第2話「シーカー・オア・ルーカー(1)」
走る。
人の丈を優に超える、空を穿つ大木に囲まれたポールフォレストの、
地面を這う巨大な根によって隆起した地面を、私はがむしゃらに走り続けた。
レガートさんは無事だろうか。
岩の様に固い根の上から地面に飛び降りながら考える。
私が地面に着くと同時に、真横を横切る影を捉え、
地面を蹴り、飛び退ける。
避けた後、遅れてそれが蔓で作られた毒の槍だと分かり、
もう追いつかれたのか、と小さく舌打ちが漏れる。
続けて、後ろの根の裏から放たれる無数の投げ槍を、
炎で撃ち落とし、剣で焼き切りながら、私はこう思わずにはいられない。
なぜこんな事になったのか。だから危ないって言ったのに。
そう思いながら私の脳裏に浮かぶのは、
今から一週間ほど前の、あの客室での、ヒウリスとレガートさんとの会話だ。
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護衛を頼みたい。そう持ち掛けられた私は、こうも同じ出来事が連続するものか。と、驚きとも関心ともつかない面持ちで、目の前のヒウリス女王を見つめる他ない。
「護衛って言うのは、この町中を、って意味じゃないのよね。」
尚も驚きつつ、私は話す。
「ええ。護衛と言うのは、グランド・グランド中を。と言う意味です。」
「どうしてまた?G2観光は外国で流行ってるの?」
私は思わず無作法な喋り方をしていた事に気付き焦るが、
本人達は気にするそぶりを見せないので、私も気にしない事にした。
「確かに、そうとも言えるかもしれませんね。
今や世界各国、いえ、力を手に入れたいあらゆる者達の関心が、
この大陸に向けられていますから。
キュトリスでは、『第二の魔境開拓時代の幕開け』、と新聞などで
大々的に宣伝し開拓志願者を募っていますし、
東の亡国ヤツルの敗残兵達が復讐を果たす為この地に発ったとも、
セント・ラエルの特使団がこの地で既に活動しているとも言われています。」
ヒウリス女王は私の言葉に少し微笑むと、そう続ける。
「そしてアルカナリアも、女王直々にこの地に降り立ったと。」
私がそう言うと、女王は頷く。
「ええ、そしてその旅に貴女も加わって欲しいのです。」
「我々にとっても、この旅は至極重要な案件なのだ。
諸外国の動きに対し、ただ看過する訳にはいかない。その為に、
この地で生まれる希有な力を持つ貴女の力添えを頂きたい。」
レガートさんが、ヒウリス女王の言葉に付け加える。
「どうして私がアマルガムだと知っているわけ?」
私の言葉に、女王はええと、と少し言い淀むので、私は少し訝しむ。
「私も、宿で貴女の戦いを見ていた。
それで一目瞭然、貴女がアマルガムであると気付いた。
アマルガムと言えば、一人で千の戦士に匹敵する力を持つ者と聞く。
その様な強き人物が加われば、まさに百人力、いや千人力だ。と、
私が女王様に言伝たのだ。」
レガートさんがそう答えてくれるので、私も少し照れつつ納得する。
「本来なら、初期開拓者であるロンガナさんにもお力添え頂きたかったのですが。
生憎この宿の経営で手一杯という事で。」
ヒウリス女王が続ける。どうやらロンガナおじさんは海外でも人気の様だ。
「暗黒世代の雄に頼みを聞いて貰えなかったら、次は島の奇天烈少女にお願いなんて、何だか行き当たりばったりね。」
私は思った事をそのまま伝えた。
「ええ、本当に、そうですね。」
もう何も構っていられません。と小さく零す。
その様子は、先程の穏やかさとは異なり、寂しさや焦りを孕んだ悲しい顔だった。
「それで、肝心の事を聞くけど、どうして島の中に入りたいわけ?」
私は先程のトリアとの会話でおおよその見当は付いていたものの、そう尋ねる。
「数週間前でしょうか。
私の密偵がこの島に纏わる、ある重要な発見があった、と伝えてきたのです。」
その言葉に、やはりか、と思わずにいられない。
「もしかして、辺のイデアってやつ?」
私が思い切ってそう言ってみると、二人は驚いた様にお互いの顔を見合わせる。
「ご存じなのですか?」
「いやいや、私、丁度さっきこんな話をしてたから、もしやって。」
ヒウリス女王が身を乗り出して聞いてくるので、私は慌てて訂正する。
成程、と女王は姿勢を直す。
「そう。まさにそのイデアを我々は手に入れたい。
我々の身勝手でこの島に来ていながら、
自らの力不足の為に島の住人である貴女方を頼ろうとするなど、
どれ程愚かで哀れな事か、我々も十分承知している。
しかしこれを、我々は恥や外聞を捨ててでも、成さねば。」
レガートさんがそう話す。
「お願いします。詳しい事はお話しできませんが、
私たちの出来得る限りの謝礼を致します。」
「申し訳ないが、我々にもあまり時間の猶予がない。
今、この場で決断していただけると助かる。」
その言葉を聞きながら、私は、まさか。と心の中で思う。
この依頼を受けよう。という気になっている自分に。