天空山 3
結局、ずぶ濡れのまま伐採パーティの合流を期待するも。トム先生やシュルト飛行隊は一向に現れず、折れた箒は焚き火の燃料となり消えた。
普通なら何時間もかかる距離を一瞬で転移してきたんだ。合流にはもう少し時間がかかりそうだ。
「解析のリングにパパ達の反応は無い……まだ待つ?」
「いや、いつまでも待ってても仕方ないよ。僕達だけで辺りを探索するしかないね」
水魔法で焚き火を消し、乾いた制服を羽織って山の奥へと出発した。
ウーリッドが挙動不審に腕を掴んでくる。いつの間にか水辺には、貴重な飲み水を探しに来た魔獣達で一杯になっていた。
「ひっ! 怖い……」
「普通の動物っぽくて可愛いじゃん」
獣の声がする度に情けない声が漏れ、僕の腕がぎゅうぎゅうと締め付けられる。
ここは結界の外の自然地帯だけど、思ってたより全然平気だな……危険そうな魔獣に遭遇してた、襲ってくるどころか目を見ただけで逃げ出していく。
「また逃げた……まさか、魔獣達がドミニク君に怯えてるんじゃ……」
「僕じゃ無くてアレだよ、アレ」
空を指差すと、上空をひっきりなしに大気竜が飛び回っていた。
足を止め、傲慢に空を飛行する竜族を見上げる。
「ここは、奴らの住処みたいだね。気付かれたら纏めて上昇気流の魔法をくらうから、魔獣達も警戒してるんだよ」
「ここはドラゴンの住処……こんな近くで大気竜を見たのは初めて」
「でも、あの竜族は地上に降りて来ない無いらしいから、ひらけた場所にでなければ戦闘にはならないよ」
一説によると、大気竜は地上に着陸する事なく、上空でその一生を終えるらしい。
その裏付けがあるとすれば、蒼く滑かな鱗を持つ胴体の下部だ。そこには長いヒレの様な尻尾はあるが、歩く為の足が存在していない。
歩行しないなら地上に降りてくる訳が無い、ダチョウのぴーちゃんと同じで、訳あって体の一部を退化させたんだろう。
探索を進めながら暫く山を進むと、次第に大気竜の気配も無くなって来た。
木目の記憶を頼りに片っ端から木を探索していく。
ここは高度8000m、トム先生の情報によれば、この高度近辺に天空の木がある筈だ。
数十メートル崖下まで、デコボコの岩をジャンプしながら降りると、木々がまばらに生えた原っぱの様な場所に出た。
「桜の木がある……綺麗……」
僕達の眼前に広がる丘に背の低い木が沢山あり、風にピンク色の花びらを舞わせていた。
「忍の国の桜か、厳しい環境を耐え抜く為に進化したんだね」
前にカレンが、私の故郷になんかそれっぽいでかい山がある、とか言ってたな。この天空山は西の王都の先に位置しているので、麓に降りれば忍の国がある。
今は観光してる暇は無いけどね。
それから、目的の木を探して山を下るも見つからず。
再び落下地点の池まで戻り、池辺に座って休息をとる事にした。
「場所さえ解れば簡単なんだけどな、何か心当たりはない?」
「無い……私は伐採担当じゃない……」
この伐採クエストの難しい所は、天空山までの長距離飛行と、伐採した木の運搬方法にある。
転移魔法が扱える僕にとっては、木の種類と伐採場所さえ解れば、数秒で完了出来るお使いクエストに過ぎない。
池に石を投げて遊んでいると、遠くから塔の様に高い雲が流れて来て、天空山に影をかけ始めた。
「天気が怪しくなって来た……」
「あの大きさは積乱雲だね……雲底が真っ黒だ。じきに大雨が降るよ」
積乱雲は上昇気流によって発生する雷雲だ。どこかで大気竜が魔法を使ったな。
急に風が吹き荒れ、向こうの池辺で、水を飲んでいた1匹のイノシシの体が、フワッと不自然に浮き上がった。
反射的に、近くにいた動物達がバッ!と、蜘蛛の子を散らす様に走り出した。
「僕と同じ魔法だ……近くに大気竜が潜んでる。動物を狩りにやって来たんだ」
不穏な空気に、ウーリッドが空を見上げて叫んだ。
「何か飛んでくる……!」
宙に浮いたイノシシの足元から、シュバーン! と空気の曝発が起き、一瞬で上空へと跳ね上げた。
木に遮られてイノシシの姿を見失うも、空中からゴキゴキッっと骨を噛み砕く鈍い音に混じり、獣の鳴き声が聞こえて来た。
「あんなのが襲って来たらどうしよう……」
「すっかり曇ってきたね、何か不吉な予感がする」
パラパラと雨が降ってきた……積乱雲に大気竜か……確かに状況は悪い方に向かってるな。
「ここを離れようか。いざとなったら転移魔法で養成学校まで戻れば一一一一」
「ドミニク君! 危ない‼︎」
背を向けた僕にウーリッドの叫び声が聞こえた瞬間、漠然とした嫌な予感が当たり、大きな魔法陣が足元に現れた。
フワッと、宙へと誘われる僕の胴体に、ウーリッドが手を伸ばした。
「2連詠唱・『解除』&『探索』」
直後に、『解除』の魔法を使って足場の魔法陣を崩し、辺りに『探索』の光を飛ばした。
前方の池から周囲の大樹へ、更に積乱雲に届くまで、広範囲に渡って魔獣の気配を探す。
「……どこにも居ない、どこに隠れたんだ……」
「私も手伝うよ……解析の光……!」
池に方に近づき、解析の光を飛ばすウーリッド。
「どう? 魔獣の気配はある?」
そう尋ね、背後を振り返った直後にシュバーン! と上昇気流の爆発が起きた。
ウーリッドの華奢な体が、強引に空中へと跳ね上げられた。
「っ⁉︎」
「しまった! ウーリッド!」
今の衝撃で気を失ってる……迷ってる暇は無い、早く助けないと、大気竜は跳ね上げた獲物に空中で襲い掛かる。
思いっきり地を蹴ってジャンプし、ウーリッドへと手を伸ばした。
バシャーン!っと、水中から放たれた上昇気流の水の竜巻に全身を飲み込まれた。
「くそっ……水中に居たのか!」
罠に掛かったと言わんばかりに、水中に待ち伏せていた大気竜が僕を見上げていた。
「水で前が見え無い! 邪魔‼︎」
手刀を水の竜巻に打つけて消し飛ばすも、大気竜の猛攻は止まらない。水の竜巻が止めどなく襲いかかって来る。
水中を旋回する大気竜の隙をつき、遥か彼方に打ち上げられてしまったウーリッド目掛けて、転移魔法を描く。
「しつこい! こいつ……また僕の魔法を遮って来た」
まるで、僕が転移魔法を使おうとしてるのが解ってるみたいだ。いや、待てよ……ここが結界の外だって事を忘れてた。
「あいつは『知能型』の竜族か……」
水中から飛び出して来た大気竜の体当たりを片手で防ぐと、巨大な力の衝突にドン!っと周辺に重い音が鳴り響いた。
ウーリッドは箒が無いと飛べないし、全身に強い衝撃を受けてる。早く助けないと危険だ。
「水を自由に使う大気竜か、地上に降りないとは聞いてたけど泳ぐとは聞いてない!」
水面から、ザバーッと水を垂れながして体を出す、全身を蒼い滑らかな鱗に包まれた、20m級の大気竜が僕を無表情で見つめていた。
これ以上こいつに構ってる暇は無い、さっさと魔法で黒焦げにしてやる。
「そこを退けよ、これ以上は許さないよ」




