天空山 2
「本当に箒を使わずに飛んでる……」
ウーリッドが、眠そうなジト目で僕を見て呟いた。
「ウーリッドは箒無しで飛ばないの?」
「無理! うちの学校でそれが出来るのは……カルナ先生とイルベル教頭くらい……」
「そうなんだ? 幼い頃から飛行魔法を使ってるから、あまり難しいって思ったことないなぁ。それより、大丈夫? ここから加速ポイントに入るよ」
「うん……多分……」
ウーリッドのおデコから汗が流れ落ちる。
辛そうだな……顔も赤くなって肩で息をしてる。
初めは順調に飛行していたウーリッドも、高度2000mを超えてからは、空気中の魔力と酸素が欠乏し、体の動きが鈍りだした。
「なんなら僕がおんぶしようか?」
「おんぶ⁉︎ いい……は、恥ずかしいし……」
何、照れてるんだ……。
再び、箒に魔力を込め様としたその手を、強引に掴んで遮った。魔力はまだ残ってるみたいだけど、腕の筋肉が痙攣してる……もう上昇するのは無理だな。
「良いから乗って! 前に、君と同じくらいの背丈の子をおんぶして長距離を飛んだ事があるんだ。心配ないよ」
「う、うーん……じゃあ、お邪魔します……」
頬を染め、そわそわと落ち着かない表情で背中に乗って来た。
何照れてるんだ? さて、一気に行くか。
「行くよ……あ、待って! 大気竜がいる!」
「えっ……」
加速しようとして、視線を上に向けると、遥か上空を泳ぐ様に旋回する大気竜の姿を発見した。
こんな早く見つけられる何てツいてるな! 目的は杖の素材だけどボーナスポイントもあるだなんて、このクエスト2度美味しいぞ。
「は、早く逃げないと……! ちょっと、何で魔法陣を描いてるの……⁇」
「何って、大気竜を捕まえないと」
感情を剥き出しにして慌ててる……もしかして、大気竜が怖いのかな……? この子は大人しいし、カレンと違って爬虫類とか苦手そうだしね。
完成した魔法陣を力一杯、大空へと向けて放り投げる。
「2連詠唱! 」
上空に重なった2の魔法陣を見据えながら、飛行魔法で上昇していく。
第1の魔法陣を発動。
「初級魔法・『ジャミング』」
上空でビリビリと、妨害の電磁波が舞う。
竜族などの魔獣は、翼の力だけでは自身の重さを支える浮力を生み出す事が出来ない。その為『飛行』の魔法を使って空を飛んでいる。
妨害の魔法によって、翼の飛行魔法を乱してやれば地上に落とすの容易だ。
「初級魔法・『アトモスフィア・デスジャッジメント』verリバース」
第2の魔法陣を発動。
実はこの魔法はいつものジャッジメントとは違い、魔法陣の原理を逆さまに展開しておいた。吹上げの逆転、つまり『下降気流』の魔法となる。
「大気竜が降ってくる! このままじゃぶつかる……!」
落下してくる下竜めがけて、パパッと片手で魔法陣を描く。
「大丈夫だって。えーっと、少し大きめにしないと収まらないかなー。
古代魔法・『ワープ』」
現れた大きな転移の狭間に、大気竜がスッポン!っと気持ちのいい音を立てて、転移の狭間へと吸い込まれた。
良し! 素材ゲット!
「え、ええ⁉︎ 今のは転移魔法……⁉︎ おかしい……君、絶対おかしい……」
「そ、そうかな? 言ってなかったけど、何故か僕って古代魔法とか使えるんだよね」
後頭部に、人外を見るかの様な冷たい視線を感じる……首の辺りに荒い息が掛かってくすぐったい。
転移魔法は古代魔法だから、驚かれるのも無理ないけど、いい加減この反応も見飽きたな。
「さて、僕達も高度を上げるよ。トム先生達と距離を離されちゃったから、ちょっとペースを上げて音速で飛ぶよ」
「あの……空間転移できるなら、直接、天空山まで転移すれば良い……」
「それは無理だよ、転移魔法は目に見える範囲か、記憶を頼りに転移するんだ。僕は天空山に行った事がないからね」
ウーリッドはブレザーの内ポケットをごそごそと漁り、小型のハンマーらしき物を取り出した。
「これ、叩く事で記憶を伝道する呪いの魔導具……『メモリア・ハンマー』。0.1秒を静止画でしか遅れないけど……役に立つ?」
さすが魔導具部員だ、便利な物もってるな。
「うーん、どうだろう。ただでさえ位置のズレる魔法だからなぁ。やるだけやってみるか……」
つーか、あれでガンっとやられるのは少し抵抗がある。
「いくよ……えい」
コツンっと、頭に硬いものがぶつかり、一瞬だけ綺麗な湖の風景が頭に流れ込んできた。
この湖が天空山か……? 何とか転移出来そうだな。
「どう? 伝わった」
「いくよ!
古代魔法・『ワープ』」
※
転移の狭間から飛び出すと、瞬きする間も無く、バシャーン!っと水中に放り投げられた。
「ヤバい! 水面に転移したのか! 泳げるかいウーリッド!」
「のぉー‼︎」
見事に水没し、水中に沈んだウーリッドと箒を泳いで回収し、バシャバシャとずぶ濡れのまま池辺へと這い上がった。
「はぁはぁ……びしょ濡れだ……。一旦、火を起こそう」
池辺の近くに草木を集め、休憩がてらに焚き火を囲った。
ブレザーは木に干して、薄着のままシャツの水分を絞ると、ビチャビチャと水が染み出した。
「酷い目にあったね、陸の記憶を送ってくれないとダメじゃん」
「うぅ、ごめん……かなり寒い」
座ったまま周囲を観察してみる。
「へぇ、ここが天空山か……変わった山だな」
本来であれば、高度4000m以上にあの様な大樹は存在しないでも、この山は緑が生い茂っていて自然豊かだ。
高所に適応する為、独自の進化を遂げた植物や生物達が山の緑を守っている。
高山には森林限界と言うリミットがある。
高所に行けば行くほど、空気の圧力が少なくなり気温は下がる。この厳しい環境化では普通は雪山と化すか岩場となり、背丈の低い植物しか繁栄しないからだ。
「あの森の中に天空の木があるのかな? 探すにしても、トム先生達が居ないと厳しいね」
「私の箒と同じ木目の木を探せば良い……多分近くにある……」
そう言って地面に置いてあった箒を拾い上げたウーリッド、その顔がピリっと硬直した。
「箒に亀裂が入ってる……あぁ!」
飛行魔法の負荷に耐え切れなかったのか、天空の木で作られた箒が、ボキッ!と音を立て、真っ二つに折れてしまった。
え……もしかして、僕の転移魔法のせいか?




