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銀の銃弾と血潮の姫  作者: シン
第四章 血の誓約
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血の誓約Ⅱ


   ◆  ◆  ◆



 それからも、定期的に拠点が判明しては、散発的に戦っては逃げられることを繰り返していた。

 オリオン隊も三回に一回くらいは出動要請が出るのだが、戦闘らしい戦闘はあれ以来一度もない。





 半月ほど続いたところで、隊長が結論を出した。


「こちらの戦力を測られているな」

「……というと?」

「敵は意図的にこちらに拠点の情報を流し、調査に赴く部隊の規模、戦闘力なんかを調べている。向こうの被害を抑えるために、吸血鬼側にも情報を流して逃がしているのだろう」


「たまに戦っているのは?」

「こちらの戦力を調べる都合上、全部逃がしてしまうのは下策だ。自分から戦いたがったり、人間相手に逃げるなんてプライドが許さなかったり、そういった連中はあえて残して戦わせているものと考えられる」


 なるほど、納得のいく説明だった。吸血鬼はプライド高いの多いしな。


「それじゃあ、今度はそこを取り押さえるんですね」

「そうだ」

「ん? どーゆーことだ?」


 話についてこられなかったナタリーに、雅少佐が説明している。


「つまり、戦闘をある程度近くから観察しているのなら、そこを探し出して捕えよう、ということです」

「あー! 二重尾行みたいなもンだな!」


 違うと思うが、ニュアンスは伝わったのでわざわざ否定はしない。優しい世界だな。


「次回の作戦予定は明日だ。我々には出動要請が出ていなかったが、こちらから進言してついていくことにしよう」

「……時間は?」

「吸血鬼にとっての明朝――つまり夕方だな」

「……つまり学校帰りに戦うことになると。学校休んでいいですか?」


 一応言うだけ言ってみるが、あっさりスルーされた。わかっていたのでもう諦めもついているが、正直、公欠とかにしてくれてもいいと思う。


「……まずは地形のデータだな。敵が隠れて見ているっていうなら、高所に陣取って見下ろすのが一番いいはずだ」

「ちょっと待ってください。すぐに出します」


 雅少佐が素早く反応し、次の作戦地帯のマップデータを空中に表示してくれる。


「ここかここ、あとはここかな……?」

「そうだな」


 俺の意見に、隊長はコクリと頷くと、テキパキと指示を出す。


「ツバサ中佐はそこ、暫定的にポイントAと呼称する。ナタリー中佐はそっちだ。ポイントBだな」

「うちは前線出るの二人ですけれど、残りの一ヶ所は?」


 俺の疑問に、隊長はニヤリと口角を上げた。笑顔というには邪悪すぎる顔だった。


「【トライスター】を仕掛ける。威力を抑えて、動きを封じる。止まっているところを追撃だ。カメラを仕掛けて、こちらでモニタリングしておくから、通信が入ったら【トライスター】を起動、そちらに急行しろ」

「仕事が多い……!」


 というか、急行しろって言っても、ポイントAからだいたい一キロ近くあるのだが。まさかダッシュしろと?


「狙撃してもいいぞ」

「狙撃手ではないのですが」


 先日の作戦では仕方なく引き受けたが、本来の俺のバトルスタイルは二丁拳銃だ。右手に銀の銃弾が入った白銀の銃、左手に通常の拳銃弾が入った黒の銃を持つ。

 戦い方も、遠距離から狙い撃ちにするのではなく、至近から格闘と混ぜて戦うものだ。


「特に狙撃の訓練とかは受けてないですし」

「格闘も受けていなかったはずだが?」

「……そっちはほら、なんとなくできるっていうか。わかるっていうか」

「この天才……」


 聞き耳を立てていたのか、ナタリーが呪詛を漏らす。でも知っているんだぞ。ナタリーも初めから大人相手に五分の戦いができるほど格闘得意だったって。


 結局その後、あーでもないこーでもないと詳細を話し合っていたら、だいぶ遅くなってしまった。


 ……明日は授業中にひと眠りするべきだろうかとも思うが、後で雅少佐に迷惑をかけることになりそうなので、自重する。

早弁して、昼休みに寝るか…………。



   ◆  ◆  ◆



『こちらリゲル、ポイントAに到着。敵影無し。潜伏します』

『こっちも敵影なーし。アタシは潜伏とか無理だから、このまま突っ立ってつりだしまーす』


 通信機からナタリーの能天気な声が聞こえてくる。ナタリーが能天気なのはいつものことなので、それはいい。


 だけど、こっちは隊長の趣味に合わせてコードネーム染みたものまで使っているのに、それをがっつり無視したことは許さん。

 隊長もナタリーには甘いので、特に注意することもない。

 どういうわけか雅少佐はノリノリなので、注意されるのはいつも俺だけなのだ。


 ……ナタリーも自分のコードネームを口にする恥ずかしさを味わえばいいのに。


 余談だが、ナタリーはハーフヴァンパイアで、体質的に吸血鬼を惹きつける。よって、吸血鬼相手に隠れることには向いていない。

 その体質を生かして、普段は囮捜査官をやっているが、こういう場面にはその体質は枷になる。


 ……その分、こちらの仕事が増えるのだが。


「【トライスター】も設置済み。起動待機状態で置いてあります」

『そこからの移動時間は?』


 隊長に問われ、さっき設置してからポイントAに移動するまでに通った道のりを思い出す。


「……一分はきついかな。多めに見積もって、二分くらい?」

『……一キロ近くあるんだよな?』

「? 地図上ではそうですね」

『……現地はもっと近いなんてことはないだろう?』

「ええ、まあ。でも、ここの方が高所なので、落ちればいい分、思ったよりは早く着きそうです」


 俺の発言に、通信機からは複数の溜息が返る。

 いや、わざわざ時間差つけて聞こえるように溜息つくなよ。なんか心にクるだろ……。


『せめて降りるとか下るとか言えよ。なんだ落ちるって』

「落ちる方が速いから」


 ナタリーの言葉に即答で返すと、また溜息が返ってきた。

 だからわざわざ(以下略)。


 すっかり弛緩した空気になったが、作戦開始の時刻を忘れるほどボケた者はいなかった。


『各部隊、突入開始します』


 雅少佐の言葉に、全員が黙って、戦局に集中する。俺とナタリーはターゲットが近くに現れないか警戒した。


 そのまま一分、二分と時間が過ぎる。


 気配を消したまま気配を探るのは慣れておらず、段々と疲れてきた頃になって、通信機から隊長の声が聞こえた。


『【トライスター】!』

「【トライスター】、起動」


 聞き返したりすることもなく、ノータイムで起動させる。


 【トライスター】は、三点に設置した機械を結ぶ三角形の範囲内を、太陽光を蓄積、収束したレーザーで薙ぎ払う特殊武装だ。威力と効果範囲は反比例する。

 今回は捕獲のために範囲を広くとって威力を抑えているので、合図と同時に起動して外すということはまずない。


 素早く現場に到着した俺の目の前には、確かに命中した痕跡があった。



 ――瀕死の吸血鬼と一緒に。



 その吸血鬼は、太陽光に焼かれただけとは思えない苦しみ方をした後、あっという間に息絶えた。


「どういうことだ……?」


 灰になっていく吸血鬼から少しでも情報を得ようと、顔を近付けて確認する。


「ニンニクの臭い……?」


 吸血鬼の口からは、微かにニンニクの臭いが漂っていた。

 しかし、吸血鬼がニンニクを食べるなんて聞いたこともない。


「というか、この吸血鬼、低位か……?」


 つまり、力が弱い。高位の吸血鬼は太陽光に焼かれても数十秒持つし、時間をかければ回復することも不可能ではないが、低位の吸血鬼はそうもいかない。


「こいつが犯人……?」


 力の弱い吸血鬼が、もっと強い吸血鬼を操って、指示を出している?

 それも、対吸血鬼特殊工作部隊を相手に戦うための準備を進めながら?


 どうも腑に落ちない。


『ツバサ! 敵が残ってる! 結構な数だ! やるぞ!』


 ナタリーの声で我に返る。もう吸血鬼は灰になって消滅した。ここで得られる情報はもうないだろう。


「わかった。今から向かう」


 二丁拳銃を取り出すと、跳ねるように足場を下りていく。考え事は後回しだ。目の前のことに集中する。吸血鬼は低位でも人よりはるかに強いのだから。





 結局その日は、連合部隊に人的被害を出さないことを優先した戦い方をした。


 背後を取られた隊員をフォローし、武器を壊された隊員と入れ替わるように吸血鬼と対峙し、しかし銀の銃弾は温存した。


 こちらを監視していた手合いは排除したが、あいつが今回の黒幕だったとは考えにくい。となれば、真の黒幕が下っ端を送り込んでいたと思われる。


 しかし、それが一体だけだとは限らない。他の監視に実力を悟られないようにするためにも、吸血鬼の殲滅を優先した本気の戦いを見せるわけにはいかなかった。



 ナタリーは大暴れしていたが。



   ◆  ◆  ◆



 帰還後、今回の一件の報告と、そこから私見を交えた考察を報告した。隊長はいつも以上に渋い顔をして話を聞いていた。


「ならば今回の件、敵の追跡は困難だな」

「はい。現場に現れず、痕跡も使い捨ての吸血鬼に消されます。吸血鬼も低位の中でも特に弱い個体のため、捕獲が困難です」


 なにせ威力を加減していても消滅した。吸血鬼用の武器ではなく、通常の拳銃などを使うしかないだろう。それも、急所は外す必要がある。


「それだけじゃないぞ」


 隊長は憮然として続けた。


「ツバサ中佐の報告にあっただろう。倒れた吸血鬼の口からは、ニンニクの臭いがしたと」


 確かに、話の中でその報告もした。吸血鬼が自分からニンニクを食べるとは思えないので、困惑したものだ。


「…………自害用の毒、だな」

「……情報を守るために、自害した? そのための方法が、ニンニク?」


 人間基準で考えると馬鹿馬鹿しい話だが、言われてみると納得だった。


 スパイ映画などで見る限り、敵に捕らえられた人間は、その情報を守るために自害している。歯の隙間にでも毒を仕込んでおいて、それを飲み込むことで機密を守る。

 それと同じことを吸血鬼でやる場合、毒ではなくニンニクになるのだろう。印象はシュールだが、吸血鬼にとってはまさに命懸けだ。


「それを強要できるってことは、そこそこデカい組織的な行動……しかも確実に上位個体がいますね」

「ああ。吸血鬼は血統主義だが、それにしたって血の濃さがすなわち力の強さだからだ。つまり、組織の上に立つ者は例外なく上位個体」

「アタシも王族らしいけど、ハーフだしなー」


 俺と隊長の会話に、ナタリーが気の抜けた合いの手を入れてくる。


 だが、ナタリーは中位の吸血鬼相手でも大抵の場合は完封する。ナタリーが銀の銃弾を所持している点も大きいかもしれないが、身体能力の面で見ても、ナタリーは並みの吸血鬼よりも上だ。それが血の力だと言われれば、納得せざるを得ない。


 でも。


「ナタリーの強さは訓練によって身につけた技能だろ。血の力だけでそこまで差がつくもんかよ」


 そもそも、吸血鬼の血の濃さで出る影響が最も顕著なものが、吸血鬼の特殊能力だ。

 無数のコウモリに身体を分裂させる〈コウモリ化〉のような能力は、最低でも中位以上の吸血鬼でないと使えない。


 その点で言えば、身体能力の優劣など些事に過ぎないだろう。


 そして、ナタリーは吸血鬼特有の能力を使わない。

 使えないのではなく、使わない。


 能力そのものはあると聞いているが、そのエネルギーを得るために、吸血を必要とすることが多い。それが嫌なのだろう。


 人の血を吸えば、その時点で吸血鬼だ。顔も見たことがない元吸血鬼王の父親よりも、共に施設で過ごした生みの親の方に感性が近いのは道理だった。


 俺の言葉に、雅少佐も身を乗り出して追従する。


「天霧中佐の言うとおりですよ! だからもっと自信もってください!」

「お、おう……? ありがとみゃーちゃん。でもなんでアタシ励まされてンの?」


 ……確かに。


 別にナタリーは落ち込んでいたわけではないのに、話の流れでそんな感じになっていた。流れって怖い。


「と、とにかく、今回の相手が大規模組織なら、こちらも頭数を揃えた上で対策した方がいいんじゃないか?」

「そうだな。最近出動が多くて組織全体でも銀の銃弾が不足しているし、先の戦いで【トライスター】も貯蔵エネルギーを使い切ったばかりだ。再チャージにはもうしばらく時間が掛かるだろう」


 俺が慌てて軌道修正した言葉に、隊長は合わせてくれた。


 しかし、その内容は暗い。

 それも現状を考えると無理もない。

 物資が不足していることはわかっていて、今回の戦いでもかなり節約しているつもりだったが、状況はかなり厳しいと言えるだろう。


「……今回は【リゲル】を使うか」

「作戦の時間帯次第だな」


 隊長はそう言って肩を竦めると、叔父さんに視線を向けた。


「どうだ、宙」

「メンテナンスは済んでいるよ。というか、製作者は君と西林少佐なんだから、君たちでメンテナンスしてくれよ」

「私は考えるのと作るの専門だ。そして西林少佐は今、別件で忙しい」

「横暴だなあ」


 叔父さんは苦笑いしているが、この光景はいつものことだ。叔父さんは常に奥さんの尻に敷かれている。隊の中にいてもそれは変わらない。


 そして雅少佐が、たまに話に参加しながらもずっと取り掛かっているのは、敵のネットワークの特定と、そこへの侵入だ。


 相手が上層部のネットワークから情報を盗み出した可能性が高いとわかったときから、連日経路の特定を行っているため、目には隈が浮かんでいた。


「お疲れ様。少し休んだら?」


 気になって雅少佐のところに紅茶を入れるついでに声を掛ける。声を掛けるついでに紅茶を入れたとも言える。


「ありがとうございます。でもこれが私の本業ですから」


 雅少佐は視線こそ上げなかったが、ニコッと微笑んでくれた。うむ、癒される。


「それに、もう一息ですから」


 そう言ってツッターンッとキーボードを叩いた雅少佐は、瞳をキラキラさせていた。たぶん今ノっている。戦っているときにたまにあるからわかる。リズムが来ている、とでもいうのだろうか。こういうときに邪魔されたくはないだろうから、そのまま静かに離れた。


「もうすぐだそうです。俺たちもです準備をしましょう」

「ああ。というか、君らは仮眠をとっておきなさい」


 隊長は俺とナタリーを順繰りに眺めながらそう言った。


 ……この先しばらく寝られないかもってことだよな、それ。ひえぇ。


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