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銀の銃弾と血潮の姫  作者: シン
第二章 身代わりの巫女
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身代わりの巫女Ⅱ

長め。切りどころがない……。


   ◆  ◆  ◆



「こちら【リゲル】。所定の位置に着きました」

『了解。そのまま待機だ』


 隊長との通信を切ると、目の前の様子に意識を向ける。

 今回の囮捜査は今までと違う。ナタリーが囮に引っかかった吸血鬼を狩ればいいだけのいつもの任務ではなく、一度掴まって、敵の本拠地に連れ去られなければならない。

 しかし、目当ての吸血鬼ではないものが引っかかったときは、速やかに迎撃・排除して、任務を継続することが求められている。難易度は普段の数倍だ。


「と思ったら、やっぱりかよ……」


 寄ってきたのは見るからに低位の吸血鬼。それも二体。


「頼むから、いきなりぶっ放すなよ……」


 対象外の相手をしている時間も余裕もないが、加えて余分な装備もない。銀の銃弾は希少品だ。低級の相手においそれと使うわけにもいかない。


「って、言ってるそばから……!」


 心底面倒くさそうな顔をして、ナタリーがホルスターから銃を引き抜いた。

 その瞬間、俺は隠れていた場所から、身をかがめて素早く移動。

 射程ギリギリのところかつ、相手の死角となる位置に辿り着くと、左手で黒の拳銃を抜き取り、発砲した。


 発射された通常の銃弾は、狙い違わず相手の吸血鬼の足の腱を撃ち抜いた。四連続で。

 二体の吸血鬼の両足の腱をほぼ同時に破壊する。自分で言うのもなんだが、こんな超絶技巧が使えるのは組織全体で見ても一握りだろうし、もしかすると、俺だけかもしれない。


『……フン』

「おい何で今鼻ならした。というか、そう簡単に銀の銃弾使おうとするんじゃねえ」


 サイレンサー付きの拳銃で、一瞬のうちに四発撃ったため、周辺住民に気付かれる恐れはない。吸血鬼は再生能力を持っているが、低位の吸血鬼ならそのスピードは遅々としたものだろうし、その前に捕縛してしまえば再生しても逃げられない。

 さすがにナタリーもわきまえているようで、改めてとどめを刺すような真似はせず、吸血鬼用の捕縛縄で二体まとめて縛り上げた。


 その際、いかにも自分一人で始末しましたよ、という風に装って、俺の存在を隠すよう努める。

 本来の任務を考えれば、ナタリーが対吸血鬼特殊工作部隊の隊員だと知られるのはまずいが、それ以上に俺がいることがバレるのはまずい。何しろ俺は面が割れている。

 場合によっては、俺が部隊内でも切り札的な扱いになっていることも知られていたりする。最近戦った吸血鬼の貴族がそうだった。ナタリーを吸血鬼の女王にしようとしていたやつだ。

 あの敵は、ナタリーの性質ではなく、ナタリー個人を目的としていたため、面が割れていてもさしたる問題はなかった。しかし、今回はどうかわからない。


『……来た』

「!」


 通信機越しのナタリーの声が緊張する。その理由を、遅れて理解する。

 ヒヤリとするような、そんな存在感。吸血鬼の王だと言われても納得してしまうような、そんな威圧感。


「あのときのやつだ、よな……?」


 俺の目の前で緒方を連れ去っていった吸血鬼。そのはずだ。顔も体格も、記憶にあるものと一致する。

 しかし、あいつはこんなにも恐ろしかっただろうか?


「……学ばないな、人間は。嘆かわしい……」


 愁いを含んだ表情で、吸血鬼は吐息をこぼした。たったそれだけの仕草が、ゾッとするほど色っぽい。

 ゆっくりと空から降りてきて、ナタリーの目の前で着地する。その間、俺もナタリーも、ただ見ていることしかできなかった。


「やあ。この間ぶりだね、君は」

「っ!」


 吸血鬼の視線が、明確にこちらを捉える。


 ――バレている。


 敵の死角は取っていたはずだ。だが、そんなものは意味がないとばかりに、奴はにこやかにこちらを振り返った。

 ナタリーが我に返って、戦闘態勢をとる。

 今度こそホルスターから取り出した拳銃で、銀の銃弾を撃とうとして――拳銃が、細切れにされた。


『な、に……?』

「感心しないな。君みたいな可憐な女の子が、こんな物騒なものを振り回すなんて」


 ナタリーは可憐でも何でもない、というツッコミを入れていられる状況ではなかった。

 ナタリーの声が、接続したままの通信機越しに聞こえるのに対して、吸血鬼の声は、かなり距離が離れているのにそのままの肉声で聞こえている。

 はっきり言って、異常だ。


 また、それだけの距離があるのだから、こちらからの援護も狙撃で精一杯だ。

 それにしたって、位置取りがバレていない前提の作戦。こちらの所在を掴んでいる吸血鬼相手に、どこまで通用するものか。高位の吸血鬼なら、この距離なら最悪発射を確認してから躱されるだろう。


「ッ……救援要請!」


 通信機越しに、オリオン隊本部にサポートを頼む。その代わり、俺がサポートから実戦要員に繰り上がる。


「ナタリー!」

『おう、やれ!』

「【トライスター】、起動!」


 ナタリーの足元から、光の柱が立ち昇る。

 【トライスター】は、オリオン隊という通称が付いた由来となった、初期の特殊武装だ。隊長と雅少佐が、部隊結成前から趣味で作っていた、対吸血鬼用の兵装。

 後々になって、個々人に合わせて作った特殊武装と違い、逆に武装の方が使い手を選ぶ代物だが、俺にとってはただの設置型爆弾だ。気候、環境、地形等、使用するための条件が厳しいらしいのだが、体感的に(・・・・)使用可能な状況が理解できるので、あまり詳しい条件は覚えていない。


 そして、【トライスター】の本質は、太陽光収束レーザーだ。たとえ高位の吸血鬼だろうと、直撃すればひとたまりもない。

 はずだった。


「無傷……? いや、避けたのか……?」


 【トライスター】は、こぶし大の装置を三点設置し、その三角形の中に、蓄積した太陽光を照射する。その性質上、三角形が小さくなるように設置すればするほど、高い威力が出る。

 しかし、今回の任務では、遠距離からの援護が求められていた。【トライスター】は保険で置いていたにすぎない。

 そのため、三角形は広めにとり、対象がナタリーを連れて逃げようとしているときに、ナタリーには重大なダメージを負わせることなく、敵がどこにいようと当てることができるように、比較的広めに設定していた。

 それが仇となった。


「でも、それなら避けにくくもあるはず……。やっぱり、くらったうえで無傷なのか?」

「正解」

「っ! ……聞こえてもいるのかよ。そりゃあそうか」


 一瞬息を呑んだが、すぐに納得する。

 向こうの声が届くのに、こちらの声が届かない道理はない。一方的に声を届ける能力などではないようだ、ということが分かっただけでも収穫と言えるだろう。


「耐久型……いや、弱点対抗型か?」

「君たちの呼び方には詳しくないけれど……どちらでもある、かな? ふふ、情報の大盤振る舞いだね」

「そりゃどーも……」


 内容的には微塵も嬉しくないが、貴重な情報には違いない。だからって、対策が見つかるわけでもないが。


「だからそんなに堂々と教えられるわけだな……」

「君たちを絶望させて、戦意を折るためのデマかもしれないよ?」

「うちの優秀な情報担当から連絡があった。【トライスター】は確かに命中し、そしてお前は無傷だった。それは紛れもない事実だ」


 吸血鬼との距離は、前よりも近くなっている。俺の方から少しずつ近付いていっているからだ。しかし、それでもまだ、本来声が届くような距離ではない。


 焦って距離を詰めるような真似はしない。それは隙になる。直感的に、こちらも相手の射程に入っているのだとわかった。隙を曝せばどうなるかわかったものではない。


「君と戦うのは、とても楽しそうではあるのだけれどね」


 吸血鬼は、微笑みすら浮かべてそう言った。しかし、次の瞬間には表情を曇らせた。


「君が悪いわけではないと、わかってはいる。でもね、私はどうしても、やらなければいけないことがある。私は許せない。人間の所業が、その醜悪な思考が。その悪行の報いは受けてもらわなければいけない」

「……人間爆弾か」

「やはり存在は知っていたか。前に駆け付けたぐらいだから、知らないというのもおかしな話だとは思ったが」

「……吸血鬼に攫われそうな人がいたら、組織の人間でなくても駆け付ける」

「確かに、彼女は組織の人間ではないのだものね? 正確には」


 その通りだ。彼女は正確には、組織の実験体なだけで、組織に所属はしていない。囮捜査官というのも、今後そうなる予定だった、というだけのことである。

 ……なぜそれを知っている?

 少し考えて、別の理由を用意する。


「……部隊を全滅させたんだから、応援が来るのは必然だろう」

「最初からそちらの理由を言った方が、言い訳がましくなくてよかったね」


 クスクスと笑っている。さっきからずっと、向こうのペースで会話をしている。良くない流れだ。

 ナタリーが現場を離れる時間稼ぎくらいにはなったかと思ったが、ナタリーは一定の距離を取ったまま、戦闘態勢を維持している。戦う気なのだろう。


「そうピリピリしないでほしい。言っただろう? 私にはやらなければならないことがある。君たちと戦う気はないのだよ」


 吸血鬼は宥めるような声で言った。その言葉に、嘘はないのだろう。現に奴は、戦闘態勢をとっていない。奇襲を受けても、その耐久力で乗り切るつもりなのだろう。


「……目的は?」



「――――人間爆弾を作る計画の、破壊と撲滅。計画した組織の人間の抹殺」



 物騒なワードが並んだが、目的はシンプル。抹殺というワードを除けば、人道的とすら言えた。

 ……やっぱりそれは言い過ぎかもしれない。破壊も撲滅も穏やかとは程遠い言葉だ。人道的ではないな。


「見逃すとでも?」

「――君は知らないようだから言うが、既に人間爆弾は百人を超えている。まだまだ増えるだろう」


 緒方だけではないだろう、とは思っていた。しかし、予想よりも遥かに多いその数に、眩暈がする。


「私はそのうち、十人を既に捕らえている。秘密裏にね」

「そんな情報、どこにも……」

「失敗作は、記録ごと抹消しているからね。調べても出て来やしないだろう」

「失敗作……まさか」

「ああ。吸血鬼にとっての毒が、君たちに全くの無害であるわけがない。たとえそれがニンニクであろうと、ずっと体内に蓄積することなんてできやしないしね」


 つまり――。



「銀なんか身体に入れたら、そりゃあ毒だろうさ。それでなくても、彼女たちは人造人間(ホムンクルス)。寿命なんか長くなく、すぐに弱ってしまう身体だというのに」



「なっ……! 人造人間!?」

「やはり知らなかったか。まあ、無理もない。この情報に関しては、上層部すら知らないだろう。どこぞの孤児を拾ってきたのだと思い込んでいるはずだから」

「……なんでそんな情報を、お前が持っている?」


 吸血鬼は今度こそ、何かを憐れむような顔をした。



「人造人間を作ったのが、吸血鬼だからだよ」



「それって……」

「ああ。つまり、食用の家畜だね」


 淡々と、何でもないかのように。

 その言い方は、隊長が人間爆弾について話すときの姿を想起させた。だから確信する。


「その計画、もしかして……」

「勘のいい少年だ。おそらく予想通りだろう」


 それでやっとわかった。この吸血鬼は、人間そのものの愚かしさを憐れんでいる。しかし、それ以上に、きっと。



「私は人造人間製造計画の主導者の子なのだよ」



 吸血鬼自身の愚かしさに、嫌気がさしているのだろう。


「私は人造人間をこの世界から無くすよ。悲劇的な運命を作り出し、己の身勝手のために利用する。そんなことを、この先も続けていくわけにはいかない」


 しかし、そこで疑問が浮かぶ。


「随分人間よりの考え方をするんだな……?」


 そう。人間が家畜の運命を悲劇的と断じることは、滅多にない。精々、畜産業に従事する人間か、生に敏感な頃の子どもだけだろう。


「……それは私が、吸血鬼でありながら、人間に育てられたからだろうね……」

「人間に、育てられた……?」


 そんなことが? しかし、吸血鬼を育てることに、何の意味があるのだろう。

 吸血鬼は人の血を吸い、ともすれば殺してしまう。そうでなくても、一定量血を吸われて眷属化したら、自分の意思はなくなってしまう。

そのことを恐れない人間など、存在しない。対吸血鬼特殊工作部隊に入ったことで、俺はそのことをよく知っていた。


「不思議そうだね。でも、簡単な理由なんだよ。とても」


 吸血鬼は、とても優しい表情を浮かべていた。

 それを見て、人間が吸血鬼を育てた理由が分かった。


「……ただ、優しい人だったんだな」

「その通り」


 幼い吸血鬼に、ただ、慈愛をもって接した。そんな人間が、存在したのだろう。ただ、それだけのこと。


「父が人造人間製造計画にかまけて、私を育児放棄したのは、かなり初期の頃だった。吸血鬼は乳児でも幼児でも、人間よりは自立しているからね」

「それで、人間に……?」

「私が、自分で逃げ出したんだ。親元から。そして、路頭に迷っていたところを、彼女に保護してもらった」


 もう六十代の、おばあさんだったのだという。

 その人は、旦那に先立たれ、生きがいもなく、今後どのように過ごそうかと途方に暮れているところだった。


「私を見つけたときの、あの笑顔は、今でもよく覚えているよ」


 ナタリーも、一切口をはさむことなく聞いている。

 あるいは、自分が物心つく頃から研究施設に入れられて、母親ともたまにしか合わせてもらえなかったことを思い出し、何かを感じているのかもしれない。


「だから私は、人に愛されるということを知っている。たとえそれが人工的に作り出された命だったとしても、誰からも愛されることなく、ただ消耗するだけの命などあってはならない」


 吸血鬼の声は震えていた。感情が高ぶり、目が紅く染まる。

 それは本来、吸血衝動が出たときに起こる現象だが、今はそれを恐ろしいとは感じなかった。

 むしろ、その感情が、その色が、美しいとすら思えた。


「もう一度言う。私を止めないでくれ」


 登場したときと同様の覇気を漂わせ、吸血鬼は言う。しかし、ただ威圧されていたさっきとは違う。


「私は必ず滅ぼす。愚かな人間と、愚かな吸血鬼を」


 また一歩、吸血鬼との距離を詰める。もうあと十メートルもない。本来の声量で声が届く距離。自分にとっては、本来の間合い。


「人造人間はこれ以上作らせない。人間爆弾も二度と作らせない。今いる者たちは私が責任をもって保護する。彼女たちの命が尽きるその時まで、ありったけの愛を注ぎ続けると誓う」

「……そうか」

「ああ」

「………………そうか」

「ああ。だから――」


 ――――だけど(・・・)



「お前のそれは、鳥かごの自由に過ぎないだろうが」




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