第2話「シーカー・オア・ルーカー(3)」
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探検王ジョマの冒険記#4
あの馬鹿でかい草原までは良かった。
昼は比較的見通しも良く、危険な生物もねぐらから顔を出す事はない。
夜も、焚火を煌々と焚いてやれば
獣達も唸り声を上げるだけで近づいては来なかった。
だが、あの森はヤバい。多分半分はあそこで殺された。
俺たちは、已む追えずあそこを捜索せずに突っ切るしかなかった。
何処まで伸びているかも分からない細長い木々の、
天辺に茂る枝葉で光が遮られ暗闇に包まれた森。
今も風の音が、槍が横を掠める音に聴こえる。
あれは毒槍だったようで、槍で切り傷を負っただけの奴も、
すぐに体中がパンパンの紫色になって死んじまった。
暫くはブドウを見る度あれを思い出しそうだ。
今は、森を抜け出す時にバラバラになった仲間を探す為に一旦休憩しながら、
気を確かに持つ為に手記を書いている。
しかし仲間と言っても、俺たちは開拓者と一纏めにされてこの地に
やって来ただけで、俺の様な已むに已まれず参加した人間はごく僅か。
他の、こんな魔境に自ら挙ってやって来た奴らは
イカレた奴(水筒に豚の血を入れて飲んでる奴もいた!)ばかりだ。
世界全体から集められている事もあり言葉が通じない奴も多い。
言葉も通じないイカレ野郎なんて最悪だ。
今同じ焚火を囲んでいる奴も志願してこの開拓に参加したらしい。
口下手のせいで女を寝取られたのかと疑うほど無口で無愛想だが、
こいつはきっとイカレちゃいない。一緒に逃げたのがこいつで良かった。
少なくとも言葉は通じるし、豚の血を飲んだりもしない。
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人類最後のフロンティア、世界最悪の魔境、神の息吹が宿る絶対聖域。
様々な言われ方をしているグランド・グランドでも、
全体の約3割は既に開拓されており、さらに言えば、
その半分近くまでは行路も確保されている。
と言う事で、ジャーニーズ・エンドを出た私達は今、「巨神の足跡」と呼ばれる
草原を乗合馬車に乗り、未開拓地であるポールフォレストが
すぐ側にある町ライング・ハニーへと向かっている。
通称「宿屋街」と呼ばれるこの場所は、
初期開拓者がたどり着いた最後の土地である「肉森林」には遠いものの、
安全な行路で辿り着ける街の中で未開拓地域に最も近い事から、
数多くの旅人や冒険者がここに訪れる。
とロンガナおじさんから聞いた話を皆に伝え、今に至る。
青い芝生で埋め尽くされた草原に敷かれた轍を進む、4羽の屈強な馬鳥に
引かれた幌馬車は、G2を渡るに相応しい立派な作りで、
一つの穴も開いていない丈夫な幌に包まれた馬車の中は
10人程が乗っても一人は寝ころがれそうな程広い。
実際奥の両脇には2階建てのベッドまである。
私はそこの一つに寝ころがり余暇を満喫していた。
「この森はポールフォレストの事ね。毒槍かあ。」
「何を読んでるんですか?」
ロンガナおじさんから貰った手記を読みながら一人で小さく呟いている私に、
反対側のベットに腰掛けているトリアが問いかける。
「これは、手記よ。おじさんの友達の。」
私はトリアに、開いた手記をぴらぴらと振って見せる。
「なるほど。所でポールフォレストって何ですか。」
トリアは、私の呟きを耳聡く聞いていたようだ。
「ポールフォレストはね、
G2の中心をぐるっと円形に囲むようにあると言われている森。
開拓地は、私がいたジャーニーズ・エンドから巨神の足跡を抜けた
ライング・ハニーまでが『第一開拓地』と呼ばれてて、
血吹き平原や金生り森、奥の岩骨地帯から肉森林までが
『第二開拓地』と呼ばれてるの。それを隔てるのがポールフォレスト。
当時、何の情報も持たない初期開拓者は、
危険な森の中を通り過ぎるのが精一杯で探索はしなかった。
だから今でもそこは未開拓地域のまま。」
私はベットから身を乗り出すと、
G2では常識として認知されている事をトリアと
馬車の中に置かれたテーブルや長椅子で休憩しているヒウリス一行に教えてあげる。
「でもまあ、横切る分には幸い広さはそこまで無いから。
私に付いて来れば大丈夫よ。」
多分。と小さく付け加える。
「そうですか。それは一先ず安心しました。」
ベットに背を向けたヒウリスが、テーブルの椅子に座り髪を纏めながらそう言う。
腕を動かす度、純白のチュニックを縁取る銀装飾が馬車のランタンに照らされ
細やかに煌めく。トリアは、その服よりも彼女の白磁の様なうなじに目を奪われている様だ。
「スミカ殿は、その場所に行った事が?」
ヒウリスの横に座るレガートさんが私に顔を向けてそう尋ねる。
「ええ。あるわ。
その森には森エルフって言う危険な亜人が住んでるんだけど、
ライング・ハニーで売ってる香炉を焚いて歩けば近寄って来ないから平気よ。
まあ、それでも針グモだったり根喰いアリには
気を付ける必要があるけど、それは私の炎で何とか出来るし。」
と言いながら、私は手から小さく炎を出して見せる。
トリアやレガートさんを始め、馬車中の人間が私の炎に目を向ける。
「信じられんな。今こうして目の前にしても、人が炎を操るなど。」
レガートさんは、炎を物珍しそうに見つめながらそう話す。
「他の人間にはそうらしいわね。私は物心ついた時からこうだから、
むしろ炎を使えない自分を想像出来ないわ。」
そう言いながら私は、片手に点った炎をもう一つの手に移して見せる。
「幼少の頃から?アマルガムとは後天性の物だと聞いたが。」
「うん。だから、多分私は赤ん坊の時からエレメントを吸収してたんじゃないかな。普通はそんなのあり得ないけど。私は色々特殊だから。」
「特殊?」
トリアがそう小さく零す。
「そう。特殊。詳しい事は省くけど、私孤児なの。
ジャーニーズ・エンドの入り口に捨てられてたんだって。
だから名前も苗字も分からない。スミカ・シェーヌって名前も
おじさんが付けてくれた名前。
スミカは澄んだ香りって意味で、シェーヌは、捨てられてた時から着けてた
このチョーカーに書かれてる文字から取ったんだって。」
私は言いながら首に付いたチョーカーを触る。
「このチョーカーも変な品で、私の成長に合わせて大きさが変わるのよ。
おじさんが、首が閉まるといけないからって外そうとしたんだけど
外せなかったんだって。アームではないんだろうけど、
エルフのアーティファクトかなんかでしょうね。
このシェーヌもエルフ語らしいし。」
「つまり、スミカさんは、」
トリアがそこまで言って言い淀む。言わんとしている事は大体想像が付く。
「森に棲むエルフの一人。」
トリアの言葉に続けるように私は言った。ほら、耳が長いの気にならなかった?と自分のとんがった耳を指で弾いて見せる。