路傍の石ころだって使う人間によっては充分な性能を持つ。
なんかめっちゃ長くなった。
すまん。
軽く落ち着いた後、入り口のキャンプまで戻りながらニヴルファルを見る。
このゆるいウェーブがかった長髪の高身長細マッチョ獣耳イケメンは、ゲームではある隠された時限クエストのクリアでのみ仲間にする事ができ、発売から2年経つまで誰も仲間に出来ないと思っていたキャラだった。
吉崎は15周目をプレイ中にたまたまクエストを発見、クリアして仲間とした。
その情報を某ネット掲示板で投下した時は、引退したプレイヤーが復活し新規も増えてお祭りになった記憶がある。
「ふむ…ニヴルファル…か…」
なぜ最初に見た時に気が付かなかったのか、吉崎は発見者が自分である事もありニヴルファルをかなり気に入っていて、発見後はほぼ全てのプレイに連れて歩くほど愛用していたのだ。
なのに気が付かなかった。
確かにゲームの3Dモデルが現実に出て来ているのだから見た目は少し違うが、それでも直ぐに気付く自信があった。
言いようの無い悔しさとも不甲斐なさともつかない感情が込み上げてくる。
「如何なされましたか?北見鮮魚店様?」
不意に掛けられた声に躓き、そして思い出す。
ゲーム内での自分は『北見鮮魚店』で、それはつまり当然ニヴルファルにとって自分は『吉崎 秀平』ではなく北見鮮魚店と言う名前だと認識されているのだ。
(愛着ある名前だけど、実際呼ばれるならもっとまともな名前にしとけば良かった…)
昔からネットゲームなどで使用している名前で、【SSS】でも特に考える事なくこの名前をつけていた。
しかし、幾ら慣れて愛着のある名前とは言え、実際に呼ばれればその違和感と恥ずかしさに思わず過去の自分を罵倒したくなる。
「あー、いや、なんだ、その…」
さすが忠犬、ごにょごにょと口ごもる吉崎の次の言葉を静かに待ってくれている。
「その、北見鮮魚店さまってのやめてくれないかなって…」
「やめて、と言うのは…?では何とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」
一瞬困惑を見せるが、直ぐにならばどうすれば良いかと聞いてくる忠誠ぶりに吉崎は感動を覚える。
「あー、そうだなぁ吉…いや、キタミと呼んでくれないか?長いだろ?」
「主の名を長いなどとは…しかしその様に望まれるのでしたら、ご要望の通り呼ばせていただきます、キタミ様」
最初は吉崎と呼んでもらおうと思ったが、考え直した。
ダメでグズでバカな吉崎秀平はあの時死んだのだ。
そして今目の前には【SSS】のニヴルファルが居る。
第二の人生と言うやつだろうか、ならば自分が名乗るべき名は北見鮮魚店であり、あの英雄の名に恥じない生き方をしてみるのも良いのではないか。
そんな風に思ったのだ。
(今度は、生きよう…誇れる人生を目指してみたい…)
今までの人生で、他人からこんな尊敬の眼で見つめられた事など無いのだ、それが自分はダメ人間だからなんて言っていたのでは相手に失礼ではないか。
「あー、それとニヴルファルの事は略してファルと呼ぶ事にする!そっちの方が親しみが出て好きだ」
「親しみとは…ありがとうございます。そのお言葉が何よりも嬉しく思います」
恭々しく頭を下げるニヴルファルを見る。
服装はゲームの中での非戦闘時衣装で、青をメインに黒や白で彩られた軍服の様な見た目だ。
そんな格好の美青年に跪かれると、なんだかその気になってしまう。
キタミは形から入るタイプだった。
そんなやり取りをしながら歩いて行くと、前方に光が見えて来る。
行きは揚々と進んでいたとは言え、観察しながら歩いて居たからだろうか、奥の石室とキャンプはそれ程長い距離ではなかった様だ。
「そう言えば、ファルは何であんな所で寝てたんだ?」
(ま、俺もなんでこんな所に居るのか分かんないんだけどな)
青年がニヴルファルだと分かってからずっと気になっていた事を聞いてみる。
そもニヴルファルは、敵に集落を攻め滅ぼされ主人公に着いて来る事になるNPCだ、決してピラミッドに封印されている様なキャラでは無かった。
「…はて、確かになぜあの様な所に居たのか…」
「あー、まぁ俺もなんでここに居るか分からんし、分からないなら分からないで良いんだ」
頭を捻って考え込み始めたニヴルファルにそう言って、キャンプを適当に片し座る場所を確保して目線で座るよう促す。
キタミはお気に入りの自作椅子に座る。主人なのだ、このくらいは良いだろう。
「ここは…アバンドの都ではなさそうですね…一体…」
ニヴルファルはキタミが椅子に座ったのを確認してから空いたスペースに腰掛けて、周囲に目を配る。
「うーん、そもそもファルは自分の事や俺の事を、どんな風にどの程度理解してるんだ?」
「自分やキタミ様の事…ですか?」
少し考えてから話してくれた内容によれば、【SSS】での事は覚えている、そしてキタミの事は冒険者の英雄「北見鮮魚店」であり、自分を救い、復讐を助けてくれた自らが仕える主だと認識しているらしい。
そして、朧げであるが自身がゲームの中の存在であり、現実には居ない者である事も事実として理解しているそうだ。
「あ、あー、まぁほら、今はココに居るんだし…えー」
もしかしたら良くない事を聞いてしまったかも知れないと慌ててフォローしようとするキタミを、ニヴルファルは笑顔で制止する。
「いえ、例え私が本来存在しない者だとしても良いのです。今こうして敬愛するキタミ様と向かい合い話している事が全ての救いになりますから、どうか気になさらないで下さい」
キタミは気を悪くした訳では無さそうだと安堵して、これではなんだか情けないなと小さく笑う。
「そうか、それなら良いんだ…うん。それで、そのなんだ?【SSS】の能力はどのくらい使えそうか…」
そこまで言ってキタミは、自分自身がステータス画面を開ける事を思い出した。
「あ、そっか…俺、使えるのかな?インベント…リ」
もしかしたらと唱えてみると「ベ」の辺りで複数のマスに区切られた画面が現れる。
「…ゴホン!えーと、ファルにはこの画面見えてるか?」
様にならないなぁ、と誤魔化しにファルに尋ねてみる
「いえ、私には何も…」
ならばこれはと色々と試してみる。
結局ニヴルファルにこれらの画面を認識する事は出来なかったが何が出来るのかは何となく分かってきた。
まず、インベントリ。
これはゲーム内と同じ仕様らしい。
と言うか画面の左上にゲームと同じ様にヘルプがあり、詳細を確認できた。
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【インベントリ】
MP値に比例して所持可能スタックが増える。(最大各種類90スタック)
素材や装備が劣化する事は無いが加工済みの食品、薬品は時間で劣化する。ただし、外にそのまま置くよりも長い時間鮮度を保つ。
生肉などは調理スキルの素材としてカウントされる為加工済みに比べて期限が5倍伸びる。
【マップ】
通った場所の地図が自動で作られる。
また自宅などセーフゾーンを作成するとマップ画面からトラベルポイントへファストトラベルで移動できる。
【ステータス】
Lv :レベル。上昇するとステータスポイントを獲得する。
HP :ヒットポイント
0になると死ぬ。VIG値に依存する。
MP :マジックポイント
0になると気絶する。ATU値に依存する。
ST :スタミナ
0になると行動不能。END値に依存する。
VIG:生命力(Vigor)
生きる力の強さを指す。
ATU:集中力(Attunement)
集中力や記憶力の高さを指す。
END:持久力(Endurance)
運動能力の高さを指す。
VIT:体力(Vitality)
体の頑強さを指す。連動して運搬力が上がる。
STR:筋力(Strength)
瞬発的な力の強さを指す。
DEX:技量(Dexterity)
手先の器用さや技術力の高さを指す。
INT:理力(Intelligence)
理を読み解く力や思考力の高さを指す。
FAT:信仰(Faith)
己の信ずる神への信仰の深さを指す。
LUK:幸運(Luck)
物事の流れの中で幸運を掴む運命の強さを指す。
【スキル】
MPかST又はその両方を消費して発動される技。
物理攻撃系、魔法攻撃系、援護系、自己強化系、生産系、生活系の6つに分かれる。
スキルにはLvがあり、使用して熟練する事で上昇しLv5以上で別のスキルや上位スキルが解放される。
最大Lvは10でMAXと表示される。
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そしてキタミのステータスはこうだ。
『キタミ・センギョテン』
Lv :802
HP :1,820
MP :450
ST :170
VIG:99
ATU:99
END:99
VIT:99
STR:99
DEX:99
INT:99
FAT:99
LUK:99
スキル:【工作:LvMAX】【数学:LvMAX】【格闘術:LvMAX】【機械工学:LvMAX】【魔導気工学:LvMAX】【四元素魔法:LvMAX】【六元素魔法:LvMAX】【弩術:LvMAX】【銃撃術:LvMAX】【砲撃術:LvMAX】【危機感知:Lv4】【料理:Lv3】【話術:Lv1】
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このキャラを育て上げるのに実に9年以上掛けたのだ、実に化け物染みたステータスである。
そして名前が『北見鮮魚店』から『キタミ・センギョテン』になっている。
呼び方を変えさせたからだろうか?
「所でキタミ様この後のご予定は何か?」
「んえ?」
自身の作り上げた化け物ステータスに見入って居ると、予想外の事を聞かれた。
この後の予定と言われても何も考えてなど居なかった。
そもそもこの1ヶ月、何も考えずに適当に遊んでいただけである。
予定などニヴルファルの分の椅子を作るくらいしか思い浮かばなかった。
「いや、特に無いけど何かあるの?」
キタミの言葉を聞いてニヴルファルは何か考えている。
言葉を選んでいたのだろうか、顔を上げて提案を始める。
「でしたら、準備を整えてこの森を出るのはいかがでしょうか?一生をこの森で過ごす訳にもいかないでしょう?」
森を出る、一度考えはしたがどこまで行っても森なのだ。しかも命綱のマンゴー(仮)はこの遺跡から離れるほど減って行く…。
そこまで考えてインベントリが使える事に思い至る。
あの実は枝から捥ぐと2〜3日で腐ってグズグズに崩れてしまうが、ゲーム通りならばインベントリに入れれば1週間は保つだろうし、もし食品ではなく食材扱いなら5週間は保つ。
しかもインベントリは、どれだけ持っても重量は感じないのだ。食べ切る前に腐るくらいの量を持って歩ける。
「そっか、確かにそっか…」
ニヴルファルの方に向き、一度頷いて同意を示す。
「そうしよう、今日から3日全力で準備して森を出よう」
「かしこまりました、このニヴルファル全力で準備に当たらせていただきます」
そうと決まれば準備だ。
ニヴルファルと打ち合わせをして、食糧と松明、何かあった時の為にとツタや木材など幾らかの材料を集める。
それから3日後の朝。
4スタック、実に400個近いマンゴー(仮)と松明や材料を1スタック。
それにキタミの椅子と、新たに作ったニヴルファルの椅子をインベントリに放り込み、キャンプを出発する。
進路はマップを見ながら北に向かう事にした。
「さあて、行ってみよう!」
杖代わりの程よい枝を片手に森へと進んでいく。
そうして5日ほど進んだ時、頭上を大きな影が覆う。
空を見上げれば、まんま竜の様なシルエットが頭上を通過して行く所であった。
「ファル、竜かな?あれ」
「…分かりませんが、匂いはどちらかと言えば亜竜に近い様に感じます」
ニヴルファルは狼牙族、つまりは狼の獣人であるため鼻と耳が良い。
「そっか、亜竜かぁ雑魚だな…」
この5日間、夜寝る前に訓練と称してニヴルファルと何度か手合わせをしていた。
人間意識する事が重要なのか、身体はステータス通りに人外の動きを見せ、最初以外はずっとニヴルファルを圧倒している。
(ゲーム通りに動けるなら…俺は強い…)
自分が強い、なんとも似合わない言葉だと思いながら湧き上がる自信に喜びが隠せない。
前世の自分なら亜竜など見たら、きっと腰を抜かしていただろう。
「ははは、キタミ様からすれば何者も雑魚ですよ」
ニヴルファルもゲームの中ではかなりの強者だ、やはり怯えなど一切なく、軽く笑っていた。
しかし、不意に顔を真剣な物に変える。
「キタミ様、人間の匂いです」
「おお!ついに、人に会えるのか!!」
「ただ、急いだ方が良いかもしれません…濃い血の匂いがします」
ニヴルファルの嗅覚に従って人の匂いを辿り、走って行く事30分。
土を踏み固めた広い道に出た。
それと同時に道の先から地響きと、硬い物が砕ける音が聞こえてくる。
「なんだろうね、人間の他に匂いは?」
そのまま音に向かって走りながらニヴルファルに尋ねる。
「いえ、分かりませんね…強いて言えば土と…ミミズでしょうか…?」
ミミズの匂いと地響き、なんかの映画で観たことのある組み合わせだと考えながら走って行く。
5分程走ると目の前に、上から潰された様にひしゃげた馬車と散乱した布や木箱が目に入ってきた。
「あれか…」
様子を伺いながら馬車に近付き周囲を見回してみる。
馬車と地面に挟まれる様にして男が倒れているが、残念ながら息は無かった。
「こっちはダメだ、ファル!そっちはどうだ」
何かの匂いを察知したのだろう。
道を外れて草原の方に向かったニヴルファルに声を掛ける。
「いえ、身体を半分食い荒らされた馬が倒れていました」
「馬が?この馬車の荷馬かな?」
「恐らく、それと…このくらいの穴が地面に空いておりました」
と両腕を広げてサイズを示してくる。
おおよそ3mくらいだろうか、かなり大きな穴だ。
「底は?何かあった?」
「いえ、深い穴で見通す事は出来ませんでした…」
いよいよもって嫌な予感が強くなる。
もし思っている通りの存在なら今ここで話している自分達も危険だ。
取り敢えず避難できる場所を、と周囲を見回すとちょうど良く大きな岩が草原に転がっていた。
「ファル、取り敢えずあそこの岩の上で話そう。俺達も危険かもしれん」
ニヴルファルを連れて岩に駆け寄ると、影に少女が倒れていた。
脈はある、胸も上下してるから息は出来てる。
意識は無さそうだが見た目に大きな傷も無さそうだ、と一安心した所に地響きが聞こえて来る。
「ファル!この子を上に引き上げるぞ!手伝え!」
「はい!」
ニヴルファルと2人で少女を上に引き上げて、自分達も岩の上に退避する。
それと同時に、さっきまで少女のいた辺りの地面を突き破って巨大な何かが飛び出してきた。
「ありゃぁ、予想的中だよ…」
その姿は異常なほど巨大化したミミズと言うのが良いだろうか。
ご丁寧に先端には無数の牙が生えた口を持っている、あそこが頭だろうか。
恐らく馬車を破壊したのも、馬を喰ったのもコイツだろう。
「んー、あー、ファル…この子お願い」
抱いていた少女をニヴルファルに押し付け、岩から降りる。
このまま岩の上で突っ立っていたら、それこそ馬車と同じ様にペチャンコにされてしまうだろう。
ひとまず降りて囮になり岩から引き離す事にした。
牽制の為に適当に石を拾って投げ付ける。
ヒュン!
ドシュッ!!!
ドパァンッ!!!
…ズズゥン!
「え…?」
「流石キタミ様!石ころで倒されるとは!」
巨大な人喰いミミズは石が当たると弾け飛んだ。
当たった所を中心に大きな風穴を開けて、頭は皮一枚でなんとか繋がっているだけだった。
そのまま鎌首を地面に横たえるとピクリとも動かない。
己の化け物具合を再確認したキタミであった。
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それから暫く、馬車の下敷きになっている男を引っ張り出して他に被害者が居ないかの確認を済ませた。
どうやら被害者はこの男と馬、それから少女の3人だけの様だ。もしかしたらそれ以外は、アイツに喰われてしまったのかもしれないが。
取り敢えず、ここに置き去りにする訳にもいかないので、椅子を取り出して少女の目が覚めるのを待つ。
(下手に連れてって誘拐とか言われたら怖いもんな…)
少女は北欧風の民族衣装を着ていて、あどけないが整った顔立ちをしている。
年の頃は12〜3といったところか。
性別に限らず、あまり子供と接した事のないキタミは思わずソワソワとしてしまうのであった。
「んぅ……」
しばらく少女を観察していると小さく呻き声を上げながら目を開ける。
そしてキタミの姿を認識した頃だろうか、叫びながら後ずさる。
「いやぁ!いや!助けて!ワームが!」
どうもさっきの巨大ミミズに怯えているらしい。
それはそれとして顔見て叫ばれると傷つくな、そんなに怖い顔していただろうか?と考えながら取り敢えず落ち着かせようとミミズの死体を指差す。
「ねぇ、それってアレ?」
「え?……うそ…ロックワームが?死んでるの?」
どうもまだ少し混乱しているらしい。
どれ、もうちょっと言葉をかけて落ち着かせてやろうと口を開きかけた時、ズイとニヴルファルが身を乗り出す。
「おいクソガキ?テメェガタガタ言う前にキタミ様に言う事あるんじゃねえかよ?あ?おい?」
怖いですニヴルファル君。やめたまえ。
ほら見ろ、少女怯えてるじゃないか。
「あ、あの…助けてくれて?ありがとう…ござ…」
「ちげぇだろうがよぉ!クソガキ!!キタミ様のご尊顔を拝謁させていただいたにも関わらず叫んだ無礼をお許しくださいだろうがぁ!!」
「あの、ファル?…落ち着いて?」
それから何故か怒り狂うニヴルファルを宥め、少女にこちらの事情を説明して少女の話を聞く。
「あの、改めまして…助けていただきありがとうございました私は旅の行商をしておりますカワセ商会会長の娘、マリーと申します」
「あー、まぁ通りがかりだよ…えー、俺はキタミで…こっちはニヴルファル」
まだニヴルファルが怖いのかチラチラと様子を伺いながら謝辞を伝えて来る。しっかりしてる。
「あの、ところでその…御者を見ませんでしたか?」
「御者?あー、その…彼は俺達がついた時にはもう…」
「そう……でしたか…ありがとうございます……」
そう言ったきり俯いて静かになってしまう。
肩が小さく震え堪えるような吐息が聞こえて来る。
途端にキタミは居心地悪くなってきた。
ニヴルファルも何故かソワソワとしている。
「あー…
「マリー!!マリーィィィッ!!!」
それでも何か言わなければと声を出しかけた時、道の向こうから男の叫び声が響いて来る。
「お父さん?!」
マリーが声の方へと駆け出していく。
ここで座っていてもしょうがない、椅子をしまって後を追いかける。
道の向こうから猛スピードで走って来る馬車にマリーが手を振っている。
あれ?危なくない?止まれる?あれ?
「こんの馬鹿娘が!!あれほど馬車の前に立つなと教えただろうが!!」
馬車から降りてきた恰幅の良い男がマリーにゲンコツを喰らわせて叱る。
そりゃそうだ、助けに来たら飛び出してきて危うく轢きかけたんだから。
うんうんと頷きつつキタミも男に近付いていく。
「あー、お父さん?その辺で、ね?怖い思いしたんだし?ね?あの、あー…」
「……貴方は?…娘を馬車の前から逃がしていただいた…先程はありがとうございました」
言いつつその目は胡散臭げだ。
「お父さん!それだけじゃないの!この方がロックワームも倒してくれたのよ!」
「ロックワームを……?」
何故か父親の目が余計に胡散臭そうに細められた。
値踏みする様にこちらの頭の上から下まで舐める様に見て来る。
そして、ふっと息を吐くとマリーの頭に手を置き優しい声で尋ねる。
「それで、その倒したロックワームはどこなんだ?それにマルクは?」
「マルクおじさんは…その…あの!ロックワームはこっち!」
マリーは父親の手を引いて巨大ミミズの死体の所まで連れていく。
そして死体を目にした父親の顔は徐々に驚きに歪んでいく。
「な…これは…本当にロックワームを…?しかもこの穴は…一体どうやって…」
ボソボソと呟くとこちらを振り返り頭を下げる。
「先程はとんだご無礼を致しました、申し訳ございません!まさかこれ程の腕をお持ちの方とは思わず!」
「え?いや、いやいや!うん、全然!全然気にして無いから!顔上げて下さいよ!ね?あの!ほら!うん!」
キタミは慌てて父親の肩に手を添えると頭を上げるよう促す。
そもそも自分は道端の石を投げただけなのだ、こんな頭を下げられる程の事はしていない。…と、思う。
自分のステータスだ、一般人からすればそれは恐ろしいモンスターなのは分かるが、それでも娘の前でこんな謝罪はして欲しくなかった。
「そうは行きません!知らずとは言えまさか娘を2度も助けて頂いた方に疑いの眼差しを向けるなど!」
あー!やめてー!顔をあげてー!
ほらー!ウチのワンコが苛々し始めてるから!
顔あげてー!
「お父さん!まだ自己紹介もしてないでしょ!ほら、先に名前言おう!」
とニヴルファルの苛つきを見てとったのだろう、マリーが父親に自己紹介を促す。ナイス!
「む、確かにそうだな…ゴホン!失礼いたしました、私カワセ商会と言う小さなキャラバンで行商を営んでおります、カワセと申します」
「あー、どうも…あ、自分はキタミです…で、こっちは従者のニヴルファル」
こちらも自己紹介して差し出された手を取り握手する。
こっちの世界にも握手の文化あるんだな。
一先ず座って話そうと椅子を出し、二脚しか無い事を思い出す。
(あー、スキルってどうなんだろ?)
取り敢えず椅子と幾らかの木材とツタを出し【工作】と頭の中で唱える。
すると、重ねた材料の下に魔法陣が広がり光に包まれ、光の晴れた後には二脚の椅子が現れる。
「おー、出来た…」
さあ座ってと促そうとカワセ達の方を見ると、2人とも口をあんぐりと開き固まっていた。
親子は驚き方も似るのか…。
「あの、どうぞ座って下さい…」
一悶着はあったが、落ち着いて話が出来そうだ。
この場所の事など色々と聞きたい事があるのだ。
そして、落ち着きを取り戻した2人も椅子に座り幾らか話をした。
ここはサスペント王国と言う国のアルデンと言う街の近くだそうだ。
サスペント王国は大陸の南側3分の1を占める国土を持つ大国らしい。
2人は護衛を含めた15人からなるキャラバンを組んでここより更に南側の街から行商に来たらしいのだが、途中であのロックワームに襲われ護衛を失い、更にしつこく付き纏われ6輌あった馬車もここに来るまでに2輌になってしまっていたらしい。
そして今日の襲撃でカワセの乗る馬車の馬が恐慌しマリーの馬車を置いて暴走してしまったのだと言う。
さらに、マリーの馬車は破壊され投げ出されたマリーは足首を挫き何とか逃げようと岩陰まで行ったところで気を失ってしまったそうだ。
足を怪我してたのか…気付かなかった…。
距離としては今から出発すれば日没迄には到着できるらしく、2人はマルク(死んだ御者の男)の死体を積んで街まで行くつもりのようだ。
「娘を助けていただいたご恩もあります、よろしければご一緒に街まで行きませんかな?」
カワセの提案はまさに渡りに船だ。
元々人を探して森を出て来たのだ、連れて行ってくれるなら否は無い。
「それは助かります、是非よろしくお願いします!」
そうしてカワセの馬車に乗り街までやって来た。
「キタミ様!そろそろですよ!」
日が沈み始め辺りが真っ赤な夕焼けに染まる頃、御者台からカワセが振り返って街に近付いた事を教えてくれる。
幌から身を乗り出して見てみると、平原に巨大な壁が建っていてそこに大きな門が開いている。
見た感じだと街全体を囲う様に巨大な壁が繋がっている様だ。
門の手前まで来ると馬車が減速しカワセが何やら懐をゴソゴソと探る。
門からは槍を持った兵士が近付いて来てカワセに声を掛ける。
「身分証の確認を!」
カワセが何かカードの様な物を手渡し兵士がそれを門に持って行き水晶の様な丸い球に翳して戻ってくる。
「ありがとうございます、お通り下さい」
カワセが手綱を取り馬車は門を潜って行く。
門を抜けると一旦広場の様になり少しすると沢山の商店が並ぶ市場になる。
殆どの建物は赤茶のレンガか木で造られていて、まさにファンタジーと聞いて思い浮かべる街並みがそこに広がっていた。
「そう言えばお二方は冒険者ですよね?そのまま通ってしまいましたが、ギルドカードはお持ちですか?」
市場を抜けてしばらく進み大きな倉庫の様な建物の前で馬車を止めるとカワセが聞いてくる。
「え?あ、いや、えっと、冒険者ですか?いや、えっと、違くてですね、あの…」
ギルドカードと聞いて思わず焦る。
カワセの言い方から察するにカワセが持っていたカードの様な身分証明になる物だろう。
そんな物持っていないし、そもそも冒険者じゃない。
もしかして身分証無しに街に入ったら逮捕とかされるんだろうかと顔を青くするキタミを見てカワセがマリーに話しかける。
「左様ですか…マリー!お二人をギルドまで案内して差し上げなさい、身分証も無くては不便だろう」
「わかった!キタミ様!…ニヴルファル様!こちらです!」
言われるが早いか直ぐにマリーは馬車を降りてトテトテと歩き出す。
足を挫いてると言っていたので添木で足首を固定して、森を抜ける時に使っていた枝をあげたのだが、直ぐに順応して使いこなしてる辺り子供はすごい。
「あー、えっと?カワセさん、ここまで乗せてもらってありがとうございました、マリーちゃんお借りしますね?」
「いえいえ、感謝をするのはこちらの方ですとも、ちゃんとお礼もさせていただきたいですから、冒険者登録がお済みになりましたらまたここに寄って下さい、本当は私がご案内したいのですがロックワームの件を衛兵に報告しなければなりませんので…申し訳ない…」
「いやいやそんな、お礼なんて…」
そして幾らか言葉を交わしてから馬車を降りる。
マリーについて歩いて市場とは反対方向、更に奥に向かい街の中心だろうか、大きな広場に着くとマリーは引いていたキタミの手を離して盾の前で剣と弓と杖が交差する意匠の看板を掲げた建物に向かって行く。
「お待たせしました!ここが冒険者ギルドです!」
腕を広げてニコニコと笑顔で紹介してくれる。かわいい。
ギルドは無骨な石造りで両開きのウェスタンドアがあり、先程から何人かの男女が出入りしていた。
そのまま手を引かれてドアを潜り中へ入って行く。
「キタミ様、あちらを…」
不意にニヴルファルに声をかけられる。
視線を辿ってみると食堂だろうか、一段上がったスペースにいくつか机と椅子が置いてありそこで何人かの男女が食事をしている
奥にはカウンターがあり、そこで実に違和感のある人物が食器を拭いていた。
「あれ…?ダレル?」
声が聞こえたのだろうか、食器を拭いていた執事服の男がこちらを見て近付いてくる。
「お待ちしておりました、ご主人様」
「え?あれ?お知り合い?」
ポカンとするキタミと腰を折ってお辞儀をする男の間で視線を往復させたマリーがポツリと溢す。
「ん?あー、そうね、知り合いと言うか、何と言うか…」
『家令ダレル・ハミルトン』
【SSS】の従者の1人で名前の通り主人公に仕える家令である。
何故こんな所で皿を拭いていたのかは分からないが、これは嬉しい誤算だった。
まさかニヴルファル以外にも従者が居るとは。
「お久し振りですご主人様、それで、こちらのご令嬢は?」
ダレルはマリーに優雅な一礼をするとキタミに尋ねる。
今後は後書きでキャラやスキルの設定なんか書いていこうかなと思ってます。