ここまでif
「もう我慢ならん、忌々しい死霊薬を消し去るぞ」
「私も手伝おう」
学会メンバーが、黒い煙を放つ瓶を取り囲み、浄化の魔法で水に戻していく。
死霊薬は禁じられた薬品であるにも関わらず、エリシアスにある希少価値の低い毒草から、結構簡単に作る事が出来る。エリクサー版の効果は試してないけど、同じ様に動く屍が生み出されるのかな。
「離せ! 私は騙されただけなんだ! 薬草研究会のガキどもを連れて来るのだ!」
抵抗する間も無く、騎士達に取り押さえられ、ギャーギャーと喚くウェルソン教授。
「レシピを盗んでおいて、良くあんな事が言えるよね」
「フォローの言葉も見つからないなぁ」
王都に来てからこれで2人目だ、また汚い大人に出会ってしまったと、そんなジト目で僕達は教授を見つめていた。まぁ、学会の場で禁薬を作った罪は重い、良くて終身刑、最悪極刑かな。
王子らしき人が、地に伏せられた教授に近づいて行き、失望の目を向けながら声をかけた。
「ウェルソン、学生から盗みを働くとは愚かな男だな……」
「え、エドワード王子……な、何故それを!?」
「全てお見通しだ、こいつを牢獄にぶち込め!」
合図により、騎士達が教授を引っ張り上げ、部屋の外へ強制連行して行く。やっぱり、あの人がエドワード王子か。
ジッと、王子の方を見つめていると。突然、僕達の方へクルッと振り返り、怪しく微笑んだ。
「そこの2人、もう出て来て良いぞ! レヴィア、隠蔽の魔法を崩せ!」
「はいです! 行きますです!」
どこかで見たような赤髪の女の子が杖を振ると、透明化している僕達へ向けてバシャーン!と、水の球体が飛沫を上げながら飛んで来た。
いつの間に魔法を……? やるね、あれで正解だ。
光を曲げる光学迷彩の魔法は、解析や探索の魔法を跳ね返す。
隠蔽を崩すには物体に色を付けるか、あの様に水をかけるのが手っ取り早い。他にも拡声の魔法を使い、対象の足音を大きくするって手もあるけどね。
冷静に分析していると、全身にバシャーン!と水が浴びせられ、隠蔽の魔法がバチバチと弾け飛んだ。
「……初めまして、エドワード王子。いつから気付いてたんですか?」
「うぅ……びしょ濡れだよ」
なんとか冷静に言葉を返したけど、内心はかなり焦っていた。不意打ちで放たれた水の魔法と、そこに現れた僕達、どう見たって侵入者だし!
「気付いていたのは、そこに居るレヴィアだ。心配しなくても良い、ルーシス校長から話しは聞いている」
水魔法を放った魔法師の女の子が、テヘッと申し訳無さそうにこっちを見ていた。
「校長から? って事は、僕達が学会の参加者だって知ってるんですか?」
コクリと頷くエドワード王子を見て、ホッと胸を撫で下ろした。
ずぶ濡れの僕達を見つめるエドワード王子の後ろを、ダメ教授がズルズルと白衣を引っ張られ、騎士達に強制連行されて行く。
「あああぁ、学生どもを捕らえろ! 犯人はあいつらなんだぁ」
「犯罪者が虚言を吐くな! 牢獄で反省しろ」
あーあ、最後の最後まで謝罪は無しか、残念ながら同情の余地は無いね。
※
「何て輝きなんだ……これが本物の神聖ポーション」
「神だ……これは神の仕業だ」
「まさにゴッドだ、ゴッドが降臨した」
僕がたった今再現したエリクサーを、研究者達がしつこい位に褒め称えていた。ゴホンと、咳払いをし、エドワード王子が場を仕切る。
「あー、改めて場を仕切らせて貰う。そこの養成学校の2人が、エリクサーのレシピを発表する予定だったんだが、トラブルがあってな……」
僕達も学会の席に着き、エドワード王子の話に耳を傾けていた。ダメ教授が居なくなったので、部屋から雑音が消えて落ち着く程静かだ。
教授の悪巧みは王子に筒抜けだった様で、エリクサーのレシピを盗まれた所に始まり、一部始終をみんなに説明してくれた。
牢獄行きのウェルソン教授には、重い処罰がかせられるらしい、まぁ王子の顔に泥を塗ったんだ、極刑じゃ無い事をせいぜい祈るしかないね。
「と言うわけだ。さてと、本題に入るか。ウェルソンがいなくなった以上、新たな王宮調合師をこの中から選抜するわけだが」
何だか嫌な予感がして来たぞ……まさか、エリクサーのレシピを再現した僕を、王宮調合師に任命しようって方向じゃないよね?
「見事にエリクサーのレシピを再現して見せた、彼を王宮調合師に任命しようと思うのだが、異論はあるか?」
やっぱりそうなるのか……元を辿れば部の存続の為にエリクサーのレシピを開発した訳だし、SSSランクに続き、そんな面倒くさそうな称号はいらない。
「ちょっと待ってください、異論はありますよ、僕まだ学生なんですけど……」
王子は爽やかに笑い、それが何か? と、言わんばかりの態度だ。
「たまに王宮の調合室に来て、研究の手伝いをしてくれるだけで良いんだ、駄目か?」
「凄いよドミニク君! 王宮調合師になれば薬草学の試験免除になるんだよ」
「それはそうなんだけど……」
結局、学会参加メンバーの一存の元、僕は王宮調合師の称号を得る事となった。
これに伴い、薬草、及び調合師の資格で最もランクの高い『1級調合師』の資格が冒険者カードに刻まれた。この資格があれば、もう誰の許可無くとも薬品を製作、販売する事が可能だ。
そして、肝心のエリクサーの件だけど、案の定、作り方を間違えると死霊薬が出来てしまうと言う事で、議論が成された末、一部の優れた調合師のみが扱える、特級の薬草として認定される事となった。




