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王城の一室にて学会が始まり、参加者達が机を囲んで熱心に議論を繰り広げていた。
部屋の隅では、何かの動きに合わせて壁の煉瓦がグラッと揺れていた。
「始まったね、あんまり動いちゃ駄目だよ」
「あわわ、本当にバレてないよね……?」
レシピを奪われ、騎士達に追い詰められたドミニクとアイリスであったが、隠蔽の魔法により姿を眩ませ、会場に身を潜めていた。
エドワード王子を中心に、責任者のウェルソン、その他の研究者。護衛を務める騎士、数名が部屋の片隅に立っていた。
「あの! その、いえ……何でもありませんです!」
その内の1人、見事な姿勢で敬礼をするも、腑に落ちない顔で発言を辞めた、赤髪の少女、王宮魔導師のレヴィアが居た。
過去に、王都の乗船場にて20人パーティの指揮を取り、大気竜を退けた実績を待つ16歳の天才少女。彼女だけが、ほんの僅かな隠蔽の魔法の気配を感じ取っていた。
「気配がします……でも間違ってたら嫌ですね……」
しかし、その性格から曖昧な発言は控えていた。
新薬が次々と発表されていく。ここでは完成品を見せるだけでなく、レシピの発表と調合の実演まで行う。
発表者となる全員が、調合及び、薬草学に関する天才と呼ばれる者達だ。方向性は違えど、エリクサーに劣らない薬品ばかりが発表されていた。
「調合界に革命を起こすのは、王宮調合師であるこの私、ウェルソンだ……」
今日の結果次第では、新たな王宮調合師が任命されてしまう。ウェルソンは他の研究者の発表には目もくれず、薬草研究会から奪ったケースの中身を確認しながらブツブツと呟いていた。
フタを開けると、ガラスの内蓋に密封された土の上に、レッドハーブと毒霧を放つ興奮草が並んで生えていた。
「汚染された事により、レッドハーブがエリクサーへと変わるのか……」
この程度の事であれば、近い内に自分もエリクサーのレシピに辿り着けたであろう。たまたま、あの少年達に先を越されてしまっただけだ、実力で劣っていた訳ではない。
そう悔しがり、レシピをグシャッと握り締めた。
学会も終盤を迎え、遂にウェルソン教授の番を残すのみとなった。転売品のエリクサーを机の上に置き、我が物顔で演説を始めた。
「前座は終わりだ! 私が発表する新薬は、このエリクサーだ!!」
「何だと!? 遂にレシピが完成したのか?」
一斉に研究者達が立ち上がり、飛び出した新薬の名に、場が騒然とする。
「調合界の歴史が変わる快挙だぞ!」
「待て! 再現がまだだ、エリクサーを手に入れるだけなら誰にでも出来る」
「しかし、あの鮮度はどう見ても作ったばかりの物だぞ……」
得意げにケースからレッドハーブを抜き取り、恍惚の表情で丸ごとすり潰し、聖水の入った瓶に投入する。
「まぁ見ていたまえ、歴史が変わる瞬間だ」
ウェルソンの調合の魔法により、聖水がグツグツと煮えたぎって行く。
エリクサーの完成も間近と余裕を見せた所で、ウェルソンは自分の犯したミスにやっと気が付いた。
聖水が不気味な黒に変色し、ドクロ型の煙を吐き出し始めていた。
「な、何だこれは……待ってくれ……」
まさか、レシピが間違っていたのか!? と、潰したレシピを再確認し、一瞬でウェルソンの顔が凍りついた。
「しまった……毒素を取り除く必要があったのか……!?」
会場の空気が、不吉な物へと変わる。
「ドクロの霧? あれはネクロマンサーの禁薬の1種だぞ……奴は馬鹿なのか?」
「教授は何を考えているのだ、称号剥奪だけでは済まされんぞ……」
「ウェルソンの奴、エドワード王子に不満が溜まっていたんだな……」
必死にドクロ型の煙を手で払い、誤魔化そうとするも、学者たちから罵声が飛び交い遮られた。
「ち、違う! 私じゃない! 聞いてくれ、はめられたんだ!」
※
あーあ、ちゃんとレシピを最後まで読まなかったな、忠告したのに再現しちゃったよ。
呆れる僕の耳元で、アイリスが囁いてくる。
「ドミニク君、あの薬品ってもしかして……」
「多分、思ってる通りかな。あれは調合会の禁忌ポーションの内の1つ、死霊薬だよ」
「やっぱり……ネクロマンサーの禁薬だね」
薬草には絶対に組み合わせてはいけない物、いわゆる禁忌のレシピが存在する。
『死霊薬』は、過去に死霊魔術師と呼ばれる犯罪者の集団が使っていたとされる禁薬だ。
生物に飲ませる事で動く屍と変え、意のままに従える事が出来る。人間にも効果があるこの薬は、人道的観点から禁忌とされ、レシピを再現、公開する事は重罪に当たる。
エリクサーは回復薬と毒薬の特性を、背中合わせに持つアンバランスな薬品であり、何も知らない調合師が丸ごとハーブを投入すれば、ゾンビポーションが出来上がる。
そもそも遺伝子組み換え草は、顧問のルイス先生が調合の魔法で作り出した物だ。
興奮効果のある興奮草に、鎮静効果のある霧吹草を掛け合わせ相殺し、興奮草の持つ回復効果だけを残す事が目的だったと思われる。
そうして偶然作られた遺伝子組み換え草が、レッドハーブを汚染し、エリクサーを生成できるハーブに変化した。
今回、僕が用意したハーブは、ルイス先生と同じ手順で作った遺伝子組み換え草に、レッドハーブを汚染させた新たな物だ。
「でも何で同じ薬草から、死霊薬なんて出来たの? ゾンビポーションが出来る筈じゃない?」
「多分、調合魔法のせいかな」
ただ混ぜているだけに見えるが、調合は術者の魔力に大きく作用される立派な魔法だ。
ルイス先生が作ったハーブに毒素が混ざると、ゾンビポーションが出来てしまうけど、僕の作ったハーブに毒素が混じった場合。毒薬のエリクサーとも呼ばれる、死霊薬が完成してしまう。
さて、王族の前で禁薬を発表するなんて、称号剥奪どころの話じゃないぞ。そろそろ僕の言った言葉の意味にウェルソン教授も気付いたかな?
教授は全身が震え、顔面から大量の汗が噴き出して今にも倒れそうだ。
「こここ、これは、不味いぞぉぉ……ぁぁぁ……」




