忘れてる人に自分の事を覚えられてる時の気不味さは異常
大扉から見える先には短い通路が続き、奥に1人がギリギリ通れそうなサイズの扉が見える。
観察してみるとこの遺跡で初めて目にする金属であり、青銅か、青錆の浮かんだなにかしらであるようだ。
(なんか急に文明レベル上がったなぁ)
そのくらいしか分からないが何にしろ金属である。
古代文明に置いて青銅器や鉄器が重要な意味を持つ事くらいは知っていた。
建築様式から明らかに古代文明的レベルである事は分かっていたし、ここは墓地か宝物庫なのでは無いかと予測する。
今までは何か儀式の為のピラミッドであり、その奥も儀式場か何かだと考えていたがどうにも根底から間違えていたらしい。
「おっほっほぉ、トラックに轢かれたら億万長者になった件ってか」
しかしこの扉、開けようにも取手も無ければノブも無い。
「ん?ぐぃっ!らっ!おらっ!」
何度ガンガンと扉をいじくり回しても開かない。
それどころかガタリとも動く様子が無い。
流石に無理やり開けるのは無理かと周囲を観察して見るが、開ける為の仕掛けは無く行き詰まってしまう。
「結局開かないのねぇ、嫌ねぇ」
金銀財宝に塗れる未来を妄想していた吉崎は落胆し、ため息を吐きながら扉にもたれて座り込む。
途端、背中の支えが音も無く下に落ち始める。
慌てて身体を起こして見てみれば、現代技術でも再現できるのか疑問が湧くほど滑らかに扉が下に向かって吸い込まれる様に開いていった。
「すごぉ…なんだこりゃぁ、どうやって動いてんだ?」
開いた扉の奥には何やら狭い小部屋があり、中には大量の動物達の頭骨とそれらに見守られる様にして安置された石棺があった。
が、吉崎は扉の方に夢中になっていた。
(いや、だって、怖いし、興味だけで墓荒らしする気じゃ無かったし...。)
確かに今は探検家で冒険者の気分ではあったが、元々機械科の学校に通う程度には技術が好きなのだ。
多くの男の子は機械や動く物が好きだが、吉崎も同じ様にロボットに憧れて育った口だった。
言い訳しながら滑らかに動く扉を下から眺めたり壁の溝を松明で照らして内側を覗いたりしていた。
扉は最後まで昇り切ると元からそうであった様にピタリと動かなくってしまう。
流石に動かない扉を見つめる趣味は無い。
「ほんで、ほんで?」
小部屋の中を見渡し、目に入った石棺に近寄り蓋を触って見る。
今までの流れで触る事が起動のトリガーなのでは無いかと予想しての行動であったが、石棺が動き出す様子はない。
「ま、そうよね…今までは何か偶々スイッチとか触ってたのかも知れないしね」
諦めて開け方を考える。
隠されたものを暴きたくなるのは全人類共通の悪癖なのかもしれない。
「んー、特に何も無いなぁ…」
(と言うか頭蓋骨に見つめられてるみたいで居心地悪いな…)
探してみたが仕掛けの様な物は見当たらないし、蓋も単純に上に乗っているだけに見える。
試しに蓋に触れたそのままに力を込めると見た目の割に軽々と開いて行く。
「おぉ?おほほ〜?………あ?」
中にはこの遺跡が感じさせる年月には似つかわしく無いほど状態の良い服を着た、これまたミイラでも白骨でも無い「青年」が横たわっていた。
どこかで見た事がある気のする雰囲気を持っていたが吉崎にはそれよりも重要な事があった。
そう、青年である。
青年だったのだ。
「はぁ…いやいや、無いわ…期待が裏切られたってやつだわ」
ちょっとは期待していたのだ、美女や美少女が眠っていて棺を開いた者を主としてどうのこうのと。
だってどう考えても異世界転生みたいな感じじゃん。
不思議パワーは好きだけど俺の住んでた世界には1人でに音も無く開く扉なんて無いし、よくよく考えたらこの遺跡に対して扉も状態が良すぎなんだ。
なら魔法的な何かのある異世界に転生したんだと考えたっていいじゃ無いか。
ならお約束的に美幼女が俺に無条件降伏してくれたっていいじゃ無いか。
と言うか普通の展開ならここでヒロイン出さなくていつ出すって言うんだよ。
「じゃあ、帰るか…」
さて、どこまでも思い通りに行かない自分の人生に想いを馳せていたが次第に石棺の青年に意識が移る。
魔法的な世界と考えた所で思い浮かべてしまったのだ。
もしこれがコールドスリープ的な魔法で、青年は本来ならもっと後に目覚める予定なのであれば。
もしこの青年が本当は悪の大魔王で、これは封印の魔法で、ここはその為の神殿なのであれば。
考えれば考えるだけ可能性が湧き出てくる。
男はその豊かな妄想力で勝手に恐れ慄き、蓋を閉める事にした。
ラノベでヒロインを前に扉をそっ閉じする主人公の気持ちも今ならよく分かる気がする。
蓋に手をかけ開けた時と同じ様に、今度は引っ張って蓋を閉めていく。
と、その腕を石棺から伸びた手が掴む。
「あびゃあやぁぁあっ!!!あうぇっ?!」
一世一代の勇気でもって自分を掴む腕を辿って行くと、双眸をパッチリと見開きこちらを見つめる青年と目が合った。
「…………」
吉崎は何も見なかった事にして蓋を閉める腕に力を込める。
「お、お待ち下さい!!」
恐ろしい言葉が聞こえた、きっと疲れているのだ、この蓋を閉めたらキャンプに戻ってゆっくりと寝よう。
そう言い聞かせて蓋を閉めていく。
が、蓋が閉まるにつれ腕を掴む手が握り締められていく。既に軽く痛いほど握り込まれていた。
「お願いいたします!お待ち下さい!どうか!お願い申し上げます!」
青年はこちらに向かって身を乗り出す様に既に半分程棺から出て来ている。
「なにその必死なの!ここで蓋閉めないとフラグ折れないじゃない!」
「そんな!なんとお寂しい事を仰るのですか!私めをお忘れですか!!」
そう言われて素直に記憶を探る。
全く心当たりがない。
「全く分からん!また寝ててね!」
と、今度は青年は蓋に手を掛けて抵抗し始めた。
「お待ちを!!思い出してください!!一緒に冒険をした日々を!一緒に古竜王を倒したあの旅を!!」
と言われてふと記憶を揺さぶられる。
記憶にあるのだ、古竜王を倒した冒険も目の前の青年が着ている服も。
だがしかし、それは別に実際に男が旅をしたわけではない。
ゲームの中の話だ。
【SSS】吉崎がハマりにハマって居たゲームのその中で
吉崎は冒険者の英雄となって古竜王を倒したし、目の前の青年は確かに自分が『忠犬』とあだ名を付けていた『狼王ニヴルファル』に似ている気がしてくる。
「ニヴルファル…なのか?」
そう思ってしまうともう腕に力を込める事ができなかった。
蓋を閉める手を止めて思わず青年に尋ねる。
「如何にも!私こそ貴方様の忠勇なる配下が1人!狼王ニヴルファルに御座います!!」
その名乗りを聞いた瞬間、今まで冗談半分に考えていた「自分が異世界転生をしたのでは無いか?」と言う可能性を事実としてストンと受け入れてしまった。
何も無い人生、何も無い自分に唯一あったもの。
その世界では英雄で、その世界には自分を慕う者達が居た。
死ぬ前の人生後半戦、吉崎には既にゲームの世界しか無かった。故に世界に縋り架空の配下達を心の底から愛し世界を憎んでいた。
なぜ自分はこの世界に居るのかと。
だから、考えてしまった。
──自分の居るべき場所はここなんじゃ無いか?──
「わ、我が主?どうなされたのですか?て、手に力を込め過ぎましたか?私めは何か失言をしてしまいましたか?我が主、なぜ涙をお流しになられているのですか?!」
止めどなく、双眸から涙が流れていた。
吉崎は久し振りに心が大きく動いた事に心地良さを感じる、マンゴー(仮)を食べた時だってこんな感動は無かった。
そして、泣きながら満面の笑みで冗談を返す。
「忠臣...いや、忠犬との再会が嬉しくてね」
男は、生まれて初めて神に感謝した。
男は、生まれて初めて心の底から湧き上がる喜びと言うものを知った。
男は、生まれて初めて嬉し泣きと言うものを流した。
これから始まる人生を思って、もしかしたら次の瞬間には覚める夢かも知れないが、それでも尚胸を昂らせて
微笑んだ。
人生が始まったと。
ここから先の更新は気分次第更新です。