、もう何度も説明したのに……。実はね、果物でもあるし野菜でもあるんだよ」
スイカは果実的野菜ということを教えてもらった。
「え~、そんなのずるいですよ、フレッシュさん」
「アハハ、ごめんごめん」
文句を言いつつもこんな時間に幸せを感じた。
そのまま、フレッシュさんはスイカを持ち上げる。
見た目は普通のスイカだ。
「これは<サファイアスイカ>っていうんだ。中身がね、真っ青なんだよ。面白いでしょう?」
フレッシュさんは本当に楽しそうだ。
「へぇ~! 青いスイカなんですか。だから、サファイアなんて名前がついたんですね」
「と言っても、名前の由来は違うんだよ。なんと、種がサファイアなんだ!」
びっくりして驚きを隠せなかった。
種が宝石のスイカなんて他にはないだろう。
「ええ! そんなスイカがあるんですか!?」
「食べるときは気をつけるんだよ」
――ぐぎゅるるる。
話を聞いているとお腹が鳴ってしまった。
「なんだ、お前。もう腹が減ったのかよ。ちゃんと朝飯喰っとけ」
「違います! お腹はいっぱいです! 鳴っちゃったんです!」
恥ずかしながらも慌てて否定した。
そんな私たちをフレッシュさんは楽しそうに見ている。
一方、ラフさんは険しそうな顔で畑を見渡していた。
「ここには貴重な作物が多いからな。中には盗もうとする輩もいる。最近は問題ないか、フレッシュ?」
「大丈夫だよ。ラフがいるからさ」
フレッシュさんはラフさんの肩をポンッと叩く。
それだけで二人の関係性がよくわかる。
「ラフさんはギルドの用心棒ってことなんですね」
「それ以外にも、作物の苗とか種の収集をラフには頼んでいるんだよ。こういう作物は崖の上だったりモンスターの巣の近くだったり、危険なところに育っていることが多いからね」
「なるほど……」
確かに、ラフさんみたいな人じゃないと難しそうだ。
「まあ、それだけじゃないがな」
「そうだったね、ラフ」
二人は良くわからないやり取りをしている。
歩いていたら、また別の作物に気がついた。
「あそこに生えているのはヒマワリですか?」
少し離れたところに、大きくて黄色い花がたくさん咲いている。
今度はラフさんが教えてくれた。
「あれは<閃光ヒマワリ>だ。種に強い力を加えると閃光がほとばしるぞ」
「ラフさんもお詳しいんですね」
強いだけじゃなくて知識も豊富みたいだ。
「モンスターの目くらましに使いやすいんだ。軽いしたくさん持てるからな。冒険者じゃなくても護身用に欲しがるヤツもいる」
「<閃光ヒマワリ>は収穫するタイミングが難しいんだよ。種を採った後、三日連続で長い時間日に当てないと強い閃光が出ないのさ」
「それなら、私の【天気予報】でお教えします。晴れが続くところで収穫しましょう」
至極簡単にさらりと言った。
それくらいならすぐわかる。
「やっぱすげえよ、お前は」
「ウェーザさんが来てくれて本当に良かった。今までは、収穫のタイミングは運任せみたいなところがあったからね」
(これが農業を営んでいる人たちの生の声なんだ)
王宮にいたときは、あまり外の人たちとは関われなかった。
面と向かって称賛されると、自分が認められたようで嬉しい。
誇らしげな気持ちで周りを見る。
ここには他にないような作物がいっぱいだった。
フレッシュさんたちの話も、聞いているだけでワクワクしてくる。
どれも元気よく育っているけど、ところどころ育ちが悪い作物もあった。
「枯れちゃう作物もあるんですか?」
「天気の影響を受けやすい作物が多くてね。僕たちも努力はしているんだけど……」
街でラフさんが言っていたように、ここの作物は天気の影響を受けやすいようだ。
静かに、だけど強く決心する。
(私の【天気予報】で解決しよう! 少しでもみんなの役に立たなきゃ!)
「作物はまだまだあるけど、とりあえずこんな感じかな」
「ありがとうございます。それで、私は何をすればいいですか!?」
待ってました、と言わんばかりに聞いた。
「なにをすれば、って天気予報をしてくれてればいいよ」
「お前を連れてくるときそう言っただろ」
私の勢いをよそに、二人ともポカンとしている。
「いや、そうではなくて……天気予報以外にも、何かやらせてください!」
どうしても私の熱意を伝えたかった。
「でも、ウェーザさんに頼むのは申し訳ないな。昨日だってあんなにすごいスキルを使ってもらったばかりなのに」
「天気の予報だけで十分だと思うぞ?」
みんなに私は救われたのだ。
もっと"重農の鋤"に貢献したかった。
「スキル以外でも役に立ちたいんです! 【天気予報】だって魔力を使いますけど、休み休み使えば大丈夫です」
「そう? そこまで言うなら手伝ってもらおうかな。この辺りの土を耕してほしいんだ」
フレッシュさんがはい、とクワを貸してくれた。
「ありがとうございます、フレッシュさん! 私、頑張ります!」
「最初はゆっくりでいいからね。ラフ、ちゃんと教えてよ。僕はギルドで作業があるからさ」
フレッシュさんはギルドに戻っていった。
「じゃあ、さっそく始めるか」
「ラフさん、よろしくお願いします!」
(今日から"重農の鋤"での生活が始まるんだ!)
私の心はやる気に満ちあふれていく。
「いいか? クワはな、重さを上手く使うんだ。決して力ずくで耕そうとするな。まずは俺の動きを見てろ」
「はい!」
ラフさんは土を耕し始めた。サクッ、サクッ、と心地よい音がする。
「肩まであげたら力を抜いて自然に下ろせ。刃の先っぽが土に入ったら削るようにして引くのがコツだ。むやみにしゃがんだりせず立ったまま後ろに下がっていけ。あとはその繰り返しだ。よし、やってみろ」
「は、はい! こんな感じですか?」
見よう見まねで土を耕していく。
見た目より意外と難しかった。
「いいぞ、その調子だ」
(あれ? 向こうの方から何かが……動物?)
クワを振るっていると何か走ってくるのが見えた。
良く見えないが銀色の動物みたいだ。
やがて、ラフさんも気づいたらしい。
「おーい! そんなに走るな」
注意されても、動物はぐんぐんこちらに近づいてくる。
「ラフさん、あれって……」
言い終わる前に、勢いよく私に飛び込んできた。
『うおおおおお!』
「きゃあああ! な、なに!?」
ガバッと抱き着かれ地面に押し倒される。
豊かな毛に私の身体が包まれた。
『おい、ラフ! なんだこいつ、新入りか!? 俺様の家来か!?』
私の顔にハアハアと息が当たる。
今にも舐めてきそうだった。
格闘している私たちを見てラフさんは苦笑している。
「落ち着け、バーシル。行儀悪いぞ」
『すげえぞ! 赤い髪だ! キレイだな、こいつ!』
「ラ、ラフさん、私に会わせたいヤツって、もしかして」
「ああそうだ、ビックリさせちまったな。こいつはちょっとばかし興奮しやすいんだ。許してくれ」
目の前にはモフモフの魔狼がいた。




