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be leaves

作者: 雪餅

 幼少の頃を覚えている。


 母が死んでいた。


 母はいつでも優しかった。

 寄り添うと温度を感じる。包まれる感じがする。それが当たり前だった。


 そう。当たり前、だった。


「どうして優しい人が死ぬの?」


 気がつけば僕は言葉を零していた。

 返答はなかった。


 ふと、天井に手を伸ばす。視界はゆらゆらとしている。意識が遠くに行ってしまうような、そんな感覚だった。


 誰かの呼ぶ声が薄く耳に伝わってくるような気がした。それと同時に、視界のゆらめきが強さを増した。


 色が溶けていく。


 ああ、またこの世界が終わる。




 目を開けると、日常があった。

 真っ白な天井。窓から差し込む光。机の上には、広げられた新聞紙とラップのかけられた朝食。

 そして、僕の顔を覗き込む父。


 全て日常で、今の当たり前。


「遅刻するぞ」


 短く父は言った。

 父曰く、僕の寝起きが悪いのは小さい頃からだそうだ。


 今日もまた起こしてもらうことに若干の罪悪感を感じながらも体を起こす。

 おはようと残して、机の上の朝食に向かった。


 父はその様子にやれやれといった表情をし、上着に袖を通した。


「家出る時鍵閉めろよ」


 それだけ言い残して足早に家を出ていった。


 現在僕は、父と二人暮しをしている。

 母親は事故で他界したらしい。その時の記憶は僕に残っていない。さっき見た夢もきっと幻想だろう。


 僕は至って真面目な人間だ。だから今日の予習とか準備とかは昨日のうちに済ませてある。

 そのおかげで多少起きるのが遅くなってもこうしてのんびり朝食にを取ることが出来る。


 そんなことを考えながら食事を終え、学校に行く準備をしようと時計を見る。そこで、あることに気がついた。


 今日は日曜日だ。



 知らない誰かが、僕に話しかけていた。


『コノセカイヲシンジルカ?』

「お前は誰なんだ?」

『トイノコタエヲシリタイカ?』

「だから誰なんだよ」

『イイノコスコトバハアルカ?』

「だから質問に答えろって」

『ニワヲミテコイ』


 その言葉で世界が途絶えてしまった。




 目を開けると机の上だった。

 あのまま二度寝したのかと理解する。


 奇妙な夢を見た。


「誰かに問いかけられているような──」

『17歳の女子高校生が先月下旬から行方不明になっていることがわかりました』


 ニュースの声が聞こえてきた。テレビをつけっぱなしにしていたらしい。


『行方がわからなくなっているのは高校3年の牧田美穂さんです』

「牧田!?」


 そのニュースを聞いて絶叫に近い声を上げた。


 彼女は最近不登校になっていた同級生だった。何度か席が隣になったこともあり、それなりに仲が良かった。


 不登校だと思っていたのは行方不明になっていたから。その唐突なカミングアウトに驚きを隠せなかった。


 テレビに映った顔写真も彼女だった。


「こんなことあるのかよ……」


 誰もいない部屋で僕は言葉を零し続ける。


「先月下旬からって言ったらたぶん11月28日だよな。その日からずっと休んでるし」


 でもどうしてだ。


 特に攫われたりすることも遊びに行くこともなかったはずだが。

 そう考えながら、おもむろに携帯を取り出して予定帳を開く。


「あっ」


 彼女が休んだ翌日の11月29日は彼女の誕生日だった。


「でもどうしても誕生日の前日に……」


 ふと、夢の中の『ニワヲミテコイ』という言葉がよみがえった。僕は昔から勘はそこそこ当たるほうだ。


 ありえないとは思うが、もしこの夢にヒントがあるならなにか掴めるのだろうか。


 庭、と言っても多少土があるくらいで庭と呼んでいいのかわからないような場所だが行ってみることにした。




 今日は12月7日。

 空は曇り気味で冷たい風が吹いていた。


「さっむ」


 愚痴りながらも庭に目をやる。


 特に珍しいもの。強いて言うならカンツバキが咲いているくらい。


 しばらくその花を眺めていたが、寒さが増してきた。


「戻るか」


 そう呟き寒空を背に向けて、暖房のよく効いた暖かい部屋へと戻るのだった。




『オ前ガ見タモノハ何ダッタ?』

「カンツバキ」

『花言葉ヲ知ッテイルカ?』

「知らない」

『調ベロ』

「どうして?」


 知らない誰かは、その言葉を最後に反応が無くなった。そしてまた、世界が終わる。




 覚醒。月曜日の朝になった。そう思って窓から外を見るがまだ暗い。時計に目を向けると、針が指していたのは午前4時。


 どうやら早すぎたらしい。


 もう一睡しようと横になった時に、先ほどの夢の言葉を思い返す。


 カンツバキの花言葉を調べろ。


 名も知らない誰かはそう言っていた。

 別に何かあるわけではないだろうが、おもむろにスマホを取り出して『カンツバキ 花言葉』と検索してみる。


 『申し分のない愛らしさ』


 だからなんだよ、という感想が真っ先に浮かんできた。夢の中の誰か知らないが、きっとあいつ適当なことを言っている。

 まあ、所詮夢は自分の記憶なんだろうが。


 ……待てよ。これだと僕が適当な人間だということになりかねない。あいつはなにか有益な情報をくれたと思っておこう。


 ああ、あとあいつ。少しだけ言葉が流暢になっていた気がするな。

 どうでもいいか。


 そんなくだらないことを考えているうちに、意識は微睡みへと落ちていった。




 牧田のニュースを見て以来、数日が経った。


 特にこれといった情報は得られていないし、なぜ誕生日前日に居なくなったのかもわかっていない。

 わかったことと言えばカンツバキの花言葉くらいだ。


 あの少し変わった夢もあの日くらいしか見なかった。


「結局なんだったんだろうな……あの夢」


 ニュース番組を眺めながらそんなことを呟く。

 しばらく呆けていると、あるニュースがスっと耳に入ってきた。


『今日午後五時頃、先月下旬から行方不明になっていた牧田美穂さんが発見されました』

「っ──!」


 ニュースを聞いた直後、声にならない叫びを上げた。牧田が見つかった。また牧田と話せる。そう思うと色々な感情が込み上げてきた。


 しかし、現実は残酷だ。次の瞬間、ニュースはとんでもないことを言っていた。


『牧田美穂さんは心肺停止の状態で発見され、その後病院で死亡が確認されました』


 声が出なかった。

 脳が事実を受け入れることを拒んでいる。それでも、ニュースは止まらない。


『──島間の船に乗っていた牧田美穂さんは、船から落下したと見られています。海が荒れ、危険な上だったにも関わらず警告を行わなかったとして船長ら乗組員3名が殺人罪に問わ──』


 そこでテレビの電源を切った。

 牧田美穂、と名前が出る度に強烈な頭痛が襲ってくる。

 少なくとも彼女は死んでいる。それは紛れもない事実だと思い知らされた。


 もう1つ、不思議な感覚があった。


 この事件に既視感を覚えていた。

 どこかで同じ状況を体験した事があるような気がするのだ。しかし、僕にそんな経験はない。


 そこまで考えて頭痛がさらに鋭さを増してきた。

 頭が引き裂かれるような感覚がする。目を瞑った。このまま現実からも目を瞑れたら幸せだろうかなどと、有り得もしないことを考えてしまう。


 次第に、意識は闇へと堕ちていった。




『頭痛、大丈夫そう?』

「ダメだ。頭が割れる」

『じゃあもう少しゆっくり目を閉じてな』

「うん」

『あと、そうだ。カンツバキの花言葉はね、君の記憶の開花の鍵になるよ』

「それってどういう──」

『じゃ、お大事にね』


 「ちょっと待てよ、お前は誰だ?」という言葉は吐き出すことが出来ずに、また世界が終わってしまった。




 目を開けると、知らない天井だった。


 不気味くらいに真っ白で周りはカーテンで視界が塞がれていた。


 カーテンをめくってみると、シャーっとレールが音を立てて新しい景色が眼前に広がる。

 病院だった。

 つまり僕は病室のベットで寝ていたことになる。「でもどうして」と思ったと同時に、違和感を覚えた。


 この病院、人の気配が全くないのだ。


 しかし耳をすましてみると、何か電子音のようなものが遠くから聞こえた。その電子音は一定のリズムを刻んでいる。

 とりあえず電子音の発信源に行くことにしようとベットの上から降りる。


 自分のいる病室から出て廊下に行ってもやはり人はいなかった。


 電子音が聞こえてくる方にさらに歩を進める。

 すると、段々と誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。しかし、その叫び声はぼんやりと聞こえてくるだけで何を言ってるのかはわからない。


 歩き続ける。

 次第に電子音が大きくなっていくにつれて、叫び声も大きくなってくる。どうやら同じ方向から聞こえてきているらしい。


 段々と音がクリアになってきた。

 誰かの名前を叫んでいるような気がする。しかし、それが誰の名前なのかはわからない。


『──!』

「え」

『──!──!』

「なんで……どうして?」

『──!』


 はっきりと聞こえた。あの声が叫んでいたものは紛れもなく──


『ねえ、君は何を信じる?』


 どこからでもない、急に目の前に現れた誰かが問いかけてくる。

 頭の整理が追いつかない。


『おーい、聞こえてる?』

『おかしいな。こっちではもうだいぶ回復してると思ったのに』

『ま、いいや。とりあえず伝えることだけ伝えておくね。君はこのまま進むといい。その後見た事の何を信じるかは君次第だよ』


 それってどういうことだ?お前は一体誰だ?

 そもそも、お前は何だ?


 その疑問を口に出す前にその誰かは『じゃあね』と言って姿を消した。

 同時にとんでもない不協和音が襲ってくる。


『…──……─………──…─ ………─…──…!』


 耳が割れるかと思った。

 そこでようやく気づいた。さっきの誰かが姿を消したんじゃない、世界が暗転したんだ。


 電子音は鳴っている。叫び声も聞こえている。ただ視界だけが奪われた。

 僕はどうすればいい、と思った時にさっきの誰かの言葉を思い返す。


 『君はこのまま進むといい』


 この言葉が嘘か本当かもこう言った意味も何一つわからないが、とにかく今はこれに縋るしかない。


 ただ真っ直ぐ、真っ直ぐ歩き続ける。


 少し進むと、ある光が見えた。

 その光からは会話も聞こえてくる。


『遅刻するぞ』

『家出る時鍵閉めろよ』


 どちらも父の声だった。


『誰かに問いかけられているような──』

『17歳の女子高校生が先月下旬から行方不明になっていることが分かりました』


 今度は僕の声とニュースの声だ。

 これは確か、牧田が行方不明だと知った日の記憶だ。


 光を覗き込んでみると、そこには朝食を取っている僕がいた。


 これはもしかして、僕の記憶?


 1度その光から目を逸らしてまた真っ直ぐ歩きだす。

 するとまた、もうひとつの光が見えた。

 それは、高校の入学式の時の映像だった。名前を呼ばれ返事をする生徒。初日から居眠りをする生徒。色々な生徒の中に僕もいた。


 そうやって暫く歩いているうちに、推測は確信に変わった。


 間違いない。ここは僕の記憶の世界だ。


 それからもずっと歩き続けた。いつ終わりが見えるのかも分からないまま、あの誰かの言葉を信じて、ずっと。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 それすらもわからなくなってきた頃、幼少の頃の記憶にたどり着いた。


『どうして優しい人が死ぬの?』


 僕が訊ねていた。

 しかし、その先はモヤがかかっていて見えないし聞こえない。


 どうすればいいんだと思案する。そこで、ある一つの記憶が蘇る。


 それは、カンツバキの花言葉──申し分のない愛らしさ。

 カンツバキを見た場所は、庭。

 うちの庭の中で、その花言葉が示すように『最も』と言っていいほど申し分なく綺麗で愛らしい花。


 脳内でなにかのピースがハマった気がした。


 もう一度光を覗く。

 そこでは、その続きが紡がれていた。


『じゃあ君は、庭に花が咲いていたらどの花を持って帰る?』

『いちばん綺麗な花』


 これは、母が死んだときの事だ。

 思い出した、全部。


 刹那、視界が弾けた。


 あの誰かがまた、僕の前にいた。いや、誰かなんかじゃない。


「お母さん……!」

『おかえり』


 そう、優しく告げる母に僕は駆け寄る。

 母は優しく僕を抱きしめてくれた。


 ああ、暖かい。久しく感じた温度だ。


『でもね、あんたはまだこっちに来ちゃダメだからね』

「どうして?」

『まだ開花もしてないでしょう?もっとゆっくり来なさい』


 その言葉と共に、母は僕を離した。もう一度優しく笑いかけた後に、母が手を振る。

 僕は、手を振り返す。


 母が段々と景色に溶けていった。そんな感じがした。


 次第に母は見えなくなってしまった。


 独りこの世界に取り残された。

 気がつくと、あの電子音と叫び声は鳴り止んでいた。


 ふと、いちばん最初に見た記憶──牧田が行方不明だとわかった日のことを思い返す。


 そして、ずっと引っかかっていた。


 あの事件の既視感と頭痛の意味、叫び声の言葉。


 そうだな、この世界から僕が出られることは無さそうだ。




 だから僕はまた、あの切って貼り付けたような記憶の続きを辿りに行くとしよう。

 考察深まりそうな感じにしたかったんです。できているかは微妙ですが!(クソデカボイス)


 楽しんで頂けたら嬉しいです。感想などありましたら是非よろしくお願いします。泣いて喜びます。


 それでは!

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[良い点] 色彩表現 寒椿の鮮やかさがさっぱりとした日常の風景に溶け込みつつ、それ自身の印象を与えている。 感情の描写 違和感がない。作者が本当に感じたことのある思いを書いたように感じられる。「どうし…
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