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銀の銃弾と血潮の姫  作者: シン
第一章 飾りの椅子
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飾りの椅子Ⅰ

作品冊子掲載作が連作シリーズだったので、まとめて掲載するために、部から許可をもらって、投稿することにしました。


もともと非営利の無料配布冊子なので、その点は特に問題なく。


他部員の作品も見たいという方は、部の公式Twitterに問い合わせてみてください。私にそこまでの権限はないのです。(-。-)

 春風が心地良い昼下がりに、一発の銃声が響き渡った。


「いや、いやいやいや。何撃っちゃってんの」


 つい突っ込んでしまった。だがそれも仕方がない。昨今の日本国内で、人目もあるのに発砲するなんて、常識的に考えられない。


「しゃーねーだろ。噛まれても《魅了》されないっつっても、痛いもんは痛いンだよ」

「だからって、いきなり最終手段を使うことはないだろうに」


 それでなくとも銀の銃弾(シルバーブレット)は高級品だ。おいそれと使っていいものではない。

加えて言うなら、基本的には組織の方針は『殺さず無力化』である。銀の銃弾はそれが不可能なとき用の、自衛のための奥の手なのだ。


「……それを、初っ端から」

「だーかーらー、悪かったって。囮捜査はナーバスになンだよ」

「お前の口からナーバスとか、鯉の口から火炎放射が出るくらいあり得ない」

「どういう意味だコラ。てかどんな例えだそれ。進化したらもしかするかもしれねーだろ」

「それこそ何を言っているのかわからないな」


 無駄口を叩きながらも、本部に後始末の依頼をする。俺たち実働部隊の仕事はおしまい。というか、本来は囮捜査官であるはずの彼女が、一人で先走って片づけてしまった。


「帰るぞ、ナタリー・ネスフェリア少佐」

「その無駄に軍隊っぽいの、ウチのボスの趣味だろ? どうにかなんないもンかね、天霧(あまぎり)都刃紗(つばさ)中佐」

「やめろ、せめてツバサと発音してくれって言ってるだろ」

「ニュアンスが『翼』っぽくなったのは分かるけど、ぶっちゃけ誤差だぞ、それ」

「誤差ならそっちで呼んでくれてもいいだろ! 若干キラキラしてるようで、そんなに振り切ってはいない感じが嫌なんだよ!」

「いや、日本の基準はよくわからんが、十分キラキラしていると思うぞ?」


 その言葉に衝撃を受け崩れ落ちる俺と、それを呆れたような眼で見つめるナタリー。

そして、もうその眼には何も映していない倒れ伏した吸血鬼が一体。

 先ほどの銀の銃弾の被害者にして、今回のターゲットだった存在。人類の敵。

 これは、『対吸血鬼特殊工作部隊 第十六小隊』――通称『オリオン隊』隊員たる俺たちの、戦いと日常の物語である。


「キメてるところ悪いけれど、日常パートはお預けだ」

「……恥ずかしいからキメてるとか言わないで。ってお預け⁉」


  ◆  ◆  ◆


「……それで? 言い訳があるなら聞いてやるが」

「完全にこいつの独断専行です。止めに入る余地もありませんでした」

「それを止めるのがあんたの仕事でしょうが!」

「そうかもしれないけど! いくら何でも無理ですぅ!」

「相変わらず隊長相手には子どもっぽいとこあるよな、ツバサ。親戚なンだっけ?」


 今まさにこいつのせいで怒られているのに、当の本人が素知らぬ顔で雑誌を読み耽りながら茶々を入れてくる。ムカつく。

 ブルブルと震える拳を握りしめていると、横から慌てた様子で同僚がフォローを入れてきた。


「え、ええと、ナタリーさんの暴走は今更というか、もはやなくすことが不可能な自然災害みたいなものなので、止めさせるのは無理なのではないかと。いくら優秀で聡明でかっこいいのにそれらを鼻にかけることもなければ自らの溢れんばかりの才能にも溺れることなくひたすら努力する尊敬すべき天霧中佐でも、自然災害相手では出来ないこともあるのではないでしょうか?」

「うん、熱烈なフォローはありがたいけど、突然の褒め殺しに顔から火が出そう」

「え? うぁっ、私今何言いました⁉ 忘れてください!」


 驚いたように跳び上がってワタワタする同僚。でも多分無理。なんなら今晩、寝る前に思い出してニヤニヤするであろうところまで予想がついた。そんな自分の気持ち悪さには見て見ぬふりをする。


「みゃーちゃんは相変わらず、ツバサのこと大好きだねー」


 声色からもうニヤニヤが伝わってくる雰囲気で、ナタリーがからかいの声を飛ばしてくる。それに真っ赤な顔を返し、そのまま俯いてしまったのが、我らがオリオン隊の情報担当、西林(にしばやし)(みやび)少佐だ。

 そして、俺の伯父である柴田宙少将と、その結婚相手である隊長、柴田みちる少将を入れたこの五名だけが、俺たちの部隊だ。

 同じ部隊に隊長と同じ階級がいるのは、本来異例のことだ。

 しかし何を隠そう、この階級は隊長がつけたものだ。あまり意味はない。よって問題もない。……むしろ問題なのかもしれない。


 部隊としての役割は、人類の敵である吸血鬼の駆除・殲滅。その方法の一つとして、囮捜査を実験的に行う部隊である。

 と言っても、現場に出るのは囮役のナタリーと、捕獲・殲滅役の俺だけ。


 隊長はかなり強いらしいが、隊長たるもの、そう簡単に前線には出てこない。というか、出てくるような事態になってはならない。

 そして、雅少佐は完全に非戦闘員だ。情報支援の専門家としてうちの部隊に入ってもらっている。

 伯父さんは何をしているのかよくわからない。仕事現場どころか、プライベートでも姿を見かけない。そもそも働いているのだろうか?


 隊長は、少し目を細めて、鋭い声音で問うた。


「それで、結局今回は噛まれていないんだな? ナタリー少佐」

「ああ、その前にやっちまったからな」

「……なら、今回は検査は無しでいいだろう」


 苦虫を嚙み潰したようにして、隊長がそう伝える。


 それもそうだろう。捕獲して、その生態を調査することが、俺たちの組織の第一目標。それを、開幕いきなり撃ったから噛まれていないです、と本部に伝えなければならないのは隊長の仕事なのだ。俺ならその憂鬱さに仕事を辞める。


 だが、文句を言いつつも、誰もナタリーを責めることはない。もうそういうものだと諦めている。それは、ナタリーの生い立ちの特殊性故のことだった。



   ◆   ◆



 ナタリー・ネスフェリアは、世にも珍しい、吸血鬼と人間とのハーフである。



 それは、吸血鬼と人の間に子どもが生まれないからではない。それぐらいのことは、生物学的には可能なことである。


 問題は、吸血鬼が、恋愛感情を抱いた相手の血を吸いつくしてしまうことにある。


 吸血鬼にとって、人間とは食糧だ。一週間に三リットルから五リットルほどの血液を飲まなければ、吸血鬼は飢えと渇きに苦しめられることになる。三週間の断食で、干からびて死亡したという記録も出ている。


 しかし、稀に人間に恋をする吸血鬼が現れることがあった。


 だが、その事例は得てして、食糧として魅力的であるという感情を、恋愛感情だと勘違いしているだけのものだった。

 ある意味では、色気のある相手をそれだけで好きだと思うのに似ている。


 吸血鬼のそれは、魅力を感じる要素として、根本的にズレていた。

 だから、愛した相手の血を吸いつくし、殺してしまう。


 だが、ナタリーの父は違った。愛する女性と巡り合い、子をなした後、その姿を消した。あるいは、もう限界だったのかもしれない。自らの欲求に抗い続けるのが。


 こうして、吸血鬼と人間のハーフが生まれた。


 この事実をいち早く突き止めた『対吸血鬼特殊工作部隊』は、ナタリーの存在を隠蔽した。

 間違っても、吸血鬼と人間の友好の証だなどと担ぎ上げられて、融和派のシンボルになられては困るからだ。


 融和派とは、「吸血鬼と人間の共存を目指す」と語っているが、その実、吸血鬼の傀儡だ。


 吸血鬼は一定以上血を吸った相手を、眷属として操ることができる能力を持っている。

 自らの力の一部を分け与えることになるため、あまり行われないが、融和派の幹部は全員がこの操り人形である。

 吸血鬼が怖くてへりくだっている人間や、幹部の強さに憧れている人間は、大抵が融和派に与している。


 そんな中、吸血鬼と人間のハーフなどという存在が現れれば、彼らの格好のエサになることは容易に想像できた。

 吸血鬼が人類を食糧としてしか見ていない、明確な敵だと分かっていても、人々は現実逃避してしまうのだ。それは、大昔の人が恐ろしい化け物を神と崇める心理と同様のものだった。


 結果的に、ナタリーは部隊に母親と共に保護されることになった。

 それは、実質的には軟禁と変わらなかった。幼少期から他者との接触を禁じられ、定期的に検査機器に繋がれる日々を過ごした。


 その中で、意外な事実が判明した。


 理屈は未だに不明である。

しかし、ナタリーは血を吸われても眷属化しない、というのだ。

 それ故、ナタリー・ネスフェリアは、齢九つから部隊に所属し、半分吸血鬼でありながら、吸血鬼討伐任務に従事しているのである。



   ◆   ◆



「そもそも吸血鬼ってのは、他の吸血鬼が既に血を吸った人間の血は吸いたがらねーもンでな」

「ああ。聞いたことあるな、それ」


 吸血鬼が、人間が「既に吸血されているかどうか」を判断する方法は、その人間から『吸血鬼の香り』がするかどうかだと言われている。

 一度吸血された人間は、しばらく他の吸血鬼から狙われない。

 理由としては、十分な血液が吸えなくなるからだとか、狙ってもいないのに眷属化しやすくなるとか、いろいろな説がある。だから、この『吸血鬼の香り』は、吸血鬼側にとっての判別方法のようなものであると言える。


「ま、犬が電柱に小便でマーキングするようなもンだな」

「ちょっと感心したらすぐこれだからなぁ」


 流石に年季が違うな、とか思ったのに。そうぼやいてみるも、ナタリーはニコニコ笑うだけ。何が楽しいのやら。笑うと可愛いくせに、言動がイチイチ残念でならない。

 あと、その例えだと、自分が電柱だと言っているようなものなのだが、そのことに気付いているのだろうか。


「でも、ナタリーの血は半分吸血鬼なんだし、『吸血鬼の香り』がするはずだろ? なんでむしろ吸血鬼に大人気なんだよ」

「ああ、アタシのは所謂『マーキング』とは違ってな」

「だからその電柱的表現やめなさい」


「どっちかってーと、人間から吸血鬼の女のフェロモンが出てる感じ。だから、食欲と色欲のダブルコンボでほいほい釣れるわけだな」

「なんかもう、いろいろ残念過ぎるだろ」


 吸血鬼のお手軽っぷりとか、ナタリーの誘蛾灯っぷりとか。

 そんな簡単な相手じゃないはずなんだが、吸血鬼。


 釈然としないものを感じつつも、今日の任務はつつがなく終了。

 問題があるとすれば、俺がまだ学生で、明日も学校があって、宿題が未だに終わっていないことだろうか。畜生め。夜にしか活動しない吸血鬼が悪い。両立できてしまう自分も憎い。


「両立できていたら宿題なんぞとっくに終わっているぞ」

「うるさいです心読まないで隊長。来て早々任務に駆り出しといてどの口で言いますか」

「ほら、口より手を動かせー。終わんねーぞー」

「くっそぉぉおお!」


 結局、雅少佐に手伝ってもらってしまった。同級生なのに、デスクワークのスピードが段違いだった。ちょっとへこむ。時折挟まれる、相変わらずの俺への過大評価に尚更へこむ。そんなに格好いいもんじゃないんだけどなぁ……。


 結局仕事も出番なかったし、ちょっと今日の俺、運なさすぎじゃなかろうか。



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