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銀の銃弾と血潮の姫  作者: シン
第二章 身代わりの巫女
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身代わりの巫女Ⅲ

「お前のそれは、鳥かごの自由に過ぎないだろうが」

 さっきまでの時間稼ぎは、ナタリーを逃がすことが主な目的ではない。

 うちの優秀な情報担当は、相手の吸血鬼のパーソナルデータから、高頻度で利用している経路を算出。根城を――緒方らが掴まっているところを――割り出すことに成功していた。

 そこに伯父さんが急行。普段は何をしているのかわからない飄々とした人だが、流石にあの隊長の旦那。仕事は早かった。

 その、連絡が入った。


「彼女たちは保護した。暗く閉ざされた閉鎖空間で、水と食糧とわずかばかりのおもちゃを与えて、それで保護? 動物園の方がずっと快適だぞ」


 衣食住はもちろん、心身ともに健やかに過ごせてこその保護だろう。


「彼女たちが太陽光に弱いというデータはない。大方、日中に自分が触れあえるように暗い場所を選んだんだろうが、逆に人間は一定量太陽光に当たらないと心身に支障をきたす恐れがある。暗闇に四六時中閉じ込めるのは不適切だ」


 彼女たちが暗所にいることを望む可能性もないだろう。

 彼女らは吸血鬼を倒すための教育も施される。吸血鬼と接触するまでは暗い所を好んで移動するが、一度接触してしまえば、明るいところに連れ出すための工夫をするか、どうにかして血を吸わせようとする。


 それは本来、洗脳と呼ばれるもので、間違っても褒められたものではないが、この状況では役に立った。その特性は、すぐさまどうこうなるものではない。

 軟禁するのであれば、それは自由でも何でもないのだ。


「そんな……わかってくれたんじゃなかったのか!?」

「理解はしよう。同情もできる。共感だって不可能じゃないだろう」


 それは紛れもない本音。心の底からそう思っている。


「だけど――――納得はしない。絶対に」


 自分が同じ運命を持っていたとしても、耐えられないから。それだけのエゴで、否定する。


「そうか……。なら、仕方ないね」

「ああ、そうだな」



「「とことんまで、やり合おうか」」



 左右のホルスターから、右に銀の、左に黒の拳銃を取り出し、流れるように発砲。

 通常の銃弾は直線的に、銀の銃弾は地面に跳弾させて、視界を割くように攻撃を仕掛ける。


 吸血鬼はそれを、視認してから、最小限の動きで回避。その回避動作に隠して指先の一部を〈コウモリ化〉し、影を縫うように移動、こちらを急襲してきた。

 バックステップで回避したのち、今度は銀の銃弾を通常弾で、玉突きするようにして加速。加えて斜めに差し込んだ影響で、銀の銃弾は軌道を途中で変えて、吸血鬼の喉に襲い掛かった。

 これもまた、部分的に〈コウモリ化〉することで回避。即座に旋回。こちらの背後を流れるようにとって、鋭い爪で首筋を引き裂こうとしてきた。


(めちゃくちゃ過激じゃねぇか!)


 先ほどの温和そうな様子は見る影もなく、次々と致命的な攻撃を叩きこんでくる。


「ツバサ!」

「ダメだ来るな!」


 加勢しようとしていたナタリーを、声で押しとどめる。

 ナタリーは決して弱いわけではない。むしろ、組織全体で見れば、上位十パーセント以内には入るであろう実力者だ。

 それでも、敵わないと断言できる。それだけの強者。


「加えて、ほとんどの弱点を潰してやがるな……」


 人造人間を作っていた一族だ。自分たちの肉体の改造くらいはやっているのだろう。

 薄暗い場所とはいえ、まだ夕方。吸血鬼が最も活発化する夜まで長引けば、この戦いもどうなるかわからない。


「私は許せない! 自分たちの都合で他者を軽んじるその心を! 己の愚かさから目を背ける脆弱さを‼ そのことに痛める心すら持ち合わせない薄情さを‼」


 吸血鬼はどんどんヒートアップしていく。このままではじり貧だ。


「【ベテルギウス】、起動!」


 ナタリーもそれがわかったのか、無理やり戦いの場に飛び込んできた。

 【ベテルギウス】の本質は発信機で、囮捜査官のナタリーを追うことが目的だが、今回の起動はもう一つの機能を使うためのものだ。

 すなわち、しっちゃかめっちゃかに吸血鬼の苦手なものをばら撒く、本当の意味での爆弾だ。

 俺とナタリーは素早く離脱。吸血鬼が離脱できないように、逃走の進路上に銀の銃弾をお見舞いしておく。


「やったか!?」

「それフラグ……」


 ナタリーとの気の抜ける会話(ナタリーはそう思ってなさそうな内容だったが)のおかげで、一呼吸入れることができた。今のうちに通信機で呼びかけておく。


「き、かない、よ…………」


 煙の中から、ゆらりと吸血鬼が立ち上がる。さすがにノーダメージではなかったようだが、致命傷にもなっていない。しぶとい。


「さあ、こっちの番だ――」



「おまたせ!」



 突然割り込んできた声に、双方動きを止める。しかし、驚いた様子の吸血鬼とは違い、こちらはその到着を待ち望んでいた。


「待って! やめて! 吸血鬼のお姉ちゃん!」

「……………………ん? お姉ちゃん?」

「緒方ちゃん! どうしてここに……」

「このおじさんに頼んで、連れてきてもらったの!」

「いや待って。お姉ちゃんって……?」

「あんたは……」

「対吸血鬼特殊工作部隊 第十六部隊副隊長 柴田宙です」

「やーーっと来たンかよ、おっちゃん!」

「……みんなして無視するの、酷くないか?」


 女だったんだ、あの吸血鬼。意外。

 俺が余計なことを考えている間にも、状況は変わっていく。


「お姉ちゃん! 私別に怒ってないよ! 自分が作られたことも、自分の身体で実験していたことも知ってる! でも、別に恨んでなんかないんだよ!」

「それはそういう風に作られたからだ! それに、君たちが怒っているかどうかは関係ない! 私は、私の怒りで戦っている!」

「おっちゃん、来るのおせーぞ!」

「元々は来る予定がなかったのに、彼女たちがごねたからね……途中で進路変更して、無理やり来たんだ」

「それぞれで会話するのやめようぜ。混線してきた」


 誰の言葉に誰が返したのかわからない。

 そんな中、一歩、また一歩と足を踏み出し、一言一言を噛み締めるように、あるいは祈りを込めるようにして言葉を発したのは、緒方だった。


「会いたかった……。会って、お礼が言いたかった」

「何を……」

「今まで、優しくしてくれてありがとう。とてもとても短い間だったけれど、お姉ちゃんがくれた温もりは忘れないよ」

「そんな、お別れみたいに……。待ってよ、まだ一緒に暮らそうよ。君たちには、二度と辛い思いなんかさせないから……」


 緒方の喋り方は幼い。それはきっと、人造人間として生を受けて、記憶を後付けしたが故のことだろう。

 見た目は俺たちとほとんど変わらない年齢に見えるのに、生まれてからまだ数年しか経っていないのだろう。


「ダメだよ。私たちは定期的に検査しないと、すぐに具合が悪くなっちゃう。もう、その段階まで進んでいるの」

「そ、んな……」


 それは俺も初耳だった。聞けば、毎日毒素の他に、数十種類の薬も飲んでいるのだという。


「だから、帰るね。私たちが生きる場所に」


 そう言って緒方が振り返った先、伯父さんが運転してきた大型のワゴン車からは、十人近い子どもたちが、顔を覗かせていた。

 皆が一様に、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。


「私たちは、生きる意味を与えてもらった。それが使い捨ての運命だったとしても、私たちは、確かに生きている。それで満足」

「そんな、だってそれじゃあ――」

「それにね」


 緒方は、歌うように、躍るように、笑ってその言葉を口遊んだ。



「私が頑張れば、その分他の誰かは助かるの。人の命を救うことができるお仕事よ。素敵だと思わない?」



 ――それは、自己犠牲的で、好きにはなれないけれど。

 それもまた、一つの立派な生き様なのだろう。

 そう思えるぐらいには、それは魅力的な笑顔だった。



「そう、か……。うん、そうなんだね」


 吸血鬼はどこか納得したような、毒気を抜かれたような表情を浮かべると、ほうっと息を吐いた。

そして、こちらをちらりと見た。大きく頷いてみせる。


「責任をもって預かるよ」

「……そうしてくれたまえ。私はなんだか、疲れてしまったよ」


 そう言って、吸血鬼は全身から力を抜いた。

 捕縛するのも躊躇われるが、このまま放置するわけにいかない。かなり近くまで寄っている緒方の保護も併せて、ナタリーと二人、吸血鬼に近付いた、そのときだった。


「う、っぷ…………おえ、げほっ」

「緒方!?」

「緒方ちゃん!」


 突然緒方が身体をくの字に折り曲げて、嘔吐し出した。


「どうした!? 大丈夫か!?」

「き、ぶん、が……、わる……」

「なんで急に……薬切れ? いや、まさか……」


 そうだ。緒方ら人造人間の寿命が迫っているのは、彼女たちが人造人間だからだけではない。俺がその事実を知る前にも、すでに寿命が迫っていることはわかっていた。


「人間爆弾の、人体実験……!」


 その中で、身体に蓄積した悪いものが、寿命を削っているのだと。

 そして、今、この場には、つい先ほどナタリーがばら撒いた【ベテルギウス】の名残が、まだ漂っている。


「追い打ちをかけちまった……!」

「そん、な……アタシは、そんなつもり……」

「ナタリーのせいじゃない。誰もこの事態を予想していなかった」


 ここに子どもたちが来たのは、子どもたちの意思。

 【ベテルギウス】は、戦闘の中で必然的に起こった、戦うための手段の一つ。

 そして、誰一人として、症状がここまで悪化していることに気付いていなかった。

 それらすべてが、原因であり、そして、どうしようもなかった。


「どうしようもないで、済ませられるか……!」

「おね、ちゃ……?」


 吸血鬼は緒方に跳びかかると、その首筋に齧り付いた。


「何を……?」

「っぷは! 毒素を吸い出す! 吸血鬼を殺すために仕込んだなら、血液に最も含まれているはずだ! それを吸い出して、後から輸血すれば、まだなんとかなるかもしれない!」

「ッ……雅少佐! 血液!」

『すぐに手配します!』

「一気に吸い出すと失血死する! 血そのものを吸い出すんじゃなく、毒素をイメージしろ! 腎臓になったつもりで!」

ふふはい(うるさい)! ひふはにひろ(しずかにしろ)!」


 吸血鬼は必死に血を吸っている。俺はそれを見ていることしかできない――否。


「輸血用の血液を受け取りに行ってくる! ナタリーはここの人払いを! 伯父さんは車のドア閉めて! 他の子どもの安全確保!」

「「了解!」」


 俺は、一目散に本部へと駆け出した。



   ◆  ◆  ◆



 戻ってきたときには、すでに手遅れだった。

 緒方は、瞼を閉じ、吸血鬼の腕の中で、ぐったりと項垂れている。

 顔色は蒼く、その表情は生気がない。

 声を掛けても、反応することもない。


 ――そして、穏やかな呼吸を漏らしていた。


 手遅れなのは、緒方ではない。彼女は輸血をすれば、顔色も戻るだろう。今は一時的に貧血状態に陥って、そのまま眠っているだけだ。

 だが、吸血鬼の方は、今にも死にそうな、息も絶え絶えな様子で、それでも、この手を放すものかと、覚悟のこもった瞳で、緒方を抱えていた。


「……お前」

「……は、来るのが、遅い……。早くしろ……」

「ああ……。ナタリー」


 意外なことに、この手の作業はナタリーの方が得意だ。ずっと組織にいるだけあって、救急医療の知識も技術も持ち合わせている。

 だから、俺が見るべきは――診るべきは――この吸血鬼なのだろう。


「弱点対抗型なんじゃなかったのか?」

「……これだけてんこ盛りにされて、それを身体の中に直接入れたんだ。そうそう耐えられるものじゃあないよ」

「…………よく、笑えるな」


 吸血鬼は、笑顔だった。苦しそうで、死にそうで、それでも。今までで一度も見たことがない、満面の笑みを浮かべていた。


「そりゃ、あ、笑うさ。やっと、わかったよ……。緒方ちゃんの、言葉の、意味、が」

「それって……」

「誰かの役に立って、それで命を落とすなら……それは確かに、幸福な、生き方だ……。それが愛した者のためならば、より一層に、ね……」


 納得はしない。その自己犠牲的な考え方が、俺は嫌いだから。でも。


「……名前を、聞いていなかった」

「……キッシャー・フォウ・アークランド。もしくは、原村幸子」

「和名……おばあさんか」

「ああ。いい、名前、だろう……?」

「……さようなら。キッシャー・フォウ・アークランド。あるいは、原村幸子。貴方はきっと、最期まで正しかった」


 こうして、吸血鬼は灰となって消えて行った。



   ◆  ◆  ◆



 今回の一件の後始末が済んだのは、それから二週間も経ってからだった。かなり時間が掛かった方だろう。


 緒方らは順調に回復しているようだ。

 たまに様子を見に行っては、軽く世間話をするような間柄になった。

 人間爆弾についての情報統制はほとんど解禁され、今では計画そのものが頓挫している。上層部も、計画に加担していたほとんどの人材は、何らかの処分を受けたようだ。


 しかし、その理由は『吸血鬼が生み出したものを流用するような所業を、対吸血鬼特殊工作部隊が率先して行っているようでは、組織としての示しがつかないから』というもので、人道的な観点から触れられることはなかった。

 同じ歴史を繰り返さないためにも、早いところ隊長には昇進して欲しいものである。



 ナタリーは、思うことがあったようで、俺以上に緒方らと積極的に交流している。

 任務について来なくなることもしばしばで、吸血鬼の発見率は下がった。しかし、捕獲率は大幅に上がった。

 意外とあいついなくてもなんとかなるな?


 そのさらに二週間後には、キッシャー・フォウ・アークランド兼、原村幸子の実家、人造人間製造所に襲撃を仕掛け、これを壊滅させた。彼女の魂が、思い残すことなく成仏してくれることを願う。




 自己犠牲の精神を、俺はいまだに高潔だとは思えずにいる。みんなが助かる方法があるなら、それに越したことはないのだから。

 血に紅く染まった世界が、美しいものであってはならない。美しいと感じてはならない。その想いは、今でもこの胸に強く抱えている。



 ――だけど、きっと。


 彼女の生き様は、正しかったのだから。


 吸血鬼だけど。敵だけれど。その生き方に、なんら恥じることなどなかったのだから。


 彼女を尊敬し、彼女の冥福を祈るぐらいは、きっと許されるのだろう。


 愛に仕えた、敬虔な巫女よ。安らかに眠れ。



これにて第二章「身代わりの巫女」終了です。


『黄衣の王』掲載部分もここまでです。(加筆修正していますが)


また間をはさんで、第三章「銀の銃弾と血潮の姫 ~僕たちの宴~」に続きます。

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