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無事に王都に着いた事を知らせる為に、一旦、ギルド本部へと向かった。
遺跡にロビーがあるエリシアスとは違い、ギルドの本部はレンガ製の城の様な外観をしていて、都の中央の通りに面した所にドンッと構えていた。
一応、僕はギルド本部の職員という事になっている。受付の人に意味深な目で見られながらも、ぎごちなくその旨を伝え、本部を離れた。
「良し、今度こそ王都観光に行こう!」
「おー!」
王都はとにかく人で溢れ、騒がしい。目を離せば道行く人にぶつかりそうになるので、逸れないようにアイリスと手を繋いでせっせと進む。
「かぁー! 美味え! もっと酒を持って来い」
「酒だ、酒ぇ! あと肉と酒!」
店先のテラスに設置された、加熱用の鉄板に火の魔法を使い、豪快に魔獣の肉を焼いて食べる冒険者達。住民達はエリシアスと変わらず、荒くれ者が多いんだな。
見ての通り、この国の主食は魔獣の肉で、たまにお米なんかも売っている。海を挟んだ先に、親交の深い忍の国があるからだ。
船で川を下って来たのもそうだけど、造船技術のレベルが高く、近隣国との交流もそこそこに、魔獣を抜きにすれば平和な国の様だ。
「服屋がある、ちょっと買い物してこう!」
「やった! 可愛いお洋服買いたい!」
お洒落な服屋を見つけて意気投合し、エリクサー販売で手に入れたお金を、ここぞとばかりに使い込む。
お邪魔した店内の奥に飾られていた、古代模様の黒い魔導ローブを気に入ったので20万Gで購入した。養成学校に通い出してからは、毎日制服で出歩いているし、王都には学生が居ないのでさすがに目立つ。
アイリスも、ブランド物の紺の魔導ローブを高値で購入し、2人でローブを羽織って、店内にあった鏡の前で見栄えを確認する。
「どう? このローブならそんなに目立たないかな?」
「うんうん、これなら王都に溶け込めるよ」
怪しい学生2人から、普通の冒険者っぽい感じになった。気付かない内に、大量に袋に詰められたアイリスの洋服を収納の魔法で保管し、再び外に出て、年甲斐も無くはしゃぎながら、露店の肉を食べ歩く。
「これ美味い! 何の肉かな?」
「豚肉だってー、そろそろ学会だよ、学会ー」
お腹も満たされ、王都を満喫していたら、あっという間に時間が過ぎていた。ダチョウ君に乗っていた商人に交渉し、王城近くまで馬車で送って貰う。
都の中央から少し離れた道中、街中に魔獣の死骸がゴロゴロと転がっていた。
「うわっ、あちこちで魔獣が死んでますね」
「エリシアス地帯だと珍しいのかい? 王都なら普通の事だよ」
そう言って、馬車を引くお兄さんは気にした様子も無く、軽快に馬を走らせていた。
暫く石畳を進むと、商店などの建物も無くなり、城壁がすぐ近くに見えて来た。
「お、おっきいよ! あそこが学会の会場!?」
巨大な城壁を地上から見上げる、ここがエリシアスの国の王城だ。馬車から降り、検問を受ける為に、鎧を着た門番の騎士に声をかけた。
「こんにちは! 養成学校から学会に参加しに来たんですけど」
「ああ、話は聞いている。ここに立ってくれ」
アイリスは警戒しているのか、僕の背後に隠れたまま少し頭を下げた。支持された場所に立ち、その場で解析の魔法をかけられた。
「荷物は無いのか……? まぁいい通れ。会場は王城1階の会議室だ」
「はい、ありがとうございます!」
門を抜けると、広大な緑の庭に圧倒され、本当に僕達が入っても良いのか解らなくなって来た。
王城入り口へと続く、長い石畳の通路を警戒しながら歩く。
「うわ、あっちにも見張りがいる……怖いよー」
広い庭に生えた芝生の上を、馬に乗った騎士が巡回していた。
「僕達みたいな庶民には、威圧的に感じるかもね。騎士は身分の高い人達だから」
通路を進み、王城の1階の大理石の広間に入る。会場行きの看板を頼りに進むと、すぐに会議室が見えて来た。
「あの部屋が会場かな?」
「遅刻かもー、早く行こう!」
※
王城の広間にて、薬草研究会の到着を待ちわびている男がいた。
流れた長い紫髪が片目を隠し、痩せ細った青白い腕で、白衣のポケットに片手を突っ込む研究者。
この学会の責任者、王宮調合師のウェルソンだ。
王宮調合師の称号は、最も優れた調合師に王族から与えられる、名誉ある称号だ。その上、ギルドでは薬品販売に関する制限事項の、資格取得に必要な試験を全て免除される。
白衣のポケットから、裏ルートで買った50万Gのエリクサーを取りだし、その才能を嫉妬の目で見つめる。
「この研ぎ澄まされた浄化の魔法は……本当に、このエリクサーを学生が作ったのか……」
ウェルソンも調合の天才だ。故にこのエリクサーが、規格外の調合師に作られた事は一目で理解していた。
疑って掛かるも、養成学校から送られて来た学会の参加申請書類には、新薬品、エリクサーと確かに書かれている。
「ウェルソン、学会の準備は上手く進んでいるのか?」
急な呼びかけにエリクサーを隠し、バッと振り返る。
金髪に聡明な眼、王族の衣装に赤いマントを羽織った青年が、ウェルソンの前に現れた。
青年の名はエドワード。エリシアス地帯を含む、この国の王子だ。王宮調合師の決定権を持ち、ウェルソンを推薦したのも彼だった。
「は、はい、エドワード王子、全く問題ありません」
「そうか、俺は会場には後から向かう、ちゃんと参加者の案内をしておけよ」
「かしこまりました!」
エリクサー調合の研究を任されて数年、ウェルソンは成果を出せずにいた。仮に誰かがエリクサーのレシピを発表しようものなら、確実に自分の王宮調合師の称号は剥奪されてしまう。
「相手はたかだか14歳の子供だ。脅してレシピを奪ってしまえば良いのだ」
ウェルソンは行動に出ていた。通信魔法が鳴り、金で雇った門番の騎士から連絡が入る。
「レシピは手に入ったか? 何? 荷物を持っていなかった? どういう事だ……」
そんな筈は無い、参加者は必ずレシピを持って学会に参加してくる。
焦るウェルソンの前に、丁度、ローブを羽織った学生2人組が、会場へと続く通路に現れた。
予定通り人の気配は無い、事前に薬草研究会の参加時間だけを、ウェルソンが書き換えていた。
空かさず駆け寄って行き、企みを隠して声を掛ける。
「君達が薬草研究会かね? 学会責任者、及び王宮調合師のウェルソンだ、よろしく頼む」
薬草研究会の2人が、白衣から差し出された手を順番に握り返す。
「君達の話は養成学校から聞いている、そうだ、エリクサーのレシピを見せてくれないか?」
さり気無くレシピを出す様に促すと、少年が見慣れない黄色の魔法陣を描き、何も無い空間からケースが現れた。
「まさか今のは転移系の魔法か?」
はい! と元気よく頷いた真っ直ぐな瞳には目を合わさず、ケースを持ったまま罪悪感に苛まれた。
「いや、私の勘違いだ。ご苦労だったな……君達にもう用は無い」
思いも寄らぬ言葉に不穏な空気が流れ、剣を持った護衛の騎士が2人へと迫って行く。
突然の事に動揺し、足が止まった少女の手が、騎士達から守られる様に引っ張られた。
「追いかけるぞ!」
通路の角を曲がる2人を追いかけ、ウェルソン教授達が走る。
その先の、行き止まった壁に背を向け、棒立ちのままの少年が呟いた。
「ウェルソン教授、そのレシピ……再現しない方が良いですよ」
そう言い残し、ユラっと景色が歪んで2人の姿が透明になって行く。
「消えた……一体どこへ……? まぁ良い、見つけたら捕らえるように他の騎士達へ伝えろ。今から学会を始めるぞ。レシピを再現するなだと? 何かあるのか、いや、咄嗟に出た虚言だ」




