いや、それより僕を殺して転生させた奴に復讐させて。
しきみ彰先生の「ドラゴン愛企画2」参加作品です。
ドラゴン大好きな方、一緒に楽しんで頂ければ幸いです。
「あぁ、さくらんぼ……」
情けない呟きが、僕の最後の一言になった。
帰宅途中、日も暮れて薄暗くなった通りを、急ぎ足でスーパーに向かっていた僕を、一台の外車が跳ね飛ばして行った。
6月半ば、梅雨のジメジメした季節だけど、佐藤錦の売り出しに、ワクワクしてたのに。
「やばい……手足の感覚、無い……」
声になっていたのかも判らない。
中学2年の夏休みまで、あと1ヵ月。そんな時期に、こんな目に遭うなんて。
「ウソだろ……」
再び、声になって無いだろう言葉が、脳裏をかすめる。
もうすでに周りの風景も見えていない。目が霞んできた。
ただ、僕を跳ね飛ばして去っていった、ひき逃げ犯の顔だけは忘れない。
金髪碧眼のイケメン?許せんよね?それだけで。
そんな奴にひき逃げされ、食べたくて仕方なかった佐藤錦を思い浮かべながら、僕はこの世とオサラバしたんだ。
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「ほう、それが最後の記憶か……」
え?
野太い大人の男の声が聞こえた。
恐る恐る目を開けた僕の前に、居るはずの無いもの、その巨大な顔が有る。
「キルシュ……」
はい?
「お前の名はキルシュだ。我が息子よ」
はぁ?!
鈍い赤色の巨大な顔で、そのドラゴンは笑った。
そう、僕の目の前に居るのは、アニメや映画でお馴染みのドラゴン。
なんで?
「あなた……」
「いい子だぞ。この子は、どうやら俺と同じ転生組らしい」
「羨ましい」
「お前は、この世界の生まれだが、問題なかろう?」
「やっぱり羨ましいですよ。異世界からの転生なんて」
「それなりの苦労は、有るんだがなぁ」
僕を放っておいて2匹のドラゴンは、ほのぼのとした会話を続けている。
どうやら夫婦らしい。そして僕の両親?って事になるようだ。
なんで?
まぁ、父親のドラゴンのセリフから、僕は異世界転生して、ベイビードラゴンとして、今ここに誕生したらしい。
そして、キルシュってのが僕の、ドラゴンとしての名前のようだった。
それから50年。
あっという間だった。人間に換算すれば、僅かに5年くらいかな?だから、やっと幼稚園。次は小学生になるかって所だし。
「お前も、もうすぐ学生か。早いもんだな」
「父さんのおかげで、飛ぶのは一番早いよ。この辺りじゃ」
ドラゴンパパは、僕と同じ世界からやって来た、俗に言う転生組。
元ドイツ人で、腕利きの家具職人だったらしい。で、今は形成魔法の使い手として、結構な職人(?)だったりする。
ドラゴンは穴ぐらに住んでなんか居ないよ。
ちゃんと家に住んでる。ただ、サイズがデカイだけ。まぁ、人間世界と違って、数が少ないからトラブルは起きない。
もちろん家も家具も魔法で作り出す。
ここはドラゴンが進化の頂点にある、魔法当たり前の世界。
ここ以外に、僕が人間として生きていた、かつての世界を含め、どうやら3000くらいは有るらしい。
「多元宇宙と言ってな。よく似た世界が連なりながら、遠くに離れるほど全く別な、異世界ってのになるんだ。俺も詳しくは知らんのだがな」
ちなみに父の名はバルグラド。
お爺ちゃんに当たるドラゴンは、この世界で生きてきた魂だったらしく、ここでの一般的な名前を付けたそうだ。
そう、転生は魂が、この世界に飛んできて起こるらしい。三千世界のいたる所から、ここを目指して。
まさに異世界転生。どう言う法則やルールが有るのかは、実は知らない。
まぁ学生になれば、教えてもらえるのかも知れないね。
とりあえず、明日は父さんとキャンプなんだ。小学校に上がる前に、母さん抜きでゆっくり話がしたいんだって。
男と男の、サシでの。なんか楽しみだ。
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「いい天気になったね、父さん」
抜けるような青空と、その向こうにそびえ立つ山脈。
そしてその上を飛ぶ飛翔種と呼ばれるドラゴン達を見ながら、僕はそう言った。
「そうだな、飛行日和だ。よく飛んでる」
人間だった頃の記憶に、ハンググライダーの聖地とか呼ばれてる山に行った時のが有って、今それが重なっちゃった。
ちなみに飛翔種って特殊な連中で、腕というか前足が無くて翼になってる。
多分、僕が生きてた世界でワイバーンって言われてたモンスターが、一番近いんじゃないかな?
「こっちに来たりしないよね?」
「狩場がぶつかる事は無いさ。俺らは平原、向こうは山すそ。不用意にこちらが踏み込まなければな」
父さんの言う通り、飛行種は山岳地帯のケモノを狩るんだ。鷹匠って知ってる?あの猛禽類みたいな感じで空からね。
僕らは一般的な姿のドラゴン。みんながドラゴンと聞いて思い浮かべる奴。
基本種って呼ばれてる、一応、二足歩行で手、と言うか前足、は余り発達してなくて後ろ足が逞しいって姿。
人間で言う肩甲骨から薄い膜の、よく言われるコウモリ似たいな翼が生えてる。
あ、そうそう、ドラゴンは、ほぼ全ての種族でウロコに覆われてます。これは常識。
「さぁ行くか。今日は野豚か、野牛か。一頭丸ごと焼いて食いたいぞ」
「バーベキュー?」
「いやいや、もっと豪快に。ワイルドに、だな」
そう言って父さんは前足、いやヤッパリ腕だね、に力こぶを作る。
「お前も来年には学校に行くからな、その前祝いみたいなものだ」
「まだ早いよ。あ、もちろん期待してるよ、学校。楽しみだよ」
またまた、ちなみに、なんだけど。この世界にも学校のような物がある。
生活に欠かせない魔法は、50歳になるまでに各家庭で教える。人間も同じだね、幼稚園に当たるものは無いけど。
話を戻して。
例えば、ルビーの様に赤く輝くこの巨体、かつての世界のサイズ表示なら僕は今、20メートルを越えているけど、そんなのが飛べる訳が無い。
どれだけ大きな翼が有っても、ね。
それを可能にするのが魔法。風属性と重力制御、それによって僕らドラゴンは空を飛ぶ。こんな生きていくのに必要不可欠な魔法は、ある程度、大きくなるまでに親から教わるものなんだ。
で、学校ではそれを更に深く追求し、戦闘に使う為に術式として学ぶ。
高速で飛翔し、風を刃として使い、重力を操り岩石を砲弾のごとく打ち出す事ができるように。
なぜか?
この世界の知的生命体は、僕らドラゴンしか居ない。野豚や野牛は言葉を話す事なんて無いんだ。
もしも本能のままに生きれば食料を食い尽くして、同族同士争えば戦争の果てに、絶滅しかねない。
それを防ぐ為に、僕らは他の世界に出かけ、そこで雇われて働く。
召喚。
ネトゲの設定で当たり前、が、ここでは生きる為の術になっている。
3000を超えてるとか聞く、多元宇宙の各世界から呼ばれ、召喚主の元、傭兵として戦い、生きて帰れば各世界に存在する魔法の元になる力、マナを吸収して戻って来れた。
それを世界に還元する。この世界の魔力を維持、増強する為に。
時々オマケとして、貴金属や宝石と言った、僕がかつて居た世界でも、お宝と呼ばれる物を持ち帰る事もある。
そうやってこの世界を潤し、豊かにする事。それがドラゴンが一人前の大人になるという事。それを教えるのが学校だった。
よく知ってるでしょ? 全部、父さんの受け売りだけどね。
それを教えてくれたドラゴンパパが、いきなり表情を改めて、僕に聞いた。
「なぁキルシュ、お前は何故、学校に行きたい? 明確な理由が有るか?」
僕が転生する時、最後の記憶を見たって言ってたからね。父さんは気付いていたんだね。
「無理に聞こうとは、思わないんだが……」
困ったような父さんの顔を見て、僕は静かに、でもハッキリと言葉にしたんだ。
「復讐」
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