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調合室に向かう途中、魔獣研究室の庭にニワトリ君を離すと、元気にコケコケと鳴きながら飛んで行った。
「飛びましたよ、すっかり元気になった様ですね」
「愛嬌のある鳥だよね、手を振ってるみたいにみえるなー」
柵の向こうから僕達の方へ、ご機嫌にパタパタと羽を振っていた。
柵の隣に繋がれていたグリフォンの前を、警戒しながら進んで行く。グリフォンは目を瞑ったまま銅像の様に微動だにせず、僕達が通り過ぎるのを待っていた。
あまり、人に懐きそうには見えないけど、魔法が使える程の知能はあるらしい。
池沿いに歩いていると、水辺からスイスイと綺麗な鯉が泳いでいるのが見えた。
「あんな魚までいるんだー、ちょっと癒されない?」
「そうですか? あの鯉には、ピラニアの遺伝子が組み込まれてますよ」
「へぇ……」
王宮調合師は、専用の研究室に缶詰め状態にされるのかと思っていた。でも池もあるし、建物の外観をみる限りは別荘的な感じもする。
あれが研究室だ。燻んだ赤レンガの土台に、上半分は木で作られたL型の一軒家が、林に背を向けてポツンと建っていた。
でかいな、保管室のある僕の家と比べてもまだ大きい位だ。庭に横長の花壇があったけど、ハーブは植えられて無かった、管理はされてないらしい。
「妙に静かだね、職員は居ないの?」
「基本的に職員はいません、王宮の称号を持つ者がアルバイトを雇う権利があり、その費用も国から負担されます」
レヴィアから銀の鍵を貰い、入口の扉を開いた。
内部は少し暗く古臭い感じだけど、飾られたランプがオシャレで、窓から池が見える雰囲気のある家だ。
ウェソン教授は、乾燥ハーブを瓶に入れて保管していた様だ、棚に幾つかの珍しいハーブが残っていた。
「お洒落な家だね、本当にここを自由に使っても良いの?」
「勿論、称号がある間はドミニクの所有物となります、食事代から娯楽代まで全て請求できますよ」
「凄い待遇だね、研究だけしてれば遊んで暮らせるじゃん」
あの教授が、称号を手離したがらなかったわけだ、費用の大方は娯楽に消費してたんだろう。
どうせ研究するのであれば、転移の祭壇を作って、ここと薬草研究会の部室を繋ぐか。部室には調合器も保管室も無いしな。
「ちょっと、転移魔法で人を連れてくるから待ってて」
「また転移系の魔法ですか? 私にもやり方を教えてください!」
「はいはい、今度ね」
グイグイとローブを引っ張ってくる。レヴィアは魔法の事となると探究心を抑えられないみたいだ。転移魔法のコツを教える約束をして、祭壇を作れそうな人を呼びに向かう。
※
「あー、ドミニク! 何でまた新しい女を連れてやがる。パパは許さんぞ!」
「トムさん、さてはドミニクに伐採クエストの報酬、払ってないでしょう?」
レヴィアがめんど臭そうな目で2人を見ている。気持ちは解る、僕も頼めるなら他の人が良かった。
「ドミニク、誰ですかこの変な人たちは?」
「エリシアスの魔法商店の人達だよ、変っていうか……ああ、背の高い方、ビクターさんは良い人だよ」
連れて来たのは魔法商店、店長のトムさんと従業員のビクターさんだ。だって、天空の木の伐採クエストの報酬をまだ貰って無かったし。
流石に家の中に祭壇を作るのはどうかと思ったので、外に作る事にした。
「トムさん、ここに祭壇を立てて欲しいんですよ、建築、得意ですよね?」
「お手の物だが、金はあるのか?」
急に商人の顔になったトムさんの前に、懐からGの入った布袋をジャランと取り出す。
「100万Gでどうですか?」
「やるぞビクター!」
「おう!!」
庭の丁度、Lの字の窪んだ所に、木製の祭壇を立てて貰う。ここに転移魔法を刻んだ石板を祀り、養成学校にある様な転移の祭壇を作り出す。
ここと部室と僕の家を繋いで、部屋の管理はルミネスに任せるか。
お金は伐採クエストの報酬から80万G、エドワード王子に貰った内の20万G、魔法商店から50万Gで家具を仕入れ、合わせて150万Gの出費となった。
それから転移魔法で、あっという間に家具を入れ替え、ルミネスを召喚して家の掃除を任せる。
「ドミニク様、また新たな奴隷を増やしたのですか?」
「奴隷じゃ無くてお友達ね。それより、この家の管理をルミネスに任せたいんだけど」
「かしこまりました、新たなアジトです!」
棚をハタキでパタパタと叩くルミネスを、深刻な顔でレヴィアが見つめていた。もしかしたら魔神は不味かったかな……? 騎士の敵っぽいし。
「ええと、あの猫耳メイド服は、ドミニクの趣味ですか?」
「え、そこ!? まぁ嫌いではないね……」
「なるほど……私も着てみますか」
せっせと部屋を掃除するルミネスを、2人で無言で見つめる……思わぬ誤解をされてしまった気がするぞ。
良し、後は転移魔法を刻む石板を取りに行くか。
古代魔法は、普通の魔法石に刻むと魔力に耐え切れず石が破裂してしまう。なので、古代の石板にしか刻む事が出来ない。
※
転移魔法で太陽の遺跡までやって来た。ターゲットは、歓迎会の時にいた石板ゴーレムだ。あれを素材にするのが手っ取り早い。
ルミネスとレヴィアを祭壇の前で待機させ、受付のケロリアさんにクエストを貰いに行く。相変わらずのカエルローブで、カウンター台に頬杖をついていた。
「あら、歓迎会の時の子だ! ドミニク君だっけ? 今日は授業はお休み?」
「お久しぶりですね、僕だけお休みなんです。ゴーレムが一杯出るクエストを貰えますか?」
「はいはいっと! ゴーレムなら2層目から沢山出ますよ」
ケロリアさんにお礼を言い、クエストを貰って祭壇まで戻る、事前に探索クエストを受けておくと、ギルドに報酬の一部を渡す事でお金が貰える。
「おかえりなさいませ! 早速愚かなゴーレムを駆逐しに行きましょう」
ゴーレム退治と聞き、レヴィアが疑問の表情を浮かべた。
「魔法の効かないゴーレムを、どうやって倒すんですか?」
「ルミネスもいるし、適当に殴れば倒せるよ」
何言ってんだこいつ、と言いたげなレヴィアを連れて遺跡内部へとワープした。
※
砂漠の部屋へと転移された、すぐに隠蔽の魔法でみんなの姿を隠す。
レヴィアが透明化した両掌や脚を、不思議そうに見つめている。
「何ですかこの魔法? 全身がスケスケです……」
「光学迷彩だよ、レヴィアは使えないの?」
「普通は使えませんよ……ドミニクは特殊な魔法が得意なのですね」
入り口のゴーレムを無視して、クエスト情報の通りに砂の通路を進む。あっという間に目的地の2層目に入ると、一際でかい砂の部屋に辿り着いた。中に黄色の石板がゴロゴロと転がる。
「じゃー行くよー」
「ちょ、ちょっと! 本当に素手のまま乗り込む気ですか? 危険過ぎます!」
「では、ドミニク様、作戦の通りで!」
おっけーと、ルミネスと目で合図し、室内に侵入すると、複数の石板がブォォと奇妙な音を立てひっついて行く。
そうはさせない! 左右に旋回し、一気にそれぞれの担当するゴーレムへと駆け出す。
レヴィアが後ろから、何かの魔法陣を描いていた。
「危険です、私が援護します!!」
さっき、ルミネスと立てた『ゴーレムひっつく前に倒そう作戦』で、部屋中を走り回りながら、ガンガンと石板を砕いていく。
名前の通り、シンプルに石板がひっつく前に殴る、蹴るの作戦だ。
あっという間に、部屋中が素材、もとい石板だらけになった。良し、収納の魔法でしまうか。
「あれ? 何やってるのレヴィア?」
何故か、レヴィアは魔法陣の前に両手をかざし、呆然と立ち尽くしていた。
「いや、あの、援護射撃をですね……」




