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天空山を目前にして、ビクター率いる飛行隊は行く手を阻む巨大な雲に足止めをくらっていた。
「雲行きが怪しいな、このまま進むか?」
シュルトが『視覚強化』の魔法で視野を広げ、ビクターへと指示を仰いだ。
「大気竜がいる所に積乱雲ありだ。どっちにしろ迂回するしか無いな」
積乱雲に飲み込まれれば、内部に発生する突風と雷に打たれ、墜落は避けられない。飛行隊も十分にその危険性を理解していた。
ビクターは安全なルートを見定め、進路変更しようと箒を傾ける。すると、ブワッと生暖かい風が天空山の方から流れて来た。
道中には感じなかった、汚れた土混じりの奇妙な風だ。
「砂埃っすよ!」
「シュルトの兄貴、このまま飛んでも大丈夫っすかね?」
「さあな……」
シュルトと舎弟の双子が、お揃いの飛行用ゴーグルを掛け、耐風を強化しながら警戒態勢で飛行する。
「気流が乱れてるな、気を付けろよ! ん……? おいビクター! 誰か吹き飛んでくるぞ?」
揺れる箒を押さえ込みながら、シュルトが叫んだ。
ぐちゃぐちゃの土と草が上昇気流に巻き上げられ、その中に混じり、見知った水色の髪の少女が力無く空中を舞っていた。
ビクターが、箒から身を乗り出して目を凝らした。
飛んでいるにしては動きがおかしい。よく見ると、宙を舞う少女の手には箒が握られていなかった。
「あれはウーリッドか!? 何がどうなってやがる!」
腰に付けた重い伐採道具を投げ捨てながら、箒を乱暴に操作して一気に加速する。
「間に合えよぉ!!」
何とか両手でその体をガッチリと受け止め、呼吸の薄いウーリッドに声を掛ける。
「おい! 生きてるか? 酷い怪我だ……すぐに回復の魔法をかけるからな!」
ビクターは魔法適正Bランク、もしもの時の為に、回復魔法の練習は普段から欠かさなかった。それが功を奏し、負傷がみるみる内に回復していく。
骨が折れているが致命傷では無い、そう安堵していると、薄っすらとウーリッドの瞼が開いた。
「ドミニク……く……ん」
「近くにドミニクもいるのか? どうやって俺達より先にここに……シュルト! 奴を探してくれ!」
シュルトが箒をビクターの側に寄せ、ウーリッドの安否を確認すると、視覚強化で天空山を見渡す。
「居たぞ! 池の方にギルドのガキがいる!」
離れた所からでも一目で分かる20m級の大気竜の蒼い巨体。それに向かう合うようにドミニクが水面に立ったまま浮かんでいた。
「近付かないでください!」
ドミニクは神秘的な稲妻の光を両手で包み込んだまま、ビクターに向けて叫んだ。
「近付くなだと? まさかギルドのガキ……死ぬ気か……」
山に大気竜が降りてくる異常事態だ、助けに行けば間違いなく全滅する。パーティの安全を第1に考えて行動するしかない。
「撤退だ……ドミニクの気持ちを汲んでやれ……」
「そんな……駄目!!」
必死の形相で叫ぶウーリッドを、何とかシュルトへと渡す。
「そいつは頼んだぞ、安心しろ、俺が必ずドミニクを連れ戻して来る!」
ビクターは池の方向を見据え、覚悟を決めてドミニクの元へと向かって行った。
勝算は無い、ビクターは魔法適性は高いが、自分の戦闘能力を解っていた。あの竜と戦えば何も出来ずに情けなく死ぬ事になる。
エリシアスに存在する竜族の中で、最も人間を殺している竜。それが、大気竜だ。
冒険者達から最強と恐れられる理由、手の届かない飛行領域から、一方的に地上の生物を喰らい、高い飛行能力を持つ他の竜族でさえも、大気竜の圧倒的な巨体の前に成す術が無い。
しかし、そんな大気竜にも天敵がいた。
エリシアス・ライトニングドラゴン。落雷の魔法で翼を焼き払い、飛行能力を持つ全ての生物に、死の恐怖を与えた今は亡き古代の竜。
圧倒的な殺戮能力から、その魔法は『集団殲滅魔法』と名付けられ、古代人の手によって書物に記録された。
たまたま、ドミニクが5歳の時にその書に触れ、無意識に再現したその魔法。
水面に立つ、ドミニクの両手に包まれた稲妻が、闇を模した漆黒の稲妻へと変化する。
「集団殲滅古代魔法・
『ライトニング・エンドオブ・ワールド』」
天空山の一部を中心にして、暗闇と稲妻と言う、アンバランスな魔力が空一面に広がっていく。
その異様な光景と、ドミニクが呟いた存在し得ない呪文に、助けに向かっていたビクターは飛ぶ事をやめ、呆然と宙に漂った。
集団殲滅魔法、耳を疑いつつも、確かにそう聞こえた。
「嘘だろ……」
その一言を最後に、周辺の全ての音と視覚が闇に包まれ、稲妻のズゴオォーン!!!という轟音と閃光に耳を塞ぎ目を瞑った。
天変地異が起きたかの様な、空気の震えが飛行隊を襲った。
「終わったのか……」
時間にして数秒、静けさを取り戻した天空山を、ビクターが見渡す。
池が干からびて陥没し、周囲が焼け野原と化した天空山から、ドミニクと対峙していた大気竜の姿だけが消え去っていた。




