新薬販売 6
論破された末に吹っ切れた転売おじさんは、僕達に杖を突き付けたままカウンターから出てきた。
「動くなよ小僧ども! お前らが持ってるエリクサーを全部だせ! 有金も全部だ!」
「転売の次は強盗ですか? 商人の風上にも置けませんね……」
僕に続いて、アイリスも腕を組んでキツく言い返した。
「おじさんがドミニク君に勝てるとは思えませんけどねー。今更、エリクサーを奪ってどうする気なのかな?」
「う、うるせぇ! そ、そうだ……今からお前に決闘を申し込む! ガハハっ、決闘なら強盗にはならねえんだよ!」
はぁ……卑怯な手を考える時だけ頭が良く働くんだな。
転売おじさんは頭に血が上って気付いてないみたいだけど、レシピが公開された今、エリクサーを50万Gで転売しようなんて馬鹿な話だ。
販売の邪魔された上に転売までされて、このままやられっ放しじゃ終われない! さすがに頭にきたぞ。
よーし、決闘を受けよう。いざとなったら転移魔法で逃げればいいし。
「決闘なら僕も手を出しても良いんですね?」
「かははっ! やる気か? 学生のお前が俺に勝てるわけねぇだろ! 社会の厳しさを教えてやるよ。ボコってレシピを奪ったら、万引き犯としてギルドに突き出してやるぜえ」
最早、悪人の鏡だ……清々しいほどのクズ発言に目眩がしてきたぞ。
おじさんは黄金色のコートをバッ!と脱ぎ捨て、持っていた杖で素早く魔法陣を描いた。
「行くぞ小僧!
現代魔法・『衝撃』」
ふーん、意外にコンパクトで繊細な魔法陣だな。風による衝撃を発生させる低規模魔法か。
念のため、アイリスの前に立って防御し、攻撃魔法に備える。
魔法適性の高い彼女なら、この程度の魔法は自分で防げるだろうけど……実戦だと何があるか解らない。ここは部長の僕1人でやるべきだ。
「風の魔法が飛んで来るよ。アイリスは危ないから退がってて!」
「う、うん! 油断しないでねドミニク君!」
魔力の光りが満ちた魔法陣から、ブォン!っと衝撃波が飛び出してきた。
直ぐさま右手に魔力を集め、至近距離から放たれた衝撃波を迎え撃つ。
「よっと‼︎」
右足を大きく踏みこんだ勢いで、手刀を横に振り払う。
スパン!っと衝撃波が真っ二つに断裂され、一瞬で消滅した。
「す……すす、素手でかき消しただとぉ⁉︎」
え……? おじさんは反撃して来るどころか、間抜け面で放心している。
そりゃ、ショックの魔法なんて素手で掻き消されるだろ……それとも僕を誘い込む為の罠か……? 何にせよ、今がチャンスだ!
棒立ちのおじさんに向けて突進しながら、右手でパパッと魔法陣を描くと、右掌の上に『赤青黄緑』の4色の封印の陣が生成された。
これは、花竜に使った破壊の魔法の一種だ。
属性を封じ込める封印魔法で、これを受けてしまったら体内に流れる属性が機能しなくなり、魔法が使えなくなる。
「初級魔法・4重封印魔法・
『エレメンタル・シール』
「く、くるなぁ!」
両腕をクロスして顔をガードするおじさんの腹部に向けて、4色の封印の陣をズシン!っと拳で叩き込む。
「ほんげぇ‼︎」
打撃の衝撃でおじさんは吹き飛び、カウンターの後ろの棚にぶつかった。そのままガチャガチャーン! っと食器を落下させながら、棚と一緒に床に倒れた。
「痛えぇぇぇ! はぁはぁ……調子に乗るなよぉ!」
反撃は許させない。倒れた棚の隙間から這い出て来た所へ、追い打ちの魔法を放つ。
「おじさん。もう詰んでますよ
初級魔法・『操木捕縛』
床の木が蛇の様に変形し、地を這うおじさんに絡み付いた。体の自由を奪ったまま、全身を容赦なく木がメキメキと締め上げていく。
「ひぃぃ! 木がぁぁぁ! ゆ、床ごと燃やしてやる!
現代魔法・『ファイア』!」
パニックを起こしながらも、必死に魔法陣を描いている。
無駄だよ、もう魔力の光りは灯らない。
「ど、どうなってやがる⁉︎ 魔法が発動しねえ……」
「おじさんの負けですよ。属性を封印したので暫く魔法は使えません。もう観念して下さい」
「な、何だそれぇ……なぜ魔法が使えないんだ……木をほどけぇ!」
やれやれ……魔法は封じたし、もう僕達へ危害を加えられないだろ。落ち着くまで放置して様子を見るか。
戦いを見守っていたアイリスが、机の陰から出て来た。
「ドミニク君ー! 良かったよぉ……心配したよぉ」
アイリスが、僕の背中をポンポンと叩きながら鼻をすすっていた。
何だかんだ言っても相手は犯罪者だ。一歩間違えれば僕もただでは済まなかった。
「どこも怪我してないから大丈夫だよ。ありがとう」
あれ? 何故か、アイリスが目を丸くして僕の方を見てる。
「うぅーん……ドミニク君の手が滑って、おじさんを再起不能にしちゃわないか心配してんだけど……」
どっちの味方なんだ?
地面に縛り付けてから数分後、おじさんはやっと観念したらしく、口数も減って大人しくなった。
しかし、警報を鳴らしたのは失敗だったみたいだね。そろそろ、騒ぎを聞きつけたギルドの職員がやって来る頃かな。
「それで、このおじさんをどうするの? 突然、ギルドに身柄を引き渡すんだよね」
「うーん、どうかな? おじさん次第だね。捕まったら第2店舗を建てるどころか監獄行きだろうし」
エリクサーの転売し、王城に招待されている学生への暴行。もう言い逃れ出来ないぞ。
「ゆ、許してくれ……悪気は無かったんだ。そ、そうだ! 商売の話をしよう。俺が転売して稼いだエリクサーの売上をみんなで分け合うってのはどうだ⁉︎」
「いえ、僕は悪人と一緒に商売する気はありませんので。アイリス、ギルドに事情を説明しに行こう」
「話にならないね、早く逮捕してもらおー」
捕縛されたままのおじさんに背を向け、お店の出口へと歩き出した。
「ま、待ってくれ! 店内にある物を好きなだけ持って行って良い! それで勘弁してくれぇ」
逮捕と聞いて焦ったのか、今更、必死に交換条件を出して来た。
店内にある物? この店には、薬品以外にも珍しい魔法石なんかもある、交換条件としては悪くないけど……これ全部、転売品でしょ。
「本当に、何でも持って行って良いんですか?」
「許してくれるのか⁉︎ がははっ! 持てるだけ持って行ってくれ! 持てるだけな!」
本当に良いのかな? うーん、何か企んでるみたいだけど。
「じゃあお言葉に甘えて。
古代魔法・『ワープ』」
店内を物色しながら、転移の狭間にポンポンと商品を詰め込んで行く。砂糖に香辛料っとー、珍しいハーブもあるぞっとー。
「ななな、なんだそれぇ??」
おじさんは、話が違うと言った顔で僕を指差し、プルプルと震えている。
「え? 転移魔法ですよ、持てるだけ貰っていきますね」
「おおおおぉぉ⁉︎」
※
商品が無くなり、スッカラカンとなった製薬の恵を後にした。
「可愛いー! 見て、ここ撫でると気持ち良さそう」
《キャンキャン》
ギルドの職員が到着するまでの間、店先にいた番犬のチワワ君を可愛がっていた。それにしてもひどい目にあった……。
「ところで、お店の商品はどこに持っていったの?」
「ああ、転移先は大地の遺跡だよ。どうせ転売品だろうし、正規ルートの品かどうか、ユリアさんに鑑定して貰おうかと思ってさ。おっと、ギルド職員が来たみたいだね」
近くを巡回していたギルドの職員が、庭にいた僕達へと声を掛けてきた。
「君達! ここで警報が鳴っていたと思うんだが、中で何かあったのか?」
結局、到着したギルド職員に事情を説明し、今度こそ製薬の恵の敷地からおさらばした。
もう、エリクサーの高額販売は見込めないし、おじさんはギルドに連行されるだろう。もう、製薬の恵を見るのはこれが最後だな。




