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「がははっ! 金はあるだけ使えっ!」
聖薬の恵、店長、マルコの景気の良いダミ声が、店内に響き渡り、愛犬のチワワがキャンキャンと床を駆け回る。
いつもと違う騒がしい光景に、掃除の手が止まったままのアルバイトの2人が、噂話に花を咲かせていた。
「店長の奴、やけに羽振りが良いな」
「ああ、エリクサーのお陰だろ? それより、この店内に散らかった犬の毛を誰が掃除すると思ってんだ……」
この数日間、聖薬の恵の様子がおかしい。
元々は、外観の通りの民家風の質素なお店だったが、ある日を境に店内の装飾を黄金に変え、高級なチワワと運搬用のダチョウを買い揃えた。
「がははっ! ちゃんと掃除しろよー、金は払ってるんだからなぁ」
「へいへーい」
「へーい」
この店は、見た目こそちゃんとした薬品店に見えるが、店内に置かれている薬品類、香辛料から果物まで、その全てが他所のお店から買った転売品だ。
店長、マルコは相場を把握し、わざわざエリシアスと王都を行き来して、金になる商品を集めていた。
ギルドの許可を通し、保証を受けた商品を転売する事は違法行為に当たる。
しかし、薬草調合が栄える王都では、ギルドの許可通さないのが一般的で、保証のない物を転売しても違法にはならない。
そこに目をつけたのがこの男、マルコだ。彼には商人の才能が無かったが、腕利きの転売人であった。
王都の薬品の相場は、エリシアスの半分以下だ。質の良い薬品を王都で安く買い、船で川を上り、エリシアスで高値で転売する。
初めはそのやり方で地道に転売を続けていたが、ドミニク達がエリクサーを大量販売した事で、相場が逆転し、今度は王都でエリクサーを転売し始めた。
「ふぃー、最高のワインだ」
エリクサーは研究者達に高値で売れる。仕事中にも関わらずワインを飲み干し、黄金のファーの付いたコートを羽織ってセレブ気分を味わう。溢れ出すお金に、マルコは完全に調子付いていた。
葉巻を咥え、煙突の様に煙を吹き出すと、忘れようとしていた薬草研究会の事が頭をよぎる。
「ぐぬぅ、思い出しただけでも腹がたつ……あのガキども! ふぅー!」
草原地帯の薬品販売勝負にて、薬草研究会に完膚なきまでに叩きのめされたマルコは、売れ残ったレッドポーションの在庫処理に胃を痛めていた。
最初は逆恨みで始めた違法転売であったが、徐々にマルコの感覚は麻痺し、その行動は大胆になっていった。
要はバレなきゃ良いんだ! と、カウンターの下から取り出したエリクサーの瓶を見つめ、悦に浸る。
「これさえあれば、俺は無敵だ……ん? 何だこの番号。よく見たら瓶の裏に数字が刻まれているな? まぁ良いか、がははっ!」
※
聖薬の恵の庭に入り、ガラス窓に張り付いてこっそりと店内を覗き込む。
「どーお? 見える? 店長はどんな人??」
「良く見えないよ、犬と何人か従業員がいるみたいだけど」
天井が高く、開放感のある店内。中央に置いてある机の上にカラフルな瓶が並んでいる。奥のレジにいるのが店員か?
このままじっとしてても仕方ない、店内に潜入しよう。
入り口のドアノブに手を掛け、扉を引くと、チリン!と鈴音が響き、同時に奥から陽気な声が聞こえて来た。
「いらっしゃいませ~」
店員のおじさんは僕達の方を見向きもせず、ワイン片手に台の上に広げられた雑誌を読んでいる。
あれ? あの店員の顔、どこかで見た事あるぞ……
アイリスも店員の正体に気付き、お互いに目を合わせ頷き合う。
「あの人、露店の時に隣にいたおじさんだよ!」
「どっかで聞いた店名だと思ってたんだ、まだ僕達には気付いてないみたいだね」
販売勝負に負けた腹いせかな? 以前合った時よりもセレブな格好をしているけど、あの顔は間違いない。ギルド相手に転売とは怖いもの知らずだなー。
外を見るフリをしながら視線を外し、さり気なく店内を見て回る。
正面の机に並べられていた、カラフルな粉末の入った瓶を手に取り観察する。
「なんだこれ? 怪しい粉だね。調味料か何かかな?」
「料理に使う物だよ、フルーツパウダーに砂糖も置いてあるみたい」
アイリスが両手で持っているのは、500gの砂糖の入った瓶だ。この国ではそんなに珍しい物じゃないけど、この薬品店は果物と甘味料まで販売してるのか?
「どう思う? 薬品の販売はやめたのかな」
「きっと転売したエリクサーで売上を賄ってるんだよ! 許せない……」
レジに飛び出して行きそうなアイリスを宥めて、様子を伺っていると、タイミング良く会計の方から魔導通信機がピピピと鳴った。
「チャンスだよ、レジの前まで行こう!」
「うん!」
レジ台の前にしゃがみ込んで隠れ、通信の声に耳を立てる。アルバイトらしき人達の不審な視線を感じるけど、今は仕方ない!
「もしもし、聖薬の恵だ……ああ、建築業者か、第2店舗の方はどうなってる?」
へぇ、第2店舗を建てるのか。経営が波に乗ってるみたいだな。
「がははっ、金なら問題ない! すでにうちのエリクサーに予約が殺到してるからな!」
僕達が隠れているとも知らず、暫く金金と、汚い話が続き、ガチャっと通信機が切られた。
顔を上げたおじさんを、僕達が鋭い目で見下ろしながら待ち構えていた。
「こんにちは! ギルド関連の品を、転売するとは良い度胸ですね!」
「露店ではお世話になりました、ふふっ」
一瞬時が止まり、ガタンゴトン! と椅子から転げ落ちたおじさん。
「おおお、お前ら!? 何で王都に居るんだ!?」
反応を見る限り転売で間違いないな。顔面から見る見る内に大量の汗が噴き出して来た。
「学会ですよ、僕達も調合部門で参加するんです」
「学会だと!? まさか……エリクサーのレシピを公開するつもりなのか!?」
「その通りです、今日を持って転売もエリクサーの販売もお終い。さっき第2店舗がどうとか言ってましたね?」
恐らく、転売したエリクサーの売上で第2店舗を建てる気だな、そうはさせない。
おじさんはよく回る口で言い訳を始めた。
「お、俺が転売したって証拠はあるのか? 店頭に置いてあったエリクサーが、お前らが作った物だとは限らねえだろ!」
「いえ、僕達が使ってるエリクサーの瓶には『製造番号』が刻まれています。冒険者カードを登録してるなら、誰が買ったかまで解りますよ、なんなら調べてみましょうか?」
「そんな馬鹿な……ま、待て! 確かに転売は犯罪行為だが、このエリクサーには100万Gを超える価値があるんだ、相場を壊してるお前らにも問題があるんだぞ!」
案の定、論点をズラして来たか。その事なら販売前にアイリスと話し合って決めたから、他人にとやかく言われる覚えはない。
「転売に価格は関係ありませんよ、それに販売者には価格を決める権利があります」
「そうですよ! 私とドミニク君が製造者で販売者なんです!」
「ぐぬぅ…………」
僕とアイリスの追求に言葉を無くし、子供の様にいじけて、俯いてしまった転売おじさん。
「黙ってないで、何か言ったらどうなんですか?」
「…………うるせぇ! バーカ!!」
おじさんが尻餅をついたまま、ガン!っと力任せに会計台の下を蹴ると、店内に警報の魔法がビービー!と鳴り響いた。
「火事か!? 逃げろおお!?」
警報に驚いたアルバイトの2人がダッシュで店外へと逃げ出して行く。おじさんは会計台の下から護身用の小型の杖を取り出し、僕へと向けて突きつけて来た。
「論破されて逆ギレなんて、大人として恥ずかしくないんですか?」
「そーだそーだ! やっちゃえドミニク君!」
「こっちは新店舗の為に、この店を担保に入れてんだ! 恨むなよ小僧、エリクサーのレシピをよこせ!」




