第1話:メイド生まれの天気予報士
「ウェーザ・ポトリー、僕は君との婚約を破棄することにしたから」
王宮の仕事部屋で明日の天気予報をまとめていたときだった。
婚約者のルークスリッチ王国第一王子、プライド様に突然言われた。
プライド様は金髪をキラキラさせ、明るいブルーの目に怪しげな笑みを浮かべながら私を見下ろしている。
白と金を基調としたいつものオシャレな服が、そのときだけ不釣り合いに見えた。
あまりに急なことで、思わず持っていたペンを落としてしまった。
「プ、プライド様……いったい、どういうことでしょうか?」
「まったく、これでも僕は君に目をかけていたのに。"メイドの子"でありながら、珍しい【天気予報】のスキルを持っていたからね。君の100%当たる天気予報は、それはそれは素晴らし
かったよ」
プライド様はわざとらしく大きなため息をついている。
その振る舞いと言葉がナイフとなり、私の心にグサッと刺さった気がした。
("メイドの子か"……何度聞いても、心に重くのしかかるな……)
私は名門貴族、ポトリー公爵家に生まれた。
ただし公爵夫人の娘ではなく、公爵の寵愛を受けたメイドの子だった。
母は私を産んですぐに亡くなり、その後、公爵夫人に子ができると私は邪魔者になった。
父からはお前のせいであいつは死んだと、公爵夫人からはお前のせいで夫の愛が奪われたと、ずっと虐げられている。
だけど、天気が100%わかる【天気予報】という貴重なスキルのおかげで、今は王宮天気予報士として働けている。
このスキルを使えば一週間くらい先までなら天気が細かくわかる。
魔力をたくさん使えば数か月先まで予報できた。
「確かに、君は国のために尽くしてくれていた。だけどね、もう用無しになったんだ。君なんかより優秀な人が見つかったんだよ」
「優秀な人……ですか?」
そう言うと、プライド様は静かに扉を開けた。
黄色っぽい金髪と赤色に輝く大きな丸い瞳、そして、これでもかと派手に着飾った女の子が入ってくる。
せめて、全然知らない人だったらショックも小さかったかもしれない。
不幸なことに、見知らぬ人ではなかった。
知らないどころか……毎日のように会っている。
「あら、お姉さま。ご機嫌いかが? 顔色がお悪いようですけど大丈夫かしら?」
「ア、アローガ!?」
二歳下の妹、アローガだった。
特徴的なつり目で私を睨みつつ、すぐにプライド様のところへ歩み寄る。
二人は互いに見つめ合って熱い視線を交わしていた。
それこそ、私の存在など無視するかのように……。
「さぁ、紹介しよう。僕の愛する女性、アローガだ。と言っても、紹介するまでもなかったか。どうやら、その感じだと僕たちの関係には気づいていなかったみたいだね。婚約者なのに僕が君と全然会おうとしないのをおかしいと思わなかったのかい?」
「ご報告が遅れてごめんなさい、お姉さま。こんなに鈍い方だとは私も思いませんでしたわ」
アローガたちはケラケラ笑っている。
そのやりとりを見て、ようやくわかった。
彼女たちは裏で密会していたのだ。
思い返すと、プライド様は私とお茶も飲んでくれなかった。
「ど、どうして、アローガが……?」
そうだとしても、納得できるはずはなかった。
「君みたいな娘に疲れていたところを懸命に癒してくれたんだ。アローガは美しいし、何より生まれも素晴らしい。"メイドの子"と違ってね」
「私はお姉さまと違って、ポトリー家の正式な跡取りですの。正妻の娘ですからね。それにまさかとは思いますが、その不吉な"赤い髪"を持つ女が本当にプライド様と結婚できるとお思い
で?」
「っ……」
私の髪はこの国で不吉とされる"赤い髪"だ。
そのため、母親の命を吸い取って生まれた、なんて言われていた。
そんな私がプライド様の婚約者とされたのは、王様たちに【天気予報】スキルの重要性と王宮天気予報士としての功績を認められたからだった。
「アローガ、ちょっと言い過ぎだよ。たった今婚約破棄もされてしまったんだから」
「そういえばそうでしたわね。失礼しましたわ、お姉さま」
二人は楽しそうに笑っている。
涙が零れそうになるのを、グッとこらえて仕事に戻る。
「……お話はそれだけですか? でしたら、勝手ながら失礼いたします。最後の見直しが残っていますので」
王宮でも毎日陰口を言われる日々だ。
それでもここまで頑張ってこれたのは、天気予報への強い使命感と責任感があるからだ。
単なる天気の予報だけど、この仕事は責任重大だ。
晴れると言って雨が降れば、傘を持っていない人はずぶ濡れになってしまう。
大嵐のような日だってあるのだ。
悪天候がひどければ、災害への備えを促さなければならないこともある。
(予報が外れれば、みんなが困る)
私はいつも真剣に天気と向き合っていた。
それなのに、どうして……と頭の中で疑問が渦巻く。
「ああ、そうそう。言い忘れるところだった。その天気予報についてだ。今日をもって君は王宮
天気予報士ではなくなったから。もっと言うとクビだよ、クビ」
追い打ちをかけるように、プライド様はあっさりと吐き捨てた。
「……え?」
(王宮天気予報士を……クビ?)
さすがに、ショックが隠し切れない。
呆然としていると、プライド様の後ろでアローガがクスクス笑っていた。
「何度も同じことを言わせないでくれ。君は王宮天気予報士をクビになったんだ」
「お姉さま、しっかりしてくださいな。私の方が恥ずかしくなってしまいますわ」
アローガもプライド様もひどく冷たい。
言葉一つ一つが私の心を抉るようだった。
「い、いや、ですが、天気予報はどうなるのですか?」
天気予報がなくなれば、国民はかなり困るはずだ。
だけど、プライド様は呆れたように笑っているだけだった。
「僕が言ったことを聞いていなかったのかい? 優秀な人を連れてきた、って言っただろう。君がいなくなってもまったく問題ない。アローガが【天気予想】スキルを使えるようになったからね」