第13話:友好国の大臣(Side:プライド②)
「やっぱり、プライド様は素晴らしいお方ですわ」
「そうだろう。何と言っても、次期国王になる男だからね」
俺がお触れを出してからアローガへの苦情は来なくなった。
国民どもはようやく自らの行いを見直したのだ。
(こんなことなら、もっと早くからやっとくべきだったな。おかげで余計な苦労をしてしまった)
「プライド様、お手紙でございます」
考えに耽っていたら使用人が手紙を持ってきた。
それを見て、アローガの表情が曇る。
「また私に対する文句でしょうか?」
「どうして手紙が送られてくるのだ。書いた者はお触れを見ていないのか? アローガの予報に苦情を言ったヤツは……」
俺は使用人をきつく睨んだ。
「い、いえ、国民からではございません。ネイバリング王国の大臣、スタミーニ様からのお手紙でございます。使者の方がお持ちになりました」
「なに!? それを早く言え!」
ネイバリング王国はわが国と親交が深い。
しかも、スタミーニはかなりの権力者だ。
奪い取るように慌てて受け取った。
確かに、貧乏人どもが使うような紙じゃない。
もっと立派で重厚な文書だった。
「……旅は支障なく進んでおり、予定通りの日時に伺えそうでございます。大変だ、大臣が来るそうだぞ! 父上と母上は不在だと伝えたのか!?」
「はい。ですが、事前に訪問の日程は決まっていたかと思いますが……」
「なんだと!?」
そういえば、外遊中にスタミーニ大臣が来るから礼遇するようにと、父上たちから言われていた気がする。
今の今まですっかり忘れていた。
俺一人で外交などやったことがない。
だからといって、急に断れるはずもなかった。
相手は大事な友好国の大臣だ。
(落ち着け、プライド。何を焦ってる。たかが外交じゃないか)
俺だって外交の一つや二つ参加したことはある。
そして、手紙には王宮天気予報士についても書かれていた。
「そ、そうだったな。早く準備を進めておけ。ところでアローガ、君のことも書かれているよ」
「誠でございますか、プライド様。私にも見せてくださいまし」
二人して読むが、読めば読むほど焦ってくる。
「どこかで王宮天気予報士のお話を聞かれたそうだ。ぜひその力を拝見したいと書いてある」
「ど、どうしましょう、プライド様」
とたんに、アローガは慌てだした。俺も嫌な汗をかく。
(実際に天気予報を見られるのはまずいぞ)
予報が外れるのでお触れを出しているくらいだ。
大臣の前で失態があったら評判が悪くなるかもしれない。
(いや、待て……大丈夫だろう)
アローガの予報は外れることが多いが、別に間違ったことは言っていない。
一日中晴れると言ったら、午後だけ雨が降ったとかその程度だ。
一応午前中は晴れているのだから、ウソをついているわけではない。
「何とかして、ごまかすしかないよ」
アローガを宥めつつも、嫌な汗はとまらなかった。
やがて、大臣のスタミーニがやってきた。
俺も一度会ったことがあるので互いに知っている。
オールバックにした灰色の髪と、右目の片眼鏡から覗く鷹のように鋭い眼が印象的だ。
「これはこれはプライド殿下。お元気そうで何よりでございます。予定より少し遅れてしまい誠に申し訳ございません」
「スタミーニ殿、お久しぶりでございます。遠路はるばるお疲れでございましょう。さあ、どうぞ中へお入りください」
「お気遣いいただき、誠にありがとうございます。プライド殿下のお顔を拝見するのが楽しみで……おや? こちらが例の王宮天気予報士の方ですかな? 聞くところによると、あなたの予報は100%当たるとか」
スタミーニに見られアローガはビクッとした。
ダラダラ汗をかきながら石のように固まっている。
(コ、コラ! もっと堂々とするんだ!)
「アローガ、ご挨拶を」
一瞬の隙をついてさりげなく小突く。
アローガも意識を取り戻した。
「は、はい。私が王宮天気予報士のアローガ・ポトリーでございます」
慌てながらもアローガは静々とお辞儀をした。
スタミーニもお辞儀を返す。
「おウワサは聞いておりますよ。何でも、その予報は今まで外したことすらないとか。素晴らしいスキルをお持ちなんですな。わが国にも欲しい人材ですよ」
スタミーニが話していると使用人たちはソワソワしていた。
バレないようにきつく睨みつける。
(おい、落ち着けよ! 怪しまれるだろ!)
「え、ええ、アローガはすごいのですよ。そ、それでは、そろそろお食事はいかがでしょうか? わが国最高峰の料理人を揃えておりますので、お楽しみいただけると思いますよ」
「おっと、そうでございますな。話し込んでしまい誠に申し訳ありません。私の悪い癖でしてね。どうかご容赦いただきたい。アローガ嬢のお話ももっとお聞きしたいですな」
食事が始まっても、スタミーニはアローガのことを褒め称えていた。
こうなったら、なるべく早くお帰りいただくしかない。
「天気を予報するのは魔力をたくさん使いまして。翌日の天気を予報するので精一杯なんですの」
「それはそうでしょうとも。むしろ、天気がわかるということだけでもとても素晴らしいのですから」
どうやら、スタミーニは細かいところまでは知らないみたいだった。
静かにホッとする。
(良かった、これなら何とかなりそうだぞ)
「明日の天気はもう予報されたのですかな?」
スキルの話題が続いているのでアローガも硬い表情だ。
「いえ、まだでございますわ」
「スキルを使うところをぜひ拝見したいですぞ」
そう言われると、アローガはあからさまに嫌そうな顔をした。
(ア、アローガ!? 失礼だろ!)
だが、スタミーニは酔っているのか気づいていないのが幸いだった。
アローガはスッと立ち上がると窓のそばに行く。
しばらく空を見たかと思うとこちらへ戻ってきた。
「明日は午前中は曇ってますが、午後から晴れてきますわ。気流の流れも確認しました。風が強いのは午前中だけで、その後はずっと落ち着いております」
「空を見ただけで天気がわかるのですか!? これはすごいスキルだ! 私も初めて見ましたぞ!」
スタミーニは感激している。
だが、俺は心配になった。
(また外すんじゃないだろうか)
「だ、大丈夫か、アローガ」
席へ着いたアローガに小声で聞いた。
「プライド様! 私を疑いますの!?」
「いや、そういうわけでは……」
アローガも小声で怒ってきた。
「実は私、鷹狩りが趣味でしてな」
(まずい!)
スタミーニは大変な鷹狩り好きとして有名である。
外国へ行くときも必ず自慢の鷹を連れて行った。
何でも相当希少な種類のようだ。
「そ、そうでございますか。スタミーニ殿、こちらの果物はわが国の特産品でございます! どうぞ、お食べください!」
「とても高尚な趣味をお持ちでございますね! 私はドレスを揃えるのが趣味で……!」
俺たちは必死に話題を逸らそうとする。
しかし、スタミーニは鷹狩りの話を続ける。
「午後から晴れるということなら、ぜひ鷹狩りをさせていただきたいのですが。こちらに来る途中ずいぶんと良さそうな狩場があったのです」
あろうことか、すでに狩場まで見つけていやがった。
絶対に鷹狩りは阻止せねばならない。
「いや、それはやめた方がよろしいかと」
「それはどういうことでございましょうか?」
スタミーニは硬い表情になった。
急いで適当な理由を考える。
「あ、あ~、あの辺りはモンスターが出るという報告が……」
「ご心配なさらず! 私どもの護衛はかなり腕が立ちますので!」
スタミーニの護衛がズラッと前に出てきた。
そこら辺のモンスターなど一瞬で倒しそうだ。
(もっと弱そうなのを連れて来いよ。他にそれっぽい理由はないか? そうだ!)
「じ、地盤の状態が……」
「この辺りはそんなに崩れやすいのですか? お父上は地面が強い国だからここまで栄えたとおっしゃっていたような気が……」
俺は何としても鷹狩りを阻止したい。
だが、相手は友好国のスタミーニ大臣だ。
あまり怪しまれるのも良くない。
(ク、クソ……)
「……問題ありません」
「では明日、鷹狩りをするということでよろしいですかな!?」
スタミーニはなんとも嬉しそうに言ってきた。
本当に鷹狩りが好きなようだ。
「は、はあ……」
「プライド様! ちゃんと断ってくださいよ!」
断り切れずアローガにキュッとつねられた。
またもや小声で怒られる。
「いてっ! やめなさい、アローガ。そういうわけにはいかないだろ」
「鷹狩りなんて絶対ダメですよ!」
二人で小競り合いをしていると、さすがに気づかれてしまった。
スタミーニは怪訝な顔をしている。
「どうかされましたかな?」
「「いえ、何でもありません!」」
「明日が楽しみでございます。いやぁ、確実に晴れるとわかっている鷹狩りなんて愉快でしょうがないですな」
スタミーニは上機嫌で寝室へ案内された。
気がつくと使用人たちも姿を消している。
俺たちは大食堂にポツンと取り残された。
「これは大変なことになった。ど、どうするんだ、アローガ」
「わ、私に言われましても」
その晩、俺とアローガは夜通し空に向かって祈っていた。
 




