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グランド・グランド  作者: adhuc
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第1話「紫炎のアマルガム、スミカ・シェーヌ(1)」

朝。まだ緋色に輝く陽光が私の顔を焼く。

そのじんわりとした温かさに目を覚ました。


欠伸をしながらベットの中でもぞもぞと体を伸ばす。


窓の外では気を逸った鱗鶏が、

シャラシャラ体を揺らしながら甲高い声で鳴き喚いている。

お前まで私を起こさなくていいのに。


私は上半身を起こし、サイドテーブルにある皿に置かれた果実を一つ掴み齧ると、

残りをやかましい鱗鶏に向かって投げ付ける。


鱗鶏を睨みつけながら、口の中に溢れる甘い果汁を飲み込む。


しかし果実は標的に当たらず、向かいの鶏小屋と宿とを隔てる街道に落ちて潰れる。


私の攻撃を嘲る様に一際大きな声で鳴く鱗鶏に、

お前なんて私が本気で戦ったら黒焦げだぞ。と心の中で言い放つと、

両開きの窓をピシャリと閉じ、微睡みを振り払う様に体から毛布を脱ぎ去り、

服を着替えてブーツを履く。



------------------------------------------------------------------------------------------------



二階の客室と一階の食堂とを繋ぐ螺旋階段を慣れた足取りでスルスルと降りると、

朝ご飯を貰いにカウンターへ向かう。


早朝の宿屋「大樹の咆哮亭」は、昼間や夜の華やかな喧しさとは打って変わり、

遠くの小鳥の囀りが聴こえる程静かで、私はこの静かな朝がとても気に入っていた。


いつの間にやらあの忌まわしい鱗鶏は鳴き止んでいる。


カウンターに着くと、

既にこの店の店主であるロンガナおじさんがカウンターに佇み、

コップを真っ白な布巾でキュッキュッ、と子気味良い音を出しながら拭いていた。


ロンガナおじさん。

昔、森に捨てられていた赤子だった私を拾い、育ててくれた恩人だ。


「おはよう、ロンガナおじさん。」私は軽く片手腕を上げそう挨拶する。

その声におじさんは視線だけこちらに寄越すと、

ああ、ともうむ。ともつかない小さな声を返してくる。

客にも店員にも愛想がないのはいつもの事だ。


「ご飯は?」私がカウンターに付いた、左右に体重を傾けると

グラグラと揺れるスツールに腰掛けながらそう尋ねる。


「櫛、無くしたのか?」ロンガナおじさんが急にそう言ってくるので、

意味を把握できず、何が?と返すと、無言で私の頭を指してくる。


私は両手で髪に触れ、言わんとする事を理解する。

頭に派手な寝癖が付いているのが、指の感触で分かる。


「寝癖を直さなくても人は死なないけど、

ご飯を食べないと人は死ぬのよ、ロンガナおじさん。」

私は寝癖を触りながらそう答える。


その言葉におじさんはワザと大きな溜め息を付くと、

年頃の娘とは思えんね、などと一人で呟きながらカウンターの奥へ消える。


暫くすると奥からトマトスープの良い匂いが漂ってくるので、

私はもう料理を作っていたのか。と静かに驚く。


ロンガナおじさんはいつも、私が可能な限りどんなに

早起きしても必ず私より先に起きて、

料理の下ごしらえであったりお皿を拭いていたりする。


その無愛想な性格も相まって、この人はもしや

不眠不休で働き続ける人型アームなのではないか。

と私は常々思わずにいられない。


そんな事を考えていると、

いつの間にかカウンターには暖められたグライ小麦のパンと、

ボウルに盛られた豆と小さな塩漬け肉が沢山浮いたトマトスープ、

それと昨日の残りの、焼いた六足鳥の足が置かれていた。


食べ終えたら寝癖を直して店を掃除しておけよ、と言うおじさんの声に

パンを口一杯に頬張りながら答える。



------------------------------------------------------------------------------------------------



ご飯を食べ、一度部屋に戻り、櫛で厄介な寝癖と熱戦を繰り広げた後。


店の中でモップを持ち、

器用にテーブルや装飾品を避けながら年季の入った焦げ茶の床を走り回る。


大樹の咆哮亭は、

かつてグランド・グランドの初期開拓者の一人だったロンガナおじさんが、

自分の引退後に造られた、グランド・グランドの玄関口であり、

G2(ジーツー。グランド・グランドの略称。)で最大の港町

「ジャーニーズエンド」で、

冒険で蓄えた財産をつぎ込んで建てた宿屋だ。


だからとっても広いし、「暗黒世代」と呼ばれている初期開拓者の

数少ない生き残りであるおじさんにあやかって、

この宿でグランド・グランド最初の夜を過ごそうとする冒険者は多い。


でも実際、帰ってくる人は殆どいないし、

その中でもまともな状態で生還する人は更に稀だ。


それでも極極稀に運の良い冒険者が財宝を持ち帰ってきた時は、

ここは町中の人間が集まる、町中のご馳走や贅沢品が溢れる大きな宴会場と化す。


昨日もそうだった。その最中はすごく楽しいのだけれど、

参加する人達には、その後の私とおじさんの身にも少しはなって欲しいと、

お祭りの翌日は常に思う。



------------------------------------------------------------------------------------------------



掃除も大体終わり、テーブルの上に置かれた椅子を降ろしていると、

外からの下品な笑い声を耳にする。


まだ早朝だというのに、もう酔っぱらいの登場か。


うちには入らないでどっかの酒場に行きます様に。と

椅子を降ろしながら何処かの何かしらの神に祈る。


しかしその神様は人の願いを快く受け入れるような、

敬い甲斐のある神では無かったようで、

笑い声は段々とこちらに近づき、やがて数人の大柄な男が乱暴に

ドアを開けて入って来た。


その中の一人が、空のカウンターを見やると、店主を呼べ、

と赤ら顔で私に言ってくる。


私は仕方なく、ロンガナおじさん、人が来たよ。と奥に聞こえるよう呼びかける。

客とはあえて言わない。


奥から姿を現したロンガナおじさんは、カウンターに手を置くと、

じっくりと男達を眺めた後で、いらっしゃい。とだけ静かに答える。


どうやらおじさんにはこの人達は質の悪い客だと見抜いた様だ。

男達が席に付き、酒を頼んだ後も、

木のジョッキに発泡酒を注ぎながら注意を怠らない。


行儀と無縁の生活を送ってきた事は明白なこの客人は、

身に纏った汚い革鎧を椅子に擦り付け、下らない事を言い合い、

不愉快な笑い声を飛ばし合っていた。


如何やら西の国から初めてこの土地に来た盗賊紛いの冒険者らしい。

昔の武勇伝や盗んだ物の話などを大声でしている。


私はそいつらをなるべく視界に入れないように、健全な客の為に

開店の準備をしていたのだが、

不潔集団の一人が不意に、お、よく見たらずいぶん美人じゃねえか、

と恐らく私に向かってそう言ってくる。


私は面倒だな、と思いながらその男に一瞥をくれると、

その小太りの、熟れた無花果の様な赤い団子鼻の男は黄ばんだ歯を

ちらつかせながら、薄気味悪くにやりと笑った。


「おい、上に行こうぜ。」

宿の寝室へ続く螺旋階段を、男が顎で差しながら言う。


「生憎全室満室なので。」

私がため息交じりにそう答えても、男はしつこく言い寄ってくる。


「なあ、俺達、故郷では結構名の知れた戦士なんだよ。

アイラナの七英傑って言われてな。」

男は鼻をぼりぼりと掻きながらそう嘯く。

どこまでが本当なのか、信じる気にもなれない。


「ここには朝一の船で来たんだよ、噂では、

ここには神様のやべえ武器やらがあるらしいじゃねえか。

東の国では、ここで見付けた宝を使って国を乗っ取った奴も

いるらしいって話を聞いてな。」

東の国の話は知らなかったが、実際、この宿屋には世界各国から直々に派遣された

冒険者や騎士団が来る事も少なくなく、

それぞれが皆目的は違えど、この地に眠る神々の遺産を手にし、

国を更なる繁栄を齎そうと躍起になっている。

件の東の国は、それを逆に自らに使われてしまった訳だ。


「どうだい?俺らは英雄になるぜ、嬢ちゃん。

今から俺達にたっぷり恩を売っといた方が良いと思うがな?」

井の中の蛙大海を知らず、と何かの本に書かれていたが、成程こういう意味なのか。と彼らを見て理解する。


「馬鹿って言葉知ってる?

ここじゃあ碌に下調べもせず高を括る連中の事をそう言うの。

あなたの故郷には無い言葉なのよね?G2に来た記念に教えておくわ。」

私はワザとらしくにっこり微笑んでそう言うと、

男は途端にみるみるとその赤鼻に負けない程顔を紅潮させ、席を立ちあがると

私に詰め寄ってくる。


相変わらずジョッキに酒を注いでいるおじさんの方を見ると、こちらを見て、私に

目配せをしている。こういう時おじさんが伝えたがる事は二つだ。

余計な事はするな。か、面倒を起こすな、か。


今回はどういう意味か、あえて良く判らなかった事にする。


「てめえ、顔が良いからって調子に乗るなよ。

お前みたいな美人なんて案外そこら中にいるんだ、ここで一人死んだって

誰も損しないんだぜ。」

男は、腰に下げた、船乗りが使うような大振りな曲刀の柄頭を掴みながらそう話す。


首輪なんかしやがって、雌犬が。となじってくる。

私の首に付いたチョーカーの事だろう。そんな事言われても、何をやっても

外せないのだからしょうがない。


男の仲間は、これから起きる事を楽しみしているように

こちらを見てにやにやと笑っている。



------------------------------------------------------------------------------------------------



「お客さん、悪いんだが。」突然、先程まで何も言わなかったおじさんが、そう言いながら注ぎ終えた六杯目の酒をカウンターに叩き付ける様に置く。


店中に木材同士が叩き付けられる大きな音が響き、

振動で酒が大きく波打ち、カウンターに零れる。


「実はまだウェイターが来てなくてね、

俺はまだやる事があるから、自分達で取りに来てくれないか。」

来た。と私は思う。こいつらおじさんを怒らせた。隣の酒場の名物である

腕相撲対決で使われる、真鍮で出来たベルの音が頭の中で鳴る。


勘違いされやすいが、おじさんは物静かでも、決して穏やかな訳ではない。


簡単に言えば、帰り道で喧嘩が行われていたとして、おじさんはそれを

避けて通るのではなく、邪魔な当事者達を問答無用で殴り倒して無言で

立ち去るようなタイプだ。私に戦闘術を教えてくれる時も、護身の為と言いながら

何時も、殺される前に殺せ。と言ってくるし、私が昔、止む追えず人を殺めて

しまった時も、血塗れになった私に最初に言った言葉は、

ただ一言、勝ったか?だった。

そういう人だ。因みにその腕相撲大会では、

おじさんはテーブルごと相手の腕をへし折って殿堂入りになった。


明らかな宣戦布告に一層気を悪くした男達とおじさんが睨み合う。

全く、せっかく掃除したんだけどな。


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