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伐採クエストから一夜明け、学会当日の朝を迎えた。
今、僕が立っているのは、近所の商店街の手前にある見慣れた公園の広場だ。薬草研究会としてエリクサーを販売する事数日間、悪い予感は外れ、何事も無くこの日を迎えられた。
今日を持って、エリクサーの独占販売は終わりだ。レシピは調合界に知れ渡り、代わりに僕等の身の安全が保証される。
「ドミニク君ー、お待たせー! ちゃんとエリクサーのレシピは持って来た?」
制服姿のアイリスが、階段の手すりに手を沿えたままスタスタと下りて来た。
「おはよう! レシピなら収納魔法でちゃんしまってあるよ。それと、移動ルートなんだけど、草原地帯までは転移魔法で移動しよう、そこから船だね」
「楽しみだよー、船に乗るの初めてなんだ!」
※
エリシアスの草原地帯へ転移し、遺跡の先にある乗船場から、乗船チケットを買って船に乗り込み、大きな長い川を下る。
学会の会場は、王都にある王城だ。
王族を交えると言う事は、それだけ国に大きな影響を与えるイベントの一つだと言う事だし、養成学校代表としてしっかりしないとな。
自然に囲まれた川の上を、のんびりと船に揺られながら王都へと向かう。
船の費用から三食含め、全額、養成学校の負担だ。飛行魔法で飛んだ方が早いけど、正規ルートの川を船で移動する様にと、ルーシス校長に何度も釘を刺された。それに、王都に入るには検問もあるらしいし、この方が安全だ。
僕達が乗っている船は、10人乗りのそこそこ大きな船で、その後ろをギルドの護衛の船が1隻、魔獣に備え、クロスボウを持った2人組が甲板から警戒に当たっていた。
今日の気温は温かい。甲板に座り込み、川の流れを感じながらのんびりと過ごす、隣でアイリスもくつろいでいた。
そもそも何で、廃部寸前の不人気な部活動、薬草研究会が学会に参加する事になったかと言うと。
廃部を撤回して貰う為なのは勿論の事、王都では意外にも、エリシアスに比べて薬草調合師の扱いが優遇されているらしい。
その理由がアレだ。僕達の船の行き先にある虹色の壁、魔獣除けの結界が薄いカーテンの様に川に架かっていた。
すり抜けざまに、2人で手を伸ばして結界に触れてみる。
「これがエリシアスを守ってる結界なの? 誰がこんな魔法を使ったのかなー」
「不思議だね、加護の魔法の一種で、物理的に触れる事は出来ないみたいだ」
それは、王都が結界の外にあると言う事が関係している。エリシアスでは、最も結界の強い聖域を中心に、僕達が暮らしている近辺の街には、魔獣が出現する事がほとんど無い。
しかし、王都ではそうは行かない、騎士団や冒険者達に守られてはいても、頻繁に街に魔獣が現れて住民に被害が出る。
その結果、自然と培われて行った技術が薬草調合だ。都で暮らす魔法が苦手な人々でも、薬品であれば飲むだけで簡単に怪我を治せるしね。
学会関係者がエリクサーの開発に力を入れているのは、回復力の高い新薬を完成させる事で、王都の暮らしが安全な物に近づくし、それ一つで偉大な功績が手に入るからだ。
とまぁ、ルーシス校長にとってそれは建前で、本音の部分を言えば、養成学校は王都から支援金を受けているんだろう。じゃなければ、あの校長が私欲や何かの企みの為に、僕達を学会に参加させる事なんて無いだろうしね。
そんなこんなで、薬草学の適性の高い僕とアイリスがたまたま同じ部に入り、校長たちの目に止まったと。
※
無事に到着した乗船場のテラスに降り、まずは王都観光へと向かう事にした。石が積まれた水路の壁に沿って歩き、地上への階段を登る。
「よっし、まずは王都でお買い物だ!」
「おー!」
地上では、水路を挟んだ賑やかな通りに沢山の人が溢れ、興味を惹かれる珍しい流行的な商店が並んでいる。こう見て比べると、やっぱりエリシアスにある商店は一昔前と言うか、田舎臭い感じに思える。
ふと前を、荷馬車を引く白いダチョウ君が、クエーっと鳴きながら横切って行った。
アイリスもダチョウ君に気付き、僕の制服の袖を引っ張ってくる。
「歓迎会の時のダチョウがいるよ? 王都でもあの鳥が人気の乗り物なのかな?」
「馬とかじゃないんだね……そう言えばアイリスって歓迎会の時はどうしてたの?」
何か嫌な事を思い出したのか、ポリポリと指で頬をかき、珍しく苦笑いを見せてくる。
「私はスタート地点の砂嵐に巻き込まれて気絶しちゃってたからね……ははっ」
「そ、そうだったんだ!? 大変だなー、ハハハ……」
って思いっきり僕のせいじゃんか、今のは聞かなかった事にしよう。
通りを歩き始めてすぐに、ポーションの瓶の印が入った民家風のお洒落な薬品店を見つけた。
白い煉瓦の壁に子供向けの可愛い装飾を施し、店頭のガラス窓にはポーションが並べられている。
ふむふむ、傷を治すレッドポーションに魔力を回復するブルーポーションか、ごくごく普通のラインナップだな。
『聖薬の恵』か、どっかで聞いた店名だな……ってあれ? この薬品は!
ガラス窓に看板が置かれ、見慣れた100mLの瓶に入った透明なポーションが、キラキラと光を反射していた。
【伝説のエリクサー、1本 50万Gで販売中】
この瓶は間違いない……僕達が作った、薬草研究会のエリクサーだ!
「ちょっとアイリス、これ見て!」
ガラス窓に両手をつき、中のポーションを見たアイリスの肩がワナワナと震えていく。
「私達のエリクサーが売られてる……何この値段!」
「考えなかった訳じゃないけど、まさか転売する人がいたなんてね……」
エリクサーは本来、遺跡や洞窟に残された古代のエリクサーとして市場に出る。しかし、その殆どが腐っていて飲む事が出来ない。
稀に良質のまま残されたエリクサーが発見され、学者の間で高値で取引されている。
散々ばら撒いたつもりだったけど、さすがに、王都まではエリクサーが行き渡って無かったのか。
この国では、ギルドの正式ルートで販売した商品の『転売』は禁止されている。それを堂々とやるなんて商売人の風上にも置けないな。
ユリアさんかルーシス校長に相談するのもありだけど、うちに落ち度は全くない。
店内を探ってみるか! 店長の顔を拝みに行こう。




