天空山 4 トムside
「ちっ、もう天空山は目前だってのに、雲行きが怪しいぜ……トム先生、このまま進むか迂回するか決めてくれ」
シュルトが『視覚強化』の魔法で視野を広げ、指示を仰いで来る。
俺達、飛行隊は、行く手を阻む巨大な積乱雲に足止めをくらっていた。
「この程度、計算の範囲内だ。大気竜がいる所に積乱雲あり……どちらにしろ迂回するしか無いな」
積乱雲に飲み込まれれば、内部に発生する突風と雷に打たれて墜落は避けられない。死を恐れぬがモットーのシュルト飛行隊もその危険性を充分に理解していた。
安全なルートを見定め、進路変更しようと箒を傾けると、ブワッ!と、生暖かい風が天空山の方から流れて来た。
……道中には感じなかった、汚れた土混じりの奇妙な風だな。
「砂埃っすよ!」
「シュルトの兄貴、このまま飛んでも大丈夫っすかね?」
「トム先生がこの伐採クエストのリーダーだ。お前らと気合い入れて飛べ」
「「イエッサー!」」
シュルトと舎弟の双子がお揃いの飛行用ゴーグルを掛け、耐風を強化しながら警戒態勢で飛行する。
「気流が乱れてるな、気を付けろよ!あぁん……? おいトム先生! 向こうから誰か吹き飛んでくるぞ?」
揺れる箒を押さえ込みながらシュルトが叫んだ。
聞き間違いか? 人が飛んで来るだって?
ぐちゃぐちゃの土と草が、上昇気流に巻き上げられて体にぶつかって来る。その方向から人形の様な物体が力無く風に流されて宙を舞っていた。
箒から身を乗り出して目を凝らした。
飛んでいるにしては動きがおかしい……あれはまさか……っ⁉︎
「あれはウーリッドだ‼︎ くそ!何がどうなってやがる!」
腰に付けた重い伐採道具を投げ捨てながら、箒を乱暴に操作して一気に加速し、飛んでくるウーリッドの体をガッチリと両手で受け止めた。
「おい! 生きてるよな⁉︎ ひ、酷い怪我だ……すぐに回復の魔法をかけるからな!」
俺の魔法適正はCランク。もしもの時の為に、回復魔法の練習だけは普段から欠かした事がない!
ヒール光が華奢な体を包み込むと、みるみる内に傷が回復していく。
「……パパ」
薄っすらとウーリッドの瞼が開いた。
よかった……生きてる! 骨が折れているかも知れないが、致命傷じゃない。状況から察するに、大気竜に襲われたんだろう。
「ドミニクくん……が……」
「近くにドミニクもいるのか? どうやって俺達より先にここに来たんだ……シュルト飛行隊! 近くにドミニクがいないか探索してくれ!」
「良く分からんが任せろ! お前らもドミニクを探せ」
「「ラジャー!」」
シュルト飛行隊が三方向に散らばりながら、視覚強化を使って遠目から天空山を探索している。すぐに舎弟のボビーが手を上げてこちらに知らせを送って来た。
「居たっす! 池の方にドミニクが居る!」
池だと……あ、あれは……離れた所からでも一目で解る、20m級の大気竜の蒼い巨体が池の上を飛び回っていた。
それに向かう合うように、ドミニクが飛行魔法で水面に立ったまま浮かんでいた。
「トム先生! 離れていてください!」
あいつ、今俺の名前を呼んだぞ……あんな離れた所から、どうやって俺達に気付いたんだ?
「近付くなって言ってるぜ。ドミニクの野郎、今世に未練がないのか……」
山に大気竜が降りてくる異常事態だ、助けに行けば間違いなく全滅する。パーティの安全を第1に考えて行動するしかない。
「撤退だ、ドミニクの気持ちを汲んでやれ……」
「そんな……駄目だよ‼︎ きゃっ⁉︎」
必死の形相で叫ぶウーリッドを、力一杯、シュルトへと放り投げた。奴の箒ならウーリッドを乗せたままでも難無く飛んで帰れるだろう。
「おおっと! 危ねえ! トム先生、どうする気だ? 行っても死ぬだけだぜ」
「俺は教師だからな……生徒を置き去りにはできない。そいつは頼んだぞ」
「パパ! 待って!」
池の方向を見据え、覚悟を決める。
さてと、行きますか……。
勝算は無い、俺の魔法適性はそこそこ高いが、自分が冒険者に向いていない事は解っていた。大気竜なんかと戦えば、何も出来ずに情けなく死ぬな。
エリシアスに存在する竜族の中で、最も人間を殺している竜。それが、大気竜だ。
冒険者達から最強と恐れられる理由、手の届かない飛行領域から、一方的に地上の生物を喰らい、高い飛行能力を持つ他の竜族でさえも、大気竜の圧倒的な巨体の前に成す術が無い。
待ってろよドミニク!
池に向かって箒を加速させると、突然、周辺に積乱雲の様な真っ黒な雲が漂い始めた。
……この黒い雲は
「来ないで下さい‼︎」
再び、耳が割れそうなくらいにドミニクが叫んだ。さっきよりも増して、黒い雲が周囲に広がり、神秘的な稲妻の光をバチバチと放ち始めた。
「まさかこの黒い雲は……稲妻の魔法か?」
聞いた事がある。最強と恐れられた大気竜にも、唯一の天敵がいたって話を……。
『エリシアス・ライトニングドラゴン』落雷の魔法で翼を焼き払い、飛行能力を持つ全ての生物に、死の恐怖を与えた今は亡き古代の竜。
その落雷は、闇属性と雷属性を併せもった圧倒的な殺戮能力により、『集団殲滅魔法』と名付けられ、古代人の手によって書物に記録されたらしい。
もしも……あの魔法がそうだとすれば……。
水面に立つ、ドミニクの両手に包まれた稲妻が、闇を模した漆黒の稲妻へと変化する。
「集団殲滅古代魔法・
『ライトニング・エンドオブ・ワールド』」
突然、太陽が消えたかの様に、天空山を漆黒の暗闇が包んだ。
凄まじい魔力が空一面に広がっていく。
その異様な光景に俺は飛ぶ事をやめ……呆然と宙に漂った。
「嘘だろ……」
その一言を最後に、全身の全ての感覚が稲妻のズゴオォーン‼︎‼︎という轟音に飲み込まれた。
天変地異に見間違える程の、空気の震えが飛行隊を襲った。
「終わったのか……」
時間にして数秒、静けさを取り戻した天空山を見渡すと。池が干からびて陥没し、周囲が焼け野原と化し、ドミニクと対峙していた大気竜の姿だけが消え去っていた。




