第2話「シーカー・オア・ルーカー(2)」
結局、私は依頼を受けた。
二人は私に感謝を伝え、今から別の場所で待機している仲間に連絡をする、と
言うので私は一緒に部屋を出て、自分の部屋で鞄に着替えや必要な物を適当に
詰めた後、一階に降り、少し待ってて。と二人に伝え、
ロンガナおじさんの所へ向かった。
「おじさん、私行くわ。」
一階のカウンターにいたおじさんへカウンター越しにそう言う。
「そうか。気を付けてな。」
おじさんは手帳に何かを書きながら、こちらを見ずに応える。
「おじさんが行けた場所よりもっと遠い場所にも行くかもね。」
「ああ、行けばいい。安心しろ、
お前がいなくても店は続けられる。部屋も一つ空くしな。」
「残念ね。
ご飯時にはグランド・グランド中を
一周して帰ってくるから、部屋は空かないわよ。」
「そうか。別に2、3週してきてもいいんだぞ。」
「それでも寝る時間には帰ってくるから。」
「そうか。ほら、これを持っていけ。」
そう言うとおじさんは、先程まで何かを書いていた手帳を渡してくる。
「これは?」
手帳には、「探検王ジョマの冒険記」と書かれている。
「俺の友人の形見だ。
G2について俺らがたどり着いた場所までの記録が色々書いてある。
今の所唯一の、G2観光ガイドみたいな物だ。
幾つか俺の注釈も書いた。暇つぶしに読んでおけ。」
そう言うと、これも持っていけ、と赤い手織り布で包まれたお弁当を渡してくれる。
「ありがとう。おじさん。」
私は、おじさんに飛びついてハグしたい気持ちを抑えて微笑む。
「抱き着いたりするなよ。」
そう言っておじさんは私の頭を撫でる。
ごつごつした大きな手が触れる感触に、心が温かくなり、
この上なく幸せな気持ちになる。
「剣、手入れを忘れるな。」
頭を撫でながらおじさんが言う。
「うん。」
「起きたら寝癖を直せ。」
「うん。」
「気を付けてな。」
「うん。」
私は、おじさんが手を放した後、じゃあね、と言って、二人の元へ戻った。
「やさしい方ね。」
ヒウリス女王がそう言ってくれる。
「じゃあ、行こう。」
「他の方々に別れは言わなくて良いのか?」
レガートさんの問いに、私は首を横に振る。
「良いのよ。また帰ってくるから。」
そう言って、私は大樹の咆哮亭を後にした。
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既にジャーニーズ・エンドの出口で待機しているという彼女達の仲間に会う為、
宿屋を出て街道を左に進む。
港から燦々と輝く太陽に照らされた海や大きな船が望める、
横に並ぶ様々なお店が軒を連ねる通りを抜け、遠くから見ると
大きなジグザグに見える坂道を、
道行く果物や魚などの荷物をたくさん積んだ荷馬車を避けながら上る。
坂を上り切り、更に奥へと進むと、
島から町を隔てる様に並ぶ巨大な石造りの壁に造られた、
町の人から「島の口」と呼ばれるリガント鋼の大きく堅牢な門の前に着く。
仲間を連れて来る、と言ってレガートさんは一人で向かったので、
私とヒウリス女王は知り合いだった門番に挨拶をすると、
壁の、門が取り付けられている柱の様になっている部分の
出っ張りに腰掛けて待つ事にした。
大樹の咆哮亭からは大分高い位置にあるこの門の付近は、
この先にある森からの空気によってとても涼しい。
「ヒウリス女王、食べる?」
私は、少し前に坂ですれ違った荷馬車から引っ手繰った果物を
ヒウリス女王に見せる。
「面倒なのでヒウリスと呼んでください。
それで、これは?」
ヒウリスが不思議がりながら果物を手に取る。
「それはタネリンゴ。」
と私は果物の薄い果肉を齧って捨てながら教える。
「いやそうでは無くて、これはどこで?」
「え、さっき、これを積んだ馬車が通ったでしょ。」
「盗んだのですか!?」
私が当然のように言うと、彼女はひどく驚いたようにそう言うので、私は困惑する。
「バレてないよ?」
「そういう問題ではないでしょう、スミカさん。
これは、立派な犯罪ですよ?」
ああ、成程。と私は彼女の言いたい事を理解する。
「あのね、女王様。ここはグランド・グランドなのよ。
人間としての最低限の節度以外に、ここで守らなきゃいけない物なんて無いの。
それが出来る人間ならね。」
私は、つまり、これは勝ち取った物なの。ここに居るなら慣れる事ね。と
言って果物から露出した黒く大きな種を頬張る。
コリコリとした食感と、口に広がる酸味と爽やかな甘さを口一杯に堪能する。
「郷に入らばなんとやら、ですか。」
私の言葉を聞いた女王は、決心したように息を吐くと、果肉を齧り口に入れた。
私は思わず、あ。と漏らす。
「それ、果肉は苦くて食べれないから。美味しいのは種。」
言うの遅かったね。と口を押え悶絶する彼女に告げ、飲み物を差し出す。
ヒウリス女王と扉の側で果物を食べていると、
草臥れた革製のリュックを背負い、街道を門に向かってとぼとぼと
歩く人影を見付ける。宿屋で最初に私に護衛を頼んできた少年、トリアだった。
此方には気づいていないようで、下を向いて歩いている。
まさか一人で行く気なのか?と私は呆れる。
「ねえ、トリア!」
仕方なく私は声をかける。私ならともかく、
町の外は島外の子供が出歩ける様な場所ではない。注意しなければ。
「あ、スミカさん。」
トリアは、一瞬バツの悪そうに顔を逸らしたものの、
すぐにこちらを向きなおすと、こちらに近づいてくる。
「トリア、もしかして今一人で町を出ようとしてなかった?」
「いえ、そんな。
いや、やっぱり、諦め切れなくて。」
私の問いに一度は否定するも、素直にそう応える。
「トリア、どんな理由かは知らないけどさ。
この先にはこの町よりいい場所なんてないんだよ?
イデアだって、見つかるかなんて分からないんだし。」
そう言いつつヒウリス女王の方を見れば、
彼女もトリアの方を見ているので、簡単に紹介する。
「ヒウリス。この人はトリア。
さっき、二人と話す前に、イデアについて教えてもらってたの。
トリア、この人はヒウリス。」
「ヒウリスです。よろしく。」
彼女がトリアに挨拶をする。
そしてトリアがヒウリスの方を見た瞬間、トリアは驚いたように硬直する。
「どうしたの。」
「いや!別に何でもないです。」
私が尋ねると、トリアは顔を赤らめて俯いてしまうので、へえー、そう言う事。と
にやにやしながらヒウリスの顔を見るが、
彼女は何の事だか判っていないようだった。
「トリアさんも、イデアを探しているのですか?」
ヒウリスがトリアに優しく問いかける。
トリアは、ヒウリスと目線を合わせず、眼鏡を触りながら、はい。と応える。
「何故?」
「大切な人の為に。」
今度は問いかけるヒウリスの目を見つめ、静かに、しかしはっきりとトリアが言う。
「スミカさん。彼も連れて行きましょう。」
ヒウリスがそう言うので、私は驚く。
「え?無理よ、きっと旅に耐えられない。体も弱そうなのに。」
私の言葉に、トリアはまた小さく俯いてしまう。
「体が弱そうなのは私も同じ。
それにきっと彼は、一人でも島の中に行くでしょう。」
「それは、
そんなのどうして分かるの?」
「分かりますよ。私には。私も同じですから。」
ヒウリスがそう言うと、トリアに微笑む。
私は思い止まらせようと二人を説得しようとするが、
そこに数人の仲間を連れたレガートさんが戻って来たので、
話は立ち消えになってしまう。
じゃあ、行きましょうか。そう言って地面に降りるヒウリスに私は従う他ない。