天空山 1 トムside
「クエストの攻略方は把握したな? そろそろ、出発するぞ! 遅れるなよ!」
「「はい!」」
「「ヒィーホー!」」
手を振ってクエスト開始を告げた。
ドミニク、ウーリッドペアは素直に頷き、シュルト飛行隊は謎の雄叫びを上げた。
ん? 1人だけ箒を持ってない奴がいる……どういうつもりなんだ。
「待てドミニク。なぜ箒を持っていないんだ? 飛行クエストだって言っているだろう」
「僕は飛行魔法で飛ぶので大丈夫です」
平然とした顔で返して来た。
この子はこのクエストの本質を理解していないようだな。例え、飛行魔法が使えたとしても、箒無しでこのクエストを行うのは不可能だろう。
「そうか……途中で着いてこれなくなったら容赦無く置いて行くからな。
現代魔法・『フライ』」
垂直に立てた箒を両手で強く持ち、一気に飛行魔法を発動させた。
ドン!っと、穂先から放たれた飛行魔法が地面に衝撃を与え、勢い良く空へと飛び出した。
「分かってますよ、行くよウーリッド」
「うん……」
「俺達も出るぞ、シュルト飛行隊、GO!」
「「GO‼︎」」
全員飛び立ったな……まずはセオリー通り、垂直飛行だ。飛行開始から間髪入れず、高度をどんどん上げていく。
「目標は高度8000mだ。のんびりしている暇は無いぞ」
垂直飛行による風圧と左右に吹き荒れる風に耐えながら、両手でしっかりと箒にしがみ付いていた。
天空山は西の方角の遥か彼方、忍の国にある。
養成学校からだと、草原地帯からエリシアスの結界の外に出て、その先の王都から海を越えるルートが1番近い。
王都はエリシアスの外にあるが、川を挟んだ結界が近くに存在する為、魔獣の侵略もそこまで多くは無い。
しかし、天空山は、更にその先の未探索地帯に位置している。どんな魔獣が潜んでいるかも解らない以上、長居は出来ない。一応、俺も教師として生徒達の安全を守らないとな。
先導する俺に続き、そのすぐ斜め下に飛行隊リーダーのシュルト、続いて双子の舎弟が縦に並ぶ。少し離れた下方に、ドミニクとウーリッドの学生コンビが、仲良く並んで飛んでいた。
「あいつ、本当に箒無しで飛んでやがる……」
「シュルトの兄貴! あいつ、なかなか気合い入ってるっすね!」
箒を持たずに飛行魔法を使い、ケロッとした顔で後をついてくるドミニクに、その場に居た全員が息を飲んでいた。
「安定してるな、どうやって魔法を制御してるんだ……」
職員から散々、新入生に規格外の天才がいると聞かされ半信半疑だったが、それが今、確信に変わった。
シュルトが加速し、俺の隣まで高度を上げて来た。
「トム先生、いま高度は幾つだ?」
「自分の測定器を見てみろ……人間が生身で飛行できる限界高度は優に越えてるがな」
チッ! と舌打ちで返し、風圧に鶏冠を揺らしながら、柄に埋め込まれた銀のリングに右手を伸ばす。
シュルトとビクターの箒には、普通の箒には無い、専用の測定器が取り付けられている、触れたリングから高度を読み取った魔力が数字となり、空中に投影される仕組みだ。
「し、信じられねぇ! 高度2800mを生身で飛んでやがる……俺の測定器が壊れてんのか?」
「限界高度か……俺達とは違う、何か別の飛行魔法を使ってるのかもな、じゃ無ければこの高度を安定して飛べる説明が付かない」
高度に比例して魔力の消費率が上がり、反比例して空気中の魔力が減少する。この悪条件により、人間には絶対に超えられない限界高度というものが存在している。
生身で飛行可能な高度は1000mまで、それ以上の飛記録は過去に無かった。
それに、飛行魔法は浮かぶ為の『重力操作』と、推進力を得る為の『空気の圧力操作』、この2つの魔方陣を組み合わせた魔法だ。
飛行魔法を箒無しで使うには、賢者クラスでも難しい2連詠唱を使える者に限られる。
仮に飛べたとしてもすぐに力尽きるだろうと、誰もがそう思っていただろう。
しかし、限界を越えてもまだその勢いは衰えず、既に高度は加速ポイントの3000mにまで差し掛かっていた。
「もうすぐ加速ポイントに入る、一気に行くぞ! 列をバラして最高速度まで加速しろ!」
後方へ手を振って合図を送ると、シュルトの舎弟の双子がゴーグルを下げて謎の雄叫びをあげた。
「ひぃーほー‼︎」
「ひゅるるる!」
ここから先の加速エリア、高度3000mからは暴風が吹き荒れる。俺がドミニクを必要以上に引き止めなかった理由がそれだ。
加速の魔法で一気に突き抜ける推進力が無いと、風圧に耐えきれずにリタイアする事になる。
箒の穂先から風の魔法が発生する為、巻き込まれない位置まで、バラバラに散って距離を取る
ブォォン‼︎ と、箒から更に大きな風魔法が吹き荒れ、飛行隊が弾丸の様に空気の壁を突き破って加速する。
やはり、この速さには着いてこれないか……。
下を視線を向けると、飛行隊の3人以外の姿が無かった。
シュルトが鶏冠ヘアーを掻き分けながら、心配そうな声を上げた。
「トム先生! あいつら着いてこれてねえぞ、良いのかよ?」
「構うな、最初に容赦無く置いていくと伝えて置いただろう……行くぞ!」
「チッ、気合い入れろよドミニクの野郎……」
「「ヒィーホー!」」
それから更に上昇を続け、数分後には高度6000mに達していた。
だいぶ安定して来たな、もう大丈夫だろう。
暴風エリアを抜け切り、安定飛行で雲を貫きながら上昇する。
突然、ユラっと、巨大な影が雲の向こうに現れた。
「やべーっすよ、シュルトの兄貴! 雲の向こうに巨大な影が!」
「た、大気竜が潜んでるぅ!」
一瞬だけ。雲の隙間から蒼い爬虫類の頭部と翼の一部がはみ出し、唸り声が鳴り響いた。
圧倒的な獣の気配に手が震え、背筋が凍りつく。
「流石に何回、見ても慣れないな……この高度で襲ってくる可能性は低い、取り乱して攻撃魔法を放ったりするなよ」
大気竜は、地上にいる獲物に上昇気流の魔法を使って襲い掛かる。同じ高度を飛行する生物を餌と認識する習性はないだろう。
《グオオォォ‼︎》
突然、大きな唸り声に耳を打たれ、体がよろけた。
「な、何だ⁉︎ 大気竜の動きがとまってる……」
大気竜がピタっと不自然に動きを止めた。何かを警戒しているようだ。
一旦、上昇をやめ、周囲の気配を探っていると大気竜の体を隠していた雲が外へと流れていった。
シュルトが視覚強化のゴーグルを使い、大気竜の姿を遠方にハッキリと捉えていた。
「何だか妙だぜ……大気竜が動かねぇ、俺達を警戒してやがるのか?」
ドミニク達の離脱を決定したその時。足下から飛んでくる大きな魔力を感知した。
「シュルト! 下から魔力を感じる……あそこに光の玉が見えないか?」
確かに小さな光が、光速で上空へと向かって来ていた。
光の砲弾が飛行隊の下方で拡散し、消滅したかと思うと、一瞬で縦に並んだ2つの巨大な魔法陣へと変化した。
「なんだありゃ⁉︎ 誰かが魔法陣をぶん投げやがった!」
「あの魔力波はドミニクか……これは、妨害の魔法だな……触れると飛行魔法が乱れて危険だぞ! 距離を取れ」
「「ひぃー、」」
周囲の雲が曇り、妨害の光がビリビリと電気の様に走っている。
飛行魔法にダブルキャスト、そして天空魔法陣か……あいつ、一体、何者なんだ? ルーシス校長から何も聞かされてないぞ……。
巨大な天空魔法陣が輝きを放ち、シュバーン!っと凄まじい風が発生した。
大気竜の巨体がどんどん地上波へと引きずり下ろされていく。
「今度は下降気流が発生したぞ! かなり、高度を上げたってのに悪天候だな……」
ここに留まるのは危険か、先へ急ごう。




