新薬販売3 イルベルSide
「失礼します! 薬草研究会顧問のルイスです」
ルイス先生か、思ったより早かったな。
手には調合に使うレシピらしき物とハーブ、それと、ポーションの入った瓶が握られている。
「新薬が完成したようだね? 解っているとは思うが、学会に生半可なものは提出できないよ」
「奇跡が起きたんです……うちの天才コンビがエリクサーを完成させてしまいました!」
「「なにぃ⁉︎」」
ルーシスと驚きの声が合わさった。エリクサーが完成しただと……?
透明なポーションの入った瓶が、机に並べられていく。いや、まずは落ち着いて状況を確認してみよう。現実的に考えて、あれが本物のエリクサーかどうか怪しい所だ。
ルーシスもにわかには信じ難いようだ。エリクサーを疑問の目で見ている。
「待つのじゃ……それが本物のエリクサーかどうか、まずは確認が先じゃな。イルベル教頭、調べる術はあるか?」
「勿論。ステータスカードを使ってみても良いが、遺跡から発見された古代のエリクサーと比べてみるのが確実だ。解析の魔法で魔力派を通せば、より鮮明に調べられるよ」
「ぬぬぬ……慌てて部室から出てきたものだから、まだ本物かどうか調べてなかった……頼むわよドミニク君達……」
ブツブツと呟き、ルイス先生の顔が誤魔化す様に引きつっている……本物かどうかまだ確認してなかったな……やれやれ。
「では、ちょっと失礼。
現代魔法・『アナライズ』」
エリクサーの瓶を握り、サッと解析の光を通した。
この反応は……古代のエリクサーと魔力派がかなり似ている。ついでにステータスカードを使ってみるか。
ステータスカードをかざして表示されたデータを確認してみると、間違いなくエリクサーだと表記されていた。
「……紛れもなく本物だ。鮮度から考えても数日内に作られたんだろう。本当にエリクサーのレシピを完成させてしまうとは……」
「奴がここまで規格外だったとはのぅ、もう笑うしかないわい」
ルイス先生が手を真っ直ぐに上げて尋ねてきた。
「あの、これで研究会の廃部は取り消しになるんですよね……?」
「勿論じゃ。廃部は取り消し、研究会の2人には学会が終わった後にワシから直接、お礼を言っておこう」
「ありがとうございます! では、用も済んだので、そろそろ失礼させて頂きます〜」
忙しい人だな。静かになった校長室にはエリクサーのレシピが残されていた。
「しかし、薬草研究会の名を出すかどうか迷う所じゃのう……エリクサーのレシピなど持って行こうものなら、あそこの王子は奴を王宮側に引き込もうとするはずじゃからのぅ」
「エドワード王子か……あの人ならやりかねないな。だが、功績は功績だ。ドミニク君達の名を非公開にするかどうかは、また別の問題だと私は思うけどね」
この国の王都は、エリシアスの草原から川を下った先にある。
その大きな川には神聖結界の境目があり、結界の先へと行けば邪悪な知能を持った魔獣達が待ち構えている。
その為、王都では魔獣による被害が多く、ヒールの使えない市民の為に、ポーション調合の研究に多大なる投資を行っている。
実は、養成学校も王都からの支援金を受けている。この学会への参加も、こちらの研究の成果を国へと還元するのが目的だ。
しかし、学会ではここ数年、まともな新薬が発表されないまま、調合の研究は停滞気味だった……。
そこにこのエリクサーだ。誰しもがドミニク・ハイヤードを、このエリシアスのような田舎町に放っておきはしないだろう。
おもむろにルーシスが立ち上がり、武道家の服を脱ぎ捨てた。
「ふむ……何にせよ、学会の準備を進めるのじゃ。うまく事が運ぶ様にワシらが手を打てば良いだけの話じゃろう」
「そうだね。今の内にこのハーブを使ってレシピの再現をしておこうか」
※
王城の広間にて、私達の到着を待ちわびている男がいた。
聡明な青い目と爽やかなブロンドヘアーがトレードマーク、この国の第一王子のエドワード王子だ。
見た目通りの穏やかさで弱き者に善を尽くし、国民から多くの支持を受けている。この王族の関係者からは悪い噂を一切聞かない。
「よく来て下さました、ルーシス校長。養成学校の方はどうですか?」
「エドワード王子。元気じゃったか? 今年はとんでもない新入生が入って来よってのう、騒がしくなって来た所じゃ」
エドワード王子へと挨拶し、その後ろに立っていた大柄の獣人の男へとルーシスが声を掛けた。
「久しぶりじゃのう、ウルゴ。騎士団の方はどうじゃ」
「久しいな、ルーシス。こっちは相変わらずだ……それよりも、今はSSSランクの冒険者話題で持ちきりだぞ、レッドドラゴンを倒したらしいな」
あれがこの王都を守る騎士団の団長、人狼のウルゴだ。
失礼な話、毛むくじゃらの魔獣にしか見えないが、あれでも獣人だ。ルーシスと私とはそれなり長い付き合いになる。
からかいながらも手を差し出して、再会を喜んでいた。
しかし、王子が直接、迎えてくれるとはね。人柄が良いとは言え、なかなか珍しい事だろう。
ルーシスに対して無礼な振る舞いは許されないと、冒険者ギルドがそれだけ大きな組織だと警戒されている証拠だろう。
そのまた大きな会議室へと案内され、空いている席へと腰を下ろした。
ここが会場か……結構な人数だが、私達が1番最後のようだ。
ここにいる全員が、調合及び、薬草学に関する天才と呼ばれる者達だ。方向性は違えど、エリクサーに劣らない薬品が発表される事だろう。
「皆、よくぞ集まってくれた。私がこの国の王子にして学会の責任者のエドワードだ。この学会は研究の成果を持ち寄り知識を共有する為の場だ。知っての通り、皆が待望している『王宮調合師』もこの中から1人だけ選ばれる。良い成果を期待している」
王子の挨拶に、白衣を着た研究者達に緊張が走った。王宮調合師か……ん? 隣でルーシスが渋い顔を見せている。
「なんじゃ、ここの連中は白衣を着る決まりでもあるのかのぅ? 気味の悪い連中じゃ……」
「いや、どちらかと言うと場違いなのはルーシス校長だよ」
王宮調合師の称号は、最も優れた調合師に王族から与えられる、名誉ある称号だ。その上、ギルドでは薬品販売に関する制限事項の、資格取得に必要な試験を全て免除される。
学会が始まり、指名された研究グループから次々と新薬が発表されていく。
「えー、ごほん。私の作ったこの体脂肪ポーションは従来のポーションに比べ、カロリーが半分であり、女性をターゲットにしたポーションであり、しかもマイナスイオンが一一一一」
ここでは完成品を見せるだけでなく、レシピの発表と調合の実演まで行う。しかし、パッとしない薬品ばかりだね。エドワード王子も不満そうだ。
「……では最後に、今回は特別にエリシアス地帯からお招きしました。養成学校代表のイルベル教頭にお願いします」
私達が最後か、他の研究者達から失笑が漏れた。
「エリシアスだと? あんな田舎町でまともな研究ができるわけが無い」
「結界に守られて平和ボケした連中だ。噂ではSSSランクの冒険者が誕生したと、正体不明の学生を囃し立ててるらしいが」
まぁまぁ、いつも通りエリシアスの評判はあまり良くない……しかし、私の前でうちの生徒を馬鹿にするとは良い度胸だ。
「初めまして、養成学校教頭のイルベルです。もう、こんな茶番は終わりにしましょう。時間の無駄です」
「ぶふぅ‼︎ ごほっごほっ!イルベル教頭⁉︎
一斉に研究者達が立ち上がり、私を非難し始めた。
「やはり、エリシアスの連中は学会に参加するべきでは無かったのだ」
「今すぐ立ち去れ!」
しまった……ついつい頭に血が上ってしまったようだ。
ルーシス校長が、むせながも私を制止しようとローブの裾に手をかけてくる。
「お主、何を考えておる……ドミニクの事は秘密にすると、そう事前に話しておったじゃろうが」
「ごめん、ここは私に任せてくれないかな?」
ルーシスには悪いけど、これ以上うちの生徒達の事を悪く言うのは許せない。
「突拍子も無いと……そう驚かれると思いますが。今年、うちに入った新入生がエリクサーを完成させました」
「エリクサーだと……それは絶対にあり得ない、我々が何十年と研究を続けてきた神聖ポーションだぞ」
「くだらん戯言だ……」
反論はせず、木箱からエリクサーの瓶を取りだし、机の上に置いた。
たったそれだけで、研究者達から失笑の声が鳴り止んだ。
一目で解る……このエリクサーは明らかに普通の調合師が作ったものではない。浄化の魔法の透明度、液体内を漂う神秘的な光の魔力。その全てが異質の薬品だった。
一瞬でその性質を見抜いた研究者達。態度は悪いが、それなりの人物が集まっていたのだろう。
「エリクサーを超えたエリクサーとでも言うべきか……ハーブは何を使ったんだ……」
「これは調合では無い……奇跡だ。これをエリシアスの学生が作ったのか」
調合機にレッドハーブを入れて調合を開始するとエドワード王子と研究者達がエリクサーに集まり、それぞれの見解を述べ始めた。
「し、質量が増えた! 水が容器から溢れ出してくるぞ……」
「何が起こっているんだ……」
「このエリクサーのレシピはここにあります。残念ながら、私が調合してもこの様に完璧なエリクサーにはなりません……」
後はここにいる全員に、彼の自己紹介をしておかないとな。
「このエリクサーを調合した生徒の名はドミニク・ハイヤードと言います」
今日の結果次第で、新たな王宮調合師が任命される。しかし、国中を探したところで、彼、以外にそれが務まる人物ははいないだろう。
収集のつかなくなった場を納めるために、エドワード王子が高らかに宣言した。
「これを調合した人物がここに居ないのが悔やまれる……だが、事実としてエリクサーはここに存在している。調合学は新たな時代へと一歩踏み出したのだ。王宮調合師の称号は、養成学校代表のドミニク・ハイヤードに授与する事とする!」




