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銀の銃弾と血潮の姫  作者: シン
第一章 飾りの椅子
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飾りの椅子Ⅳ


   ◆   ◆



 二つの影が路地を飛び交う。


 一方は銀と黒の鈍い輝きを連れ、時にかすかな音とともに光を炸裂させる。

 もう一方は対称的に、影を連れて飛び回っている。その身は時にコウモリと化し、散っては集い、襲い掛かっては距離をとる。不規則な動きの予想は困難で、しかし両者の実力は拮抗していた。


 飛び散る火花は、ツバサがその凶爪を銃身ではじいたときのもの。両者の攻撃は命中こそしているが、片や完全に防御され、片やコウモリ化の分裂で受け流されている。


 繰り返される、無限に続くかのような攻防の中で、しかし吸血鬼は一瞬の隙を狙っていた。

 ツバサが弾を撃ち尽くし、リロードのために距離をとる。その一瞬――吸血鬼が一気に攻勢に出た。


「もらったっ!」

「まさか。そんなわかりやすい隙、わかってて残すかよ」

「⁉」


 勢いよく突進してくる敵の胴体に、ツバサは横合いから蹴りを叩き込んだ。その靴の先には仕込みナイフ――もちろん銀製だ。


「ぐっ、う……!」


 鋭く突き刺さったナイフをそのままに、吸血鬼はその爪をツバサに叩きつけた。ツバサはリロードを中断し、これを銃でガード。そのまま敵の体重を利用して、攻撃の勢いを受け流す。

 重心が崩れ、体勢が傾いた吸血鬼に、それまでの動きが嘘のような高速リロードを経て、すぐさま発砲。


 今までの速度はブラフ。

 銀の銃弾がその身体を串刺しに――する直前で、吸血鬼の身体がコウモリになってバラバラに別れた。四方八方に散り散りに飛んだコウモリは、ツバサの背後に素早く集結、音を立てずに噛みつこうと牙をむく。


「気付いているぞ」

「むっ……」


 背後に向かって、肩越しに銃弾が飛ぶ。振り返りもせずに発砲したツバサは、直後、超至近距離にいる相手に回し蹴りを放つ。

 そのまま敵の回避行動に合わせて追撃をしようと考えての一手。しかし、吸血鬼は回し蹴りを敢えて受け、ツバサの連撃の初動を潰した。


(読まれた……!)


 回し蹴りで敵に当たるのは踵だ。しかし、ツバサの靴の仕込みナイフは爪先にしか付いていない。踵での攻撃は吸血鬼にとっては脅威足りえない。そこを突かれた。


「そこだっ!」

「させるかよ!」


 自分の心臓を貫かんと迫る鋭い爪は、左の銃から放たれた鉛の銃弾が的確な角度で弾き、同時に右の銃から放たれた銀の銃弾が高速戦闘中とは思えない正確さで吸血鬼の心臓を狙う。

 しかし、そこはさすがに高位の吸血鬼。弾かれた手の勢いを利用するように体をひねり、最小の動き、最小の隙のみで攻撃を回避する。



 ところが、ここで想定外のことが起こった。


 このエリアは工場の近辺だ。このあたりに材料の倉庫を持っているところも多い。

 路地に日は届かないといえど、現在は真っ昼間。幸い、サイレンサーを取り付けた二丁拳銃が発砲音で工場関係者の注目を集めることはないし、人けはないので高速戦闘の激突音でこの異常事態に気付く者もいない。

 だが人々は、真っ昼間のまさに今、活動している。

 何の工場の何の材料かはわからないが、何かの粉が入った袋の山。そこに、吸血鬼が避けた弾丸が、吸い込まれるようにして突き刺さった。


 ――ボスッ!


 低い音を立てて、袋に穴が開く。そこからあふれ出した白い粉が、もくもくと煙を立てて舞い上がり、辺りが一面粉まみれになっていく。


「面倒な……! しかし、視界が効きにくい現状、貴様はいささか不利よな?」


 吸血鬼は最初、煩わしそうな声をあげたが、すぐに愉快そうな声が響いてくる。


 吸血鬼は元々身体能力が高い。それは運動能力に限らず、感覚神経もそうである。吸血鬼は、視覚・聴覚ともに人間の数倍は優れている。

 視界が悪い中、より遠くまで見通し、かすかな音まで聞き逃さない。加えて、この吸血鬼はコウモリ化が使える。超音波を使った探索すら可能だろう。


 しかし、ツバサは数秒思案したのち、左の黒い銃の引き金を連続で引いた。


 ――ダァン! ダァンダァン!


「何をっ⁉」


 追加で粉が舞う。撃ったのは袋だ。

 吸血鬼の驚愕の声をよそに、ツバサは可能な限り気配を消し、煙の中にまぎれた。


「……私とかくれんぼをしようと……? なんと愚かな……」


 困惑は抜けないが、吸血鬼は自身の索敵能力が決して人間に負けることはないと確信していた。そして、それは紛れもない事実だった。


 より増えた煙の中、視覚に頼るのは得策ではない。コウモリ化しなくても、超音波に近い高周波数の音を出すことも、その反響音を聞き取ることも、吸血鬼には容易いことだった。


「……そこか」


 この索敵を行っている間は、吸血鬼の男は無防備に近い状態になるが、敵が視界を確保できず、襲ってこないのであれば、落ち着いて索敵に集中できる。

 発見した人間の男は、周囲を警戒するように、くるくると回りながら銃を構えていた。


(ならば――)


 吸血鬼は姿勢を低くし、滑り込むようにしてツバサの懐深くに潜り込んだ。


(もらったっ)


 鋭く振るわれた爪が、右手に(・・・)握る銃を弾き飛ばす。脅威は消えた。勝利の確信を得て、とどめの一撃を―—。


「チェックだ、吸血鬼」


 引き延ばされる時間の中、吸血鬼の目は、確かにそれを捉えていた。

 左手に握られる、銀に輝く銃身。見覚えがありすぎる、目下一番の脅威。


「なぜそれを――!」


 確かに弾き飛ばしたはずの武器。眼前に致死の脅威がありながら、しかし、つい視線が弾き飛ばしたはずの銃を追い、そこで愕然とする。


「ば、かな……」


 そこにあったのは、粉にまみれて白くなった銃。しかし、よく見ると輝き方が違う。粉だらけではあるが、それは確かに黒い輝きを放っていた。


「あの後、入れ替えて……⁉」


 引き金が、引かれる。

 鮮血が舞った。


「なっ……!」


 しかし、次の驚愕の声はツバサの口から発せられた。

 吸血鬼は、咄嗟に自らの体をコウモリに変えた。それによってギリギリのところで致命傷を免れたのである。


「くそ……ここで弾切れかよ」


 このタイミングで、ツバサの手持ちのシルバーブレットが底をつく。しかしそれも仕方がない。元々貴重品な上に、ここ最近は使用する回数が多かった。補充する間もないほどに。


「ぐ。う……。この私に、こんな傷を付けるとは……許さんぞ、人間……!」


 吸血鬼が、残った力を振り絞るようにして声をあげる。だが、そこでツバサが焦ることはなかった。


「布石は打った。そしてお前はその場所に逃げ込んだ。ならば、これで本当にチェックメイトだ」


 路地の隅。背後が壁になるところで吸血鬼は、不意を突かれないようにしながら、少しでも身体を休めようとしている。そうすることはわかっていた。

 吸血鬼の周囲、三方向から淡い光が立ち昇る。


「【トライスター】、発動」


 それは、地面に設置するタイプの特殊武装。

 野球のホーム以外のベースのような大きさ・形状で、設置範囲内の敵に、太陽光を収束・蓄積した光線を浴びせる。

 三角形の内側は結界になっており、一度発動すれば、敵も光線も外に漏れることはない。範囲が狭ければ狭いほど、光線の密度と威力が上がるこの兵器を、ツバサは設置・待ち伏せのトラップとして使うことで、最小の範囲で発動させた。


「ぐ、う、う、うわぁぁああああ!」


 絶叫を残し、吸血鬼は光に飲まれて消滅した。




   ◆  ◆  ◆




 【ベテルギウス】の発信機反応を追跡し、ナタリーのもとに辿り着くと、大量のお見合い写真に埋もれて動けなくなっている彼女を発見した。


「……大変そうだな」

ほーもむーまま(そうおもうなら)はふへほほ(たすけろよ)ー!」


 何を言っているのかはわからなかったが、言いたいことはわかったので、腕をつかんで引っ張り出す。


「あの野郎、斬新な方法で身動き封じやがって……!」

「いや、ホントにな」


 次期皇帝を拘束・監禁しているとも思えないが、まさかそんな方法で身動きを封じているとは思わなかった。天然ならなお恐ろしいが、今となっては確かめることはできない。


「あいつは? どうなった?」

捕獲には(・・・・)失敗した」

「……ま、心配はしてねーけどな」


 ホッとしたような顔をするナタリー。前後の会話が繋がっていないように感じて、俺は首を傾げた。


「いーンだよ! そのことは! それよりツバサ、通信機戦闘中に落っことしただろ! みゃーちゃんがお冠だぞ」

「げっ! ホントだ!」


 慌てて予備を取り出し、装着して電源を入れると、開口一番飛んできた怒声は隊長のものだった。


『なにやっとんじゃおんどりゃ―———‼‼』


 爆音に耳が割れそうになる。すぐにボリュームを下げた。あとどこの方言?


「隊長、怒鳴らないで……本当にすみませんでした……」

『ぶっちゃけお前はどうでもいいんだよ!』

「それは酷くないですか⁉」

『お前を心配した西林少佐の混乱っぷりと、同じくお前の身を案じた宙が右往左往しながら指示を求めてきて、その対応が面倒なんだ! とっとと安否報告しろ!』

「そんな怒られ方あります? そこは隊長の仕事の範疇では?」

『だから仕事を増やすなよ!』



 頑張ったのに、どこまでも雑な扱いだった。隣でナタリーも大笑いしている。

 でも、ようやく取り戻した、相棒と隣で笑い合える日常は、俺の心に確かな達成感を与えてくれた。




 お飾りの玉座なんて、やっぱりナタリーには似合わない。

 気楽に自堕落で、自由で尊大で、誰よりも真摯に自分の境遇と向き合ってきた、そんなナタリーの生き様は、ナタリーにしか決められないのだと、そう思う。


 だから、そんな椅子は蹴り飛ばしてしまえ。そのための手助けくらいなら、まあいつでも引き受けてやろう。



 ベテルギウスと対をなす、オリオン座の一等星『リゲル』の名に懸けて。


第一章は終了です。ここまでが『星途』掲載部分となります。


第二章「銀の銃弾と血潮の姫 ~身代わりの巫女~」に続きます。

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