新薬販売 2
学会の日を迎え、アイリスと共にエリシアスの草原地帯を訪れていた。
爪先程の草が生えた草原の先に、古代模様の石板で作られた塔の様に高い『大地の遺跡』が見える。
「丁度、ルーシス校長達は王都に向かってる頃かな?」
「そうだね。私達も頑張らないと」
これから、遺跡の入口付近にあるギルドのキャンプ地を目指す。
僕がポーション調合のアルバイトを始めたのもこの遺跡だ。販売の経験は無いけど、ユリアさんに段取りを頼んでいたので、あまり心配は無い。
「あそこがキャンプ地だね、もう露店の許可も取ってあるから開店の準備をしよう」
「うん、張り切って行くよー!」
歩きながら冒険者カードを確認してみると、ギルドからのお知らせが届いていた。
このお知らせは、ユリアさんが今日のエリクサー販売の為に作ってくれた宣伝だ。
ギルドの報道事務にも携わっているユリアさんは冒険者カードを通じて、冒険者達に様々な報道を伝える事が出来る。
今朝から既に、冒険者達の間でエリクサー販売の知らせが話題になっているのは間違いない。
広告だけじゃ薬品の効果は実証できないけど、面白がって買いに来る冒険者はいるだろうし、宣伝効果はきっとある。
ギルドから借りて来た小型のテントを、キャンプ地の生産品売り場に設置し、ポーション販売用の台にエリクサーを取り付けて看板を立てた。
ふぅ……制服を着た学生2人が伝説のエリクサーを販売する、とっても胡散臭い露店の完成だ。
「不安になって来たな……せめて、店番には大人を雇うべきだったような」
「あれ……? ねぇドミニク君。他のお店が隣に移動して来てるよ。どうしたのかな?」
待ってましたと言わんばかりに、移動式の露店を引きながら、髭面の強面おじさんがやって来た。
薬草研究会の隣にピッタリとお店をつけ、地面に引いたシートの上にガチャガチャと荷物を降ろし始めた。
妙だな……あからさまに近いぞ……まさか、僕達の開店を待ってたのか?
「……エリクサーに客が押し寄せるのを狙ってるのか、宣伝に便乗する気みたいだね」
「他のお店もだ! うちの看板を見た途端に近くまで移動して来てる……」
店舗を僕達の隣に移動し、販売準備を整えたおじさんが、その髭面に似合わない爽やかな笑顔でうちに挨拶に来た。
「隣、失礼しやーす……ってガキじゃねえか! どうやら、エリクサーの広告はイタズラだったみたいだな、ガハハ」
「イ、イタズラじゃありません! いきなり隣に来て失礼じゃないですか?」
ふざけてるなこのおじさん……強い口調で反論するアイリスに、ニヤニヤと笑いながら罵倒を続けている。
「良く言うぜ、知ってるか? お前達と同じ様にエリクサー販売のうたい文句で客を集めた馬鹿がいたんが、すぐに嘘がバレて閉店しちまったんだとさ……ガハハ」
大げさにパンパンと手を叩き、バカ笑いする始末だ。
「アイリス大丈夫かい? からかいに来ただけのおじさんは放っておこう。僕達はポーション販売に来たんだから」
「うん、ありがとう。でもあんな風に馬鹿にされて悔しいよぉ!」
確かに、エリクサーの嘘つき話は笑い話だけど、僕達の手元には本物のエリクサーがある。学生だと思って舐めてかかって来るのは良いけど、痛い目を見ないように精々気を付けて欲しいね。
まぁ、あーいう輩には何を言っても無駄だな。
自分の売り場のスペースから、隣のおじさんの店を覗き込む。
隣の店名は『聖薬の恵』か……そもそも、うちに便乗して開店しようとしてる癖によく言うなー。
店に置いてある商品は、ごくごく一般的な怪我を治すポーションだな。
一一一一一一一一一
『名前』:レッド・ポーション
『素材』:赤草、聖水
『品種』:ポーション
『薬品ランク』C
『治癒力』:C
『薬品影響度』:40%
【ポーション使用時に薬品が体にかける負担率】
『ステータスカード称号』:体力回復
一一一一一一一一一
1本、800Gか……けっこう高めに設定してあるな。
本来なら基本ポーションの標準価格はだ大体1本、500G程度だけど、このおじさんは倍近い800Gで販売している。ただの馬鹿なのか、考えがあって勝負に出てるのか見ものだね。
対して、うちの薬草研究会は半額の250Gでエリクサー売りに出している。負ける要素は何1つ無い。
偵察する僕に勘付いたおじさんが、余裕の煽りを入れてくる。
「おい小僧、うちのポーションを見てビビっちまったのか? 学校に帰るなら今の内だぜ? 商売の厳しさを教えて、二度と嘘付けねぇ様にしてやるよ」
「忠告どうも、楽しみにしてますよ」
開店時間が近くなって来ると、いつもより多くの冒険者達が遺跡に集まっていた。
よし、エリクサーの広告に釣られてやって来たな、狙い通りだ。
薬草研究会の露店には、エリクサーにつられて集まった冒険者達によって一気に長い行列が作られた。
「アイリス、もう開店するよ!」
「うん! おじさんには負けてられないから! いらっしゃいませー!」
アイリスの声が、元気一杯にキャンプ地に響く。
何て手際の良さだ……初めての接客らしいけど、迷う事なくスムーズに接客と会計をこなしていくアイリス。
能天気な顔してるけど、能力は人1番あるんだよなぁ……。
「これがエリクサー? 本当に効果あるの?」
興味津々で、エリクサーを手に取るお客さん達。効果は見ただけでは分からないので、ステータスカードに表示させる方法を取った。
「いらっしゃいませ! はい、こちらがエリクサーのステータスになります」
今までのポーションに比べ、エリクサーは高い効果と安過ぎる価格を両立させている。これにはお客さんも、少し遠慮がちになってしまう様だ。
「薬品ランクSだって⁉︎ これは本物のエリクサーのようだけど……本当にこの値段でいのかい?」
「勿論です! 在庫はたくさんありますよー。宜しければ、こちらに冒険者カードのデータを登録して行って下さい。今後、薬品がお安く購入出来ますよ」
はぁ、アイリスの動きがプロ過ぎて僕の出番がないな……。
接客は女の子に任せ、僕は裏方に回る事にした。
わざわざ遠方から買いに来てくれた冒険者を逃さない為にも、リピート購入を期待し登録制を取り入れた。
冒険者カードを登録さえして貰えれば、各地冒険者ギルド窓口経由でエリクサーを販売できる。登録者には値段を更に安くするオマケ付きだ。
それにしても売り上げは好調だな、これも全部、ユリアさんのお陰かな……。後で今日の売り上げから宣伝してくれた分け前を渡さないとな!
「ドミニク君! 在庫切れるよー! 何やってるのー」
「え……ごめんごめん。魔導調合機に薬草をぽいっと!」
材料を投下すると自動で調合が開始され、一瞬で大量のエリクサーが出来上がる。
順調に売り上げる薬草研究会の露店を見て、隣店のおじさんから焦りが見え始めた。
「ぐぬぬ、何であんなに売れてんだ⁉︎ あれが本物のエリクサーだとしても、在庫が切れる筈なんだ……在庫切れはまだなのか⁉︎ くそぉ‼︎ どうなってやがる……」
「ふふん~、いらっしゃいませー」
隣店を横目に余裕のアイリス。
多分、おじさんはうちの在庫が切れ待ってるんだろうけど無駄だよ。
普通のポーションの使用期限は1週間だ。それを過ぎると効果が弱くなり、徐々に回復薬としての力を失っていく。それを考慮し、1日300本を超えて調合、販売を行わないのがポーション販売の鉄則だ。
しかし、転移魔法で運んできた魔導調合機にハーブは50本、聖水もある。エリクサーの在庫は恐れ知らずの5000本もあるんだ。
「お客様ー! 薬品ランクCのポーションがたったの800Gですよー! お願い誰か買ってー‼︎」
やっと自分が最悪の状況に陥っていると気付いたおじさん。今更、客引きを始めても遅いね。その値段で売れる訳がないし。
次々に去っていくお客さん達に疲れ果て、おじさんは膝をついて崩れ落ちた。
「くそ……おいガキ! よく聞け……この辺の店には相場ってもんが決まってんだ。それを乱してまで好き勝手やられちゃー商売あがったりだぜ!」
本当に懲りないね……うちの店にケチを付けたって、自分の店の売り上げが伸びるわけじゃあるまいし。
「おじさんだって、倍近い値段でボッタクってるじゃないですか……」
「さっきと言ってる事違うよねー……」
「う、うるせぇ!」
途絶えぬ客に休む間も無く営業を続け、すっかり日も暮れた頃に店仕舞いとなった。
「けっ! 次はうちの隣に店を出すんじゃねーぞ」
そう言い残しボッタクリおじさん事『聖薬の恵』のおじさんは、大量の在庫のポーションを抱えたまま帰って行った。最後までロクでもない商人だったな、精々、在庫処分頑張ってね!
さーて、僕達も店仕舞いして退散するか。
転移の狭間にお店の荷物を吸い込ませ、部室へと返送した。
「ごほごほっ……何だか喉が痛むなー」
休憩時間も無く働き続けていたせいで、アイリスの声も掠れ、体も疲れ果てていた。
「接客、お疲れ様。回復の魔法をかけるからこっちに座って」
「そんな、良いのに……ありがとー。ふふ」
遠慮するアイリスを椅子に座らせて、肩を揉みながら回復の魔法を掛けた。
「あったかくて気持ち良い……」
抱擁の光りが細い体を包み込み疲れを癒すと、すぐに寝息が聞こえてきた。
よっぽど疲れてたんだな。
それからアイリスが起きるまで売り場のスペースを少し掃除し、露店をを後にした。
ユリアさんの居る冒険者ギルドへと転移し、本日の売り上げを記載した用紙を提出する。
「集計お願いします、凄いお客さんの数でしたよ。
約束通り、ユリアさんの宣伝料は売上の1.5割で良いですか?」
「お疲れ様! 上手くいって良かったわね。それにしても遅くまでやってたわねー」
本日の売り上げから店舗スペース代、養成学校とギルドに一部の売り上げを納金。
加えて宣伝してくれたユリアさんの取り分を引き、手元に残るのは7割程度だ。
カタカタと慣れた手つきで魔導算盤に数値を打ち込み計算するユリアさん。
「嘘でしょ……私の取り分はー、ふむふむ」
スキップで受付の奥へと進み、現金の入った箱を持って戻ってきた。
「費用差し引いて46万2000G。1日だけの売上ならここ数年で1番よ!」
「46万⁉︎ こんな大金どうしようドミニク君……」
「当然2人で山分けだよ! 僕達が汗水垂らして稼いだお金だからね」
この日の売り上げは、エリクサー2640本x250G=66万Gから開店費用を差し引いた『46万2000G』となった、軽く2ヶ月分の生活費を1日で稼いでしまったぞ。




