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銀の銃弾と血潮の姫  作者: シン
第一章 飾りの椅子
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飾りの椅子Ⅱ


   ◆  ◆  ◆



 無事に宿題の提出を果たし、授業を受け終えた後、俺は雅少佐と落ち合って部隊の本部に向かう。

 雅少佐とは学校が違うが、本部は吸血鬼に目の敵にされているため、中に入ろうとする人間が攻撃されることがある。

 昼間の吸血鬼など脅威ではないが、雅少佐は完全なる非戦闘員だ。護衛として、入るときは大抵戦闘可能な人材が同行する。

 同じ部隊なので、俺がよく彼女の護衛を務めている。と言っても、部隊内では俺しか適任がいないという事実もある。ナタリーだとかえって吸血鬼を呼び寄せてしまうし、隊長は有事に備えて基本的に本部に入り浸っている。


 寝不足からくる睡魔を、欠伸を噛み殺すことで堪えながら本部に入ると、隊長の怒声が出迎えてくれた。


「遅い! 緊急事態発生だ! 川向こうの隣町で吸血鬼の被害者が出た! 今すぐ向かってくれ!」

「昼間から? 数は?」

「詳細は追って連絡する! 囮捜査の実験部隊であるウチに要請が回ってくるぐらいだ! デカい山だと思う!」

「りょ、了解です!」

「了解!」


 雅少佐が自身のデスクに飛びついて、物凄い勢いで作業を始めるのを横目に、俺は本部を跳び出した。……それはいいのだが。


「……お前は付いてきたらダメだろ」

「なんでだよ。戦力になるだろ? デカい山なら尚更」

「戦場を引っ掻き回す気か? 敵が全部集まるぞ」

「狙いやすくて便利そうだな」

「隊長にバレて怒られるのは俺なんだが」

「隊長が、ツバサと一緒なら出動していいって」

「はあ⁉ ……何考えてんだ、あの人……」


 戦闘力という意味なら、ナタリーは下手な人間よりも数倍はアテになる。なにせ吸血鬼とのハーフだ。身体性能は吸血鬼にこそ及ばないものの、かなりのものとなる。なるのだが。


「でも今昼だぞ」

「正確には夕方だな」

「夕方なら平気なのか?」

「本来の身体能力を発揮できるのか? って意味なら、答えはノーだな」

「本当に何で付いてきた⁉」

「血が騒いだから?」


 疑問形だった。可愛く小首を傾げながら。いや、俺に訊かれても知らんがな。


 かなり野性的な理由だったが、そこは『ナタリーだから』で納得することにする。でないとこいつとは組めない。

 実際、他の部隊の人と組むよりは、ナタリーと組んだ方がやりやすくはある。他の人間は遅すぎる(・・・・)

 どの部隊がどれほどの練度なのかは把握していないが、雅少佐いわく、俺たち第十六小隊が最強なのだそうだ。吸血鬼の確保数・討伐数だけでなく、作戦達成速度でも。純粋な戦闘能力でも。


 余談だが、確保数も討伐数も多いのは異常なことだ。大抵の部隊は、どちらかに偏るか、数が分散してどちらも少なくなる。

 これはひとえに、ナタリーが多くを集め、多くを銀の銃弾で撃ってしまうからだ。囮としてはハイスペックだが、討伐数の大部分は彼女のミスと言える。気が短いのである。


「今回の相手は、開幕いきなり撃ったりするなよ」

「相手はもう人を襲ってンだろ? 他の部隊がもう撃ってたりして」

「……それはあり得るな」


 二人とも自動車免許など持っていないので(そもそも年齢的に取得できない)、隣町まで全力で駆け抜ける。ぶっちゃけ、二人とも自転車よりも走る方が速い。車でも、ゆっくり走っているなら追い越せる。

 それに何と言っても、この状態なら車の上を跳んでいける。走る車の上を連続で跳び移りながら、俺たちは隣町まで急いだ。


 現場は大変な騒ぎようだった。


「そもそもウチの部隊こんなに人員がいたんだな……」

「知らなかったのか? 中佐なんだからもっと組織について詳しいと思ってたンだが」

「生まれたときからいるお前と違って、俺が入隊したのは一年前だ。しかも入って二ヶ月でこの部隊に入れられた。知る機会なんかないよ。中佐は隊長が言ってるだけだし」

「はー。知ってはいたけど、えげつないスピード出世だな。同期が泣くぞ」

「厳密には同期はいない。隊長からの推薦で入隊したから、本来の入隊時期とは違うんだ」


 走りながら言い合っているうちに、包囲の内側にいる敵の様子が見えてくる。


「って、一人か?」


 デカい山とか言うし、吸血鬼の大群が現れて人手が足りなくなっているのだと思っていただけに、この事態は予想外だった。


「アタシが気を引く! 一対一(サシ)なら得意分野だろ!」

「近付き過ぎるなよ! これだけの規模の部隊で、俺らまで呼ばれるような相手だ。正直得体が知れない!」

正体探るの(そこ)はみゃーちゃんの仕事だろ! アタシのことはアンタが守ンな!」


 包囲網の隙間をすり抜けるようにして、俺とナタリーは輪の中心に躍り出た。


 そこにいたのは、身長二メートルほどの、腰まで髪を伸ばした男前だった。

 肌は青白いが、堀の深い顔立ち、ナイスミドルな雰囲気漂うひげ、やせ型ながらも貧弱な印象は受けない体つき。そして醸し出されるミステリアスなオーラ!


「モテそうなやつだな」

「吸血鬼と対峙しながらその感想が出てくるとか、呑気過ぎじゃねェか?」


 ナタリーに呆れられた。しかも戦場で。まったくもってごもっともな意見で!


「……ショックで寝込みそう。それでなくても眠いし」

「だから呑気すぎるだろ!」


 しかし、敵の眼前で喋っているのに、吸血鬼が動く気配はなかった。面白そうに、あるいは興味深そうにこちらの様子を眺めている。そのことに警戒感が刺激される。


「……さて、お話は終わったかな?」


 こちらの話が途切れたタイミングで、その吸血鬼はゆったりとした口調で話し始めた。


「心配しなくても、君たちのお仲間は誰も殺していない。危害を加えるつもりもない。加えて言うなら、君たちのもとに届いた、襲われたという情報、あれもデマだ」

「……なんだと?」


 その吸血鬼は、あくまで自分のペースで、ゆったりと間をとりながら話した。


「私の目的は、人を襲うことでも、血を吸うことでも、ましてや我らが吸血鬼の敵たる君たちを滅ぼすことでもなくてね。ああいや、やろうと思えばできるのだが、君たちもまた、私たちの貴重な食糧だ。そう簡単に殺したりなんかしない」

「……言ってくれるじゃねェか。できるかどうか、試してみるか?」


 こちらの言葉に、吸血鬼の男はやれやれと肩をすくめた。


「野蛮だね。優美さの欠片もない」


 その態度にムッとする。こいつ自分から煽っておいて、いけしゃあしゃあと。


「やはり日本では野蛮な男ではなく女性の血を吸うに限るよ。元々吸血鬼はそういうものだが、特にこの国は、女性が慎ましいからね。優美なものの血こそ至高だ」


「……女性は慎ましいものらしい」

「おい、何で今こっち見た。ツバサおいコラ。そんで何で今度は目ェ逸らした。大体アタシは日本人じゃねー」


「そう! そこだよ!」


 急に吸血鬼がこちらをビシッと指さす。相変わらず緊張感無く敵前で話していた俺たちは、そろってびっくりした。……心臓に悪いからやめて欲しい。吸血鬼相手に言うことでもないけど。


「私の目的は、君に会うことだよ。ナタリー・ネスフェリア。いや、第九代皇帝、と呼ぶべきかな?」


 だから、続く言葉に咄嗟に反応できなかった。

 ……第九代皇帝? ナタリーが?


「それって……」

「君の父君は、先々代皇帝だったのだよ。我らが吸血鬼のね」


 衝撃の事実に、思考が停止する。隣を見ると、ナタリーは呆然とした顔で立っていた。周りの人たちも動揺している。


 ナタリーの生い立ちは、組織にいる人は大抵知っている。そのうえで、組織外への口外を一切禁じている。それでも、ナタリーのことがこうまで公に語られることはなかった。そこは暗黙の了解として、触れられずにいたからだ。


 吸血鬼側がナタリーの存在を知っていることは想定内だ。しかし、それならば彼女の父親は今、いったいどこにいるのだろう。同族にとっての食糧と恋仲になってしまった吸血鬼に、行き場はあったのだろうか。


「いや、それよりも……」

「どうやら皇帝が人と恋に落ちたことに驚いているようだね? 同感だ(・・・)。まったくもってどうかしている(・・・・・・・)。だが、事実だ」


 吸血鬼の男は、心底嫌そうに言った。その言い方で、ピンときた。


 ――先代ではなく、先々代。ということは、つまり。

 こちらが気付いたことに気付いたのか、吸血鬼は薄く嗤った。


「ご明察だよ、少年。第七代皇帝、キルシリア・ネスフェリアは追放された。人との間に子をなし、あまつさえ食糧をみすみす手放したのだから」


 どうやらこの吸血鬼は、かなりの吸血鬼至上主義者らしい。そして、これだけ諸般の事情に詳しく、尚且つこの数の部隊を相手に無傷、とくれば、考えられるこいつの立場も限られる。


「お前、皇族か……」

「またまたご明察。賢い者との会話は嫌いじゃない。人の、しかも男だというのが残念だがね」


 随分勝手なことを言っているが、こっちは会話するのも不快になってきた。だが、聞かなければならないことはまだある。


「そんな身分の奴がわざわざやってきて、敵に自陣の情報を与えて呼び集め、目当ての人物が現れるのを待っていた、と?」

「間違ってはいない。だが、必ず来ることは確信していたよ。なにせ彼女は君と同じ部隊だ。そして、有象無象が対処できない強大な敵相手に、君が出てくるのは必然だろう、天霧隊員?」


 確信に満ちたその問い掛けに、知らず、息が詰まる。


「……なんで、それを」

「知っているとも。突然の入隊。そして部隊の誰よりも圧倒的な戦闘力を誇り、数々の吸血鬼を捕獲し、一気に昇進した戦闘の天才。吸血鬼の間でも評判だよ? 薔薇には致死の棘がある、と」


 真面目くさって大仰に語る吸血鬼の男。

 だがそれを聞いて、俺とナタリーは揃って小さく噴き出した。


「薔薇だってさ。誘蛾灯じゃなかったんだな」

「ああ、アタシもいいとこ電柱だと思ってた」

「おい、まだそれ引っ張るか」

「というかアンタ、棘だってさ。番犬とかじゃないンだな」

「どうしても犬と電柱の組み合わせにしたいのか?」

「君たち私の話聞く気あるかい?」


 今度は吸血鬼に呆れられた。だが、俺の―—あるいは、俺たちの―—緊張感が欠けているのはもう今更なので、気にしないことにした。気にしたら負けである。


「で、結局何の用だよ?」


 奴の長話はなかなか興味深かったが、そろそろ飽きてきた。本題を催促すると、吸血鬼の目が怪しげに光った。


「聡い君なら、もう気付いているんじゃないか?」


 そう言われて、ついつい唇をへの字に曲げてしまう。


「……第八代皇帝はどうした」


「人間のニートと呼ばれる者たちと、明け方過ぎまでネットゲームで通信対戦していたら、朝になったことに気付かずに、日光に焼かれて亡くなられた」


「…………」


「人間のニートと呼ばれる者たちと、明け方過ぎまでネットゲームで通信対戦していたら、朝になったことに気付かずに、日光に焼かれて亡くなられた」


 聞こえなかったわけではないが、黙っていたらもう一回言ってくれた。抑揚のない(なんなら感情のない)声だった。


 ……吸血鬼って、そんなに簡単じゃなかったはず、なんだがなぁ。

 一年前の自分なら想像もつかないほどの、吸血鬼のポンコツっぷりに、呆れて言葉も出ない。

 それは相手も同じようで、どことなく所在なさげな雰囲気を感じた。


「もう何が言いたいのかわかっただろう」

「……あ、うん。そうだな」


 気まずそうだが、話は続けるらしい。当然と言えば当然だ。奴はそのためにここに来ている。

 完全に蛇足だが、後日知ったところ、先代は彼女の叔父にあたるらしい。吸血鬼的には兄弟そろって恥さらし扱いなのだとか。


 吸血鬼の男は、仕切り直すように大きく咳払いし、厳かな雰囲気を纏って切り出した。



「第九代皇帝、ナタリー・ネスフェリア様。貴方を次期皇帝として迎えます。これより、我々のもとに来ていただきます」



 ――奴の目的は、王位継承権者に対する、自陣への勧誘だった。


『天霧中佐! 時間を稼いでください!』


 通信機から、雅少佐の声が響いてくる。


「時間稼ぎ? 捕獲じゃなくていいのか?」

『敵は皇族の分家筋、ならば、まず間違いなく《コウモリ化》が使えます! 天霧中佐の二丁拳銃では無力化は不可能です!』


 吸血鬼の能力の一つである《コウモリ化》。文字通り身体をコウモリにする能力だが、このコウモリには二種類のタイプがある。

 一つは、身体全体を一匹の大きなコウモリにするタイプ。

 もう一つが、身体を無数のコウモリに分散させるタイプ。

 厄介なのは後者である。消耗が激しいので頻繁には使えない技だが、攻撃の瞬間に使われると、銀の銃弾でも捉えることができない。一匹に当たったところで、さして意味はないのだ。


「……了解。でも、策はあるのか? 時間を稼いでも、決め手がなければどうしようもないぞ」

『柴田少将が【トライスター】を持ってそちらに向かっているので、合流してください!』


 雅少佐の言う「柴田少将」は、隊長ではなく俺の伯父の柴田宙のことだ。そして【トライスター】は俺たちが『オリオン隊』たる由縁とも言える武器。俺にとっての第三の拳銃だ。


「わかった。できるだけ早く頼む!」

『それは柴田少将に言ってください!』


 もっともな言葉を残して、通信が途切れる。

 前を見ると、ナタリーが珍しく弁舌で(・・・)時間稼ぎをしていた。


「だからアタシは囮捜査役に大抜擢されたってワケ」

「存じ上げております。まったくもって非道な輩です」

「でも身の危険を感じたことはないぞ? なんせウチの部隊は最強の精鋭揃いだからな」

「それも存じ上げております。配慮としては当然。むしろ必要最低限でしかないかと。ナタリー様のお立場を考えれば、少なすぎるものと思われます」

「……でも、アタシが皇族だなんて知っている人間はいないはずだぞ? どうやって配慮しろって言うンだよ」

「皇族としてだけでなく、そのお立場は特殊を極めるものでしょう。そのような方を、あまつさえ囮扱いとは。敵の指揮官は何を考えているのやら」

「…………詳しすぎないか? アンタもしかして、アタシのストーカー?」

「失礼な。自らの主と仰ぐ方の身辺を事前に調査するのは、当然の行動です。むしろナタリー様こそ、皇帝としての自覚をもって行動してください」

「言われてから五分と経ってないのにそんなことできるか!」


 ……時間稼ぎのはずだが、すっかり主と臣下の会話だった。


「――さて、そろそろ時間もないようですし、お暇させていただきますよ」


 何かに気付いたように顔を上げた吸血鬼の男が、そう言って傍らのナタリーに手を伸ばした。

 ……おそらく、【トライスター】に含まれている銀や太陽光エネルギーを、遠くから察知したのだろう。もう少しだったのに!


「逃げろ、ナタリー!」


 叫び、腰から二丁拳銃を引き抜く。右手には銀に輝く拳銃。銃弾も銀製だ。対し、左手に持つのは普通の拳銃。

 銀の銃弾は貴重品だ。

 ウチの部隊は特殊な立ち位置でこそあるが、物資が優遇されているわけではない。ナタリーの護身用にも銃弾を割いている分、俺が本来の二倍の弾丸を使うわけにもいかないのだ。


「おっと。これは怖い」


 敵は早速《コウモリ化》を発動。身体を無数のコウモリに分散させ、銃での狙いをつけられなくする。

 一匹ずつ撃ち落とすことも可能だが、心臓を撃たなければ倒すことはできないし、明らかにコウモリの数の方が銃弾の数よりも多い!


「あっ……!」


 その隙に、コウモリの群れがナタリーの周りを渦巻く。そのまま姿を見えなくさせたかと思うと、次の瞬間にはナタリーはいなくなっていた。


「【ベテルギウス】、起動」


 風に乗って、その声だけが届いた。



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