那朗高校特殊放送部~それぞれのクリスマス・紅葉、倉井編~
筆者:紅葉黑音
クリスマスイブ。
それは一年に一度だけやって来る特別な日です。
なので、世の中の高校生達も浮き足だって…いるわけではありませんが、
今私は柄にもなくちょっとお洒落な町並みに出掛けています。
町並みを彩る青色のイルミネーションは幻想的で綺麗ですが、寒色の照明は冬の寒さを増幅させている気がして、やや冷たく感じます。
「年々イルミネーションのレベルも上がってるわね」
その横で、倉井さんがイルミネーションをまじまじと見つめています。
そう。
私は今、幼馴染の倉井さんと二人で夜の町に出掛けているのでした。
事の発端は昨日。
冬休みとはいえ、受験生の私が勉強に励んでいると、倉井さんからLINEが。
倉井「明日暇?」
紅葉「特に予定は無いけど…?」
正直に答えます。
彼氏が居るわけもありませんし、イブの日位は勉強サボっても良いかなぁ、等と考えていた私に、それらしい予定はありませんでした。
倉井「じゃあちょっと遠出しない?」
紅葉「どうして?」
倉井「せっかくのクリスマスに家で引きこもるとか、VTuberとしても失格でしょ?」
むしろVTuberならクリスマスには家で配信とかしてるのがありがちでは…等と思ったりもしましたが、
一般的なVTuberとはかけ離れている私達なので、そんなことは言えませんでした。
倉井「それに、受験勉強漬けってのもストレス貯まるでしょ?」
紅葉「じゃあやっぱり遊ぼうかな?」
なので…
「去年のイルミネーションってどんなだったっけ」
「確か…無駄にカラフルに光ってたような気がするわ」
「あー、思い出した!あれかぁ」
インドア派の化身みたいな私も二人きりでオシャレ街に繰り出しているわけです。
とはいっても、相手は同性の幼馴染ですが。
私の自意識過剰かもしれませんが、辺りにはカップルか忘年会のグループで溢れ、私達の存在はやけに浮いています。
そんな空気感だからか、それとも純粋に気温が低いのか、外気に露出している顔は勿論、完全防備な筈の手足も冷えている気がします。
「うー、寒っ…」
マフラーを締めなおしながら呟きますが、そんなに効果がない気がします。
「冬だから仕方ないわよ」
私より少し軽装な倉井さんが白い息を吐きながら答えます。
軽装と言っても、マフラーをしていないとか、ブーツにファーが無いとか、その程度ですが。
「倉井さんは寒くないの?」
「そりゃあ寒いわよね」
「うーん、やっぱり我慢するしかないかぁ…」
イルミネーションと空を眺めながら白いため息を吐いていると、倉井さんが、
「じゃあ、そろそろ良い時間だし、夕飯でも食べていかない?」
そんな事を言うので、腕時計を見ると時間は19時半。
確かに夕食には良い時間です。
暖房のある場所に行きたいのもありますし、何か食べれば身体も温まるでしょう。
「確かに、良いかもね」
と言った物の、辺りを見渡しても、予約が必要そうなオシャレな店ばかり。
軽く食べられそうなファミレスは見当たりません。
少し高校生にはレベルの高い場所に来てしまった気がします。
「でも、近くに何か食べられそうな所なんて…」
「大丈夫大丈夫、目星は付けてるから」
「そ、そうなの…?」
「人誘って出かける以上、それくらいはやっておかないとね」
呆気にとられる私と、得意げに笑う倉井さん。
基本的には頼れる幼馴染ですけど、どうもやりすぎなような…?
「予約なしで入れる店を探しただけよ?別に予約してる訳じゃ無いわ」
「あぁ、そういう…てっきり予約まで済ませてるのかと…」
「高校生でそんな大人のデートみたいなことしないわよ…」
で、何件か見て周り、いい感じの和食のお店を見つけた私達。
クリスマスシーズンなので、混んでいない店なんてなく、ここも偶然二人用の席が空いていて、何とか食事にありつけた程度です。
「はぁー、暖かい」
店内は暖房が効いていて暖かく、
席に着いてすぐに、マフラーとコートを脱ぎます。
対面に座った倉井さんも同じことをしています。
「いい感じの所が開いていて良かったわ」
こういう時の為に、コートの下もきちんと整えてきてよかったと思いながら倉井さんの方も見てみると、
コートを脱いだ倉井さんは、新衣装として繕ったパーカーを着ていました。
「あ、それ…」
「あぁ、パーカーね?既製品と変わらない出来だし、私服として使ってるのよ」
「へぇ…」
「紅葉も自分の衣装私服にでも使ってみたら?」
「あれは私服には使えないよ…」
私の衣装、和服だし…
余裕が出来てから、店内の様子を見てみます。
間接照明が店内を柔らかく照らす、落ち着いていて雰囲気のある内装です。
流石に高級店では無いので、店内は軽くざわついています。
ただ、こんな落ち着いた内装には似つかわしくない、陽気できらびやかな音楽が流れています。
そう、クリスマスソングです。
「和食のお店なのに店内BGMはクリスマスなんだね」
「この時期は何処もそうでしょうね」
「そんなもんかぁ…とりあえず何食べるか決めちゃおう?」
「ここは何が美味しかったかしらね…?」
「うーん、あっ、ここ定食のご飯とろろご飯に変更できるじゃん。何かの定食にしよ」
「じゃあ私はこの刺身定食にでもしようかしら」
ちょっぴり場違いな音楽を聞きながら、二人で料理を注文して、料理が届くのを待ちます。
どうでもいい余談ですが、私はとろろ大好き民なので、とろろがメニューにあるときは8割方それにしています。
多分、それ程とろろ好きなのを知ってるのは倉井さん位でしょうか。
「でも、こうしてクリスマスに出かけるんなら、部員皆で遊びに言っても良かったかもね」
料理を待つ間、ふと思ったことを倉井さんと話します。
今の落ち着いた感じも良いですが、部員皆で遊ぶのでも良かったかなぁ、とも思ってしまいます。
「とはいってもねぇ、私が連絡したのは昨日だし、もう皆何かしら予定は入ってたんじゃないかしら?」
「だよね」
「ま、たまにはこういう日も良いんじゃない?」
運ばれてきた水の中の氷をカラカラと鳴らしながら、
倉井さんはいつもと変わらぬ雰囲気で言います。
いつも特殊放送部として皆で活動している私ですが、
やっぱり昔からの幼馴染とただこうして食事をするだけというのも、悪くは無いですね。
だなんて数秒前の考えを改めたりして、コロコロと考えが変わってしまう私です。
「今頃皆は何してるんだろうね」
「皆彼氏も彼女も居ないし家でゴロゴロしてんじゃない?」
「そうかなぁ…あ、でも夏輝さん辺りはどっか遊びに行ってそう」
「あり得る。でもどうせ何かのコスプレイベントでしょ」
2人でお互いに笑い合います。周りの人の迷惑にならないように。
「うちの部の連中、皆彼氏とか彼女とか居ないわよね」
「そう言えばそうだね」
「ま、部員には内緒にしてるだけの可能性はあるけど」
「うーん、どうなんだろう?」
少なくとも、私と倉井さんには居ないのは事実でしょう。
「どうする?与那嶺とかに彼氏居たら」
「それはなんというか…意外だなぁ」
「ただあの子、結構流されやすい性格だから…」
「なんか不安になるような事言わないでよ…」
「冗談。私とか霜月とかが目を光らせてる間は大丈夫でしょ」
「そ、そうだね…?」
「とはいえ、永遠に気を遣うのは無理だから、それまでにあの性格は直したい所だけど」
そんな事を話していると、
「お待たせしましたー」
「あ、はいっ」
高めの声の店員が、注目した料理を持ってきました。
それなりに立派な海鮮定食です。
追加のとろろも、程よく味付けがされていそうな色合いでとても美味しそうです。
「なんにしても残すのは失礼だし、ちゃんと食べないとね」
「そうね。食事の基本的マナーだもの」
「じゃあ…」
「「いただきます」」
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「うーん、やっぱり結構多かったかも…」
「早くも正月太りね」
「うわ、そんな事言わないでよ…」
「冗談よ、たった一食食べ過ぎた位じゃそんな変わらないわ」
「やっぱり持ち帰りサービス使いたかったなぁ」
「え?そんなあったの?」
「無かったよ?だから使いたかったなぁ、って」
「あ、あぁ、そういう事ね…」
ちょっとした冗談を言い合いながら店を出ます。
結局、二人とも定食はきちんと完食させたわけですが、
定食は思ったよりボリュームがありました。
店内では暖房と満腹感で眠くなってましたが、外に出ると冷たい風が顔に直撃して目が覚めます。
「これからどうしようか?」
イルミネーションの海に戻ってきた私は、倉井さんに聞いてみます。
正直な所、とりあえず外出ない?みたいな雰囲気で町に出てきたので、それらしい予定はありません。
「そうね…」
倉井さんは腕を組みながら少し考えると、
目の前の一際高いビルを指差しながら答えました。
「じゃあ、あそこ行ってみない?」
それは、この辺りでも一番大きなホテルで、最上階には一般解放されている展望台があるビルでした。
カラフルな光の点が視界を埋め尽くすように広がっています。
密集しているところ、まばらなところ、
青いところ、オレンジ色なところ、赤いところ、カラフルなところ。
そんな光景を前に二人は、
「やっぱりこの季節は夜景が映えるわね」
落ち着いた口ぶりでも、いつもよりほんのりと笑顔が漏れている気がする倉井さんと、
「はぁー……綺麗…」
目の前の景色にため息しかでない私。
とにかくここから見た夜景というものは、それだけ私から語彙力を奪うものだったと言うことです。
周囲には沢山の大人や、カップルで溢れていますが、それが気にならないほどに。
「やっぱりここに来て正解だったかしら。紅葉普段こういう所来ないでしょう?」
「そ、そうだけどさ…」
確かに夜景を見てキラキラするとか、今までそんなにしてきたことはありませんが…
ダイレクトにそう言われるとそれはそれで刺さる言葉です。
お互いにお互いを見ようとせず、夜景を眺めながら、
「でもなんでここに連れてきたの?」
そんな事を聞いてみたら、
「あんまり深い理由は無いわよ」
「なっ」
なんて声がすぐ横で聞こえたので、声のした方を見ると、
さっきまで2~3人ほどの距離を開けていたはずの倉井さんがすぐ隣に居ました。
想像よりも近い距離になんとも言えぬ情けない声を上げてしまいます。
「ただこの時間を楽しみたかっただけ」
倉井さんは外の夜景を見ながら、喋り続けます。
「せっかくのクリスマスって言うのもあるけど、今年で卒業するんだものね」
「…」
「だから、高校生最後の記念として、こんなのもアリなんじゃないかなって思ったのよ」
ほんのりアンニュイな雰囲気で言葉を紡ぐ倉井さんですが…
「でも、志望校一緒でしょ?」
「そういう事今言わなくていいじゃない…」
全体的には合理的な選択が多いけれど、楽しむ事には全力な、
現実主義者かと思いきや、たまにロマンチックな面もあったりする倉井さんです。
「―とにかく、紅葉とこういうのしたかっただけよ」
「そっ、そうなんだ…」
思わぬ言葉に、雰囲気を合わさってちょっとドキッとしてしまいますが、多分深い意味は無いでしょう。
前々から倉井さんの言動はドストレートですからね。
「今は無粋な事考えるのは止めて雰囲気を楽しんでいましょう。クリスマスだし」
ささやかに笑う倉井さん。
笑顔以外の感情はそれなりに見せる倉井さんですが、笑顔は案外めずらしかったり。
こうなってしまった以上、雰囲気を楽しむ事にしましょう。
「っていうかこれ、やってる事は完全にデートだよね」
「で、デート!?ま、まぁ、確かにそうかもしれないわね…」
成り行きでデートみたいなことになってしまった私と倉井さん。
将来的には彼氏が出来てこんな事するのかな?
なんてことも思いながら、今は幼馴染とのひと時を過ごしていました。
でも、昔から関わりの深い倉井さんと一緒に居た方が、居心地は良さそうです。
「どうする?何かお揃いの記念品とか買う?」
「紅葉…別にそんな事する仲じゃないでしょう?」
「冗談だって」
「そう……ま、買うんなら買うでもいいけど」
ちょっとふざけてみた私を冷めた目で見てきますが、
なんだかんだ付き合ってはくれる倉井さんでした。
紅葉「そういえば与那嶺さんは何してたんです?」
与那嶺「わっ、私ですか…?私は沖縄に行ってました…」
紅葉「沖縄…旅行?でも今は真冬だし…」
与那嶺「えっと…おじいちゃんおばあちゃんの所に会いに行ってました」
紅葉「あぁ…なるほど」