美味しいからと一気に食べると大体飽きる。
吉崎は羞恥に悶えていた。
「はぁ……一体なんなんだ、人の覚悟と見せ場を台無しにしやがって……」
ひとしきり呻いた後、ようやく落ち着きを取り戻した吉崎は周囲に目を配る。
どの方向を見ても木、木、木、木、木。
まさに森林…など下らない事を考えながら、ひとまず適当に歩き始める。
一応戻れるように手頃な石を拾い、木の幹に軽く矢印の傷を付けていく。
気分はヘンゼルとグレーテルである。
「こう言う不思議現象は大体異世界転生か召喚だよな」
ふと立ち止まって自分の手の平を見つめる。
そして
「ステータスオープ…」
ステータスのテの時点で半透明な板状の物が眼前に現れる。それは吉崎がよく見慣れた【SSS〔-Steel Steam Souls-〕】のステータス画面であった。
【SSS】はスチームパンクとファンタジーを合わせた世界観の、高難易度アクションRPGゲームであり、吉崎は9年以上に渡りずっとプレイし続けていた作品であった。
そのハマり様は一種異常な程で、36人の従者NPCは全てカンストしていたし、スキル1つをカンストさせるのに2年以上掛かると言われていたが、10ものスキルをカンストさせていた。
「ほ、ほほぅ、なるほどなるほど?」
締まらないやらまさか本当に出るなんてやら色々な思いが脳内を駆け巡る。
複雑な胸中を押しやり、よくよくステータスを見てみれば、自分がSSSで長年使い続けたキャラクター「北見鮮魚店」の名とステータスそのままであった。
(ははぁん?つまり、トラックに吹っ飛ばされて幻覚が見えるようになったんだな?)
人生に疲れていたし、きっと心が壊れてしまったのだろう、と心が壊れた人間なら決して辿り着かない結論に納得して、何度かステータスを開閉し、飽きてまた歩き出す。
半刻ほど歩いていると、ふと進行方向の木々が薄くなっている事に気づく。
(道か?それともただ木が無いだけか?)
久し振りの変化に、喜び勇んでズンズンと進んで行くと、視界が開け大きな広場に出た。
「おぉ……」
ただ、それしか出て来なかった。
いつかのTV番組で見たマヤのピラミッドの様なカクカクとした石造りの巨大な建造物。
そしてピラミッドを囲むように6つ程の長方形の建造物が等間隔で円状に並んでいる。
その景色に圧倒された。
コミュ障を言い訳に人と会話して来なかった吉崎にはとても言葉で言い表す事の出来ない景色。
ともすれば恐怖を覚えるような巨大感と圧。
理由は分からないが少し目頭が熱くなる感覚。
吉崎は不思議とその景色に、故郷に帰って来た様なノスタルジーを感じていた。
そして
「ここをキャンプ地とする!!」
とにかく気に入っていた。
某強制連行旅番組の主題歌を口ずさみながら、遺跡を歩き回り探索する。
6つある比較的小さめの構造物は、円の外側が階段状になっていて、いずれの頂上も平たくなった先端部に、皿状の大きな石が置いてあった。
恐らくここにそれぞれ司祭の様な者達が立ち儀式を行うのだろう。
中央のピラミッドの正面?には出入り口の様な空洞がポッカリと開き、少し奥へ行くと地下へと続く階段があった。
ピラミッドそのものは、四角い板が段々に小さくなりながら重なっていく、そのまんまマヤのピラミッドに似た構造をしていて、頂上は1段窪んだ中央に玉座の様な、これまた石の椅子が置かれていた。
「うーん、流石に頂上をキャンプにするのは無いな…うん、無いな」
ボソボソと独り言を呟きながら、生活に良さそうな場所を探す。
周囲の司祭席(仮)よりもピラミッドの方が状態が良く見えるし、何より出入り口付近で寝起きすれば大きな屋根と壁を作る必要もなさそうである。
普段の吉崎であればまだ、現地民の居る可能性などを考えたかも知れないが、今の彼はテンションが振り切れてそれどころでは無かった。
そしてそのテンションのまま勢いに任せて倒木や枝葉、ツタを集めて来て、簡易的なタープを組み立て始めた。
前世では全く使う事のなかった雑学が役に立った事を喜びながら、日が陰り始めるまで作業に没頭していた。
吉崎は普段こそボンクラであるが、一度やる気が入ればそれこそ寝食を忘れて集中してしまう極端な性格をしていた、だからこそ大切な事を失念していた。
(腹が…減った…)
そして喉もカラカラに渇いていた。
それも当然で、ここに来てどれほど時間が経っているかは分からないが最後に飲食したのは、タバコ屋でお祝いに饅頭とお茶を貰ったきり。いつもの如く、朝食も食べていなかった。
(飯を、飯を探さないと)
内心では思いつつ、その腰は重い。
そもそもが生きる気力も無く、しかし死ぬ程の何かがあった訳でも無く。日々をただ無為に、自堕落な生活を送っていた男だ、当然必死になって生きようとする気力など、湧いては来なかった。
「お?」
ふと横を見ると広場の隅に、夕焼けの様な綺麗な茜色をした大きな実を付けた木が目に入る。
そう言えば、ここに来るまでも似た様な木がいくつかあったな、と周りを見渡せばこの円形の広場を囲む木々は、みな同じ様に茜色のマンゴーに似た実を付けていた。
「まぁ、いいか…人生最期に人生初の太陽のタマゴ食べて死ねるかもなぁ」
マンゴーがどんな木にどの様に実るのかは知らなかったし、例えコレが毒だったとしてもこの見た目だ、きっと美味いに違いない。
そんな行き当たりばったりな考えで1つ捥いでみる。
その実は柔らかく、捥ぐ為に少し力を入れただけで少し潰れてしまう。
皮が裂け、そこから覗く果肉はやはりマンゴーの様に綺麗で均一なオレンジ色に染まっていて、フワリと甘い香りが漂ってくる。
「おぉ…おおお!これは間違いない!マンゴー!きっとマンゴーだ!マンゴーじゃ無くても俺はマンゴーと呼ぼう!」
マンゴーなど、コンビニスイーツの上にちょこんと乗って居る角切りの物しか、見た事も食べた事も無いのだ。
真偽は定かでは無くとも、マンゴーと思われる実を丸々1つ手にしているその感動は一入であった。
一頻り見た目と香りを楽しんだ後、裂けた所から皮を剥きそっと口に運ぶ。
瞬間、衝撃的な甘みが口腔内を突き抜けて行き、ついで鼻に芳醇な香りが返ってくる。
思わず何口も食べていると、次第に舌に爽やかな酸味が駆け上がってくる。
「おぉ…美味いなコレ…」
感嘆の声を上げながら何個か食べて行くと、まぁどんなに美味くとも飽きて来た。
コレは1日に2〜3個で良いな。
そんなしょうもない事を思いながら一息つく。
(全くもって何がどうしてこんな所に居るのかはわからないけどまあ、美味いマンゴーも食べられたし良かったな)
そんな風に食後の一休みをしていると、不意に身体中の血管が脈打つ様な、ドクンドクンと言う衝撃が手足から心臓に、心臓から頭へと駆け登ってくる。
「え?お?あぇ?」
吉崎はその衝撃に抗う事も出来ず、フラフラとキャンプまで戻ると身体を横たえる。
石の床がヒンヤリしていて気持ちいいな、などと呑気な感想を抱いた直ぐ、視界が暗くなって行き意識が黒く塗り潰された。
きっと常人なら、その尋常ではない頭痛にのたうち回っていたかも知れないが、吉崎は偏頭痛持ちで慣れていた。
そして、人よりも何倍も痛みに鈍かった。
一気に3話投稿いたしまして一休みする予定です。