飼育小屋とドーリス先生
あーあ、お昼食べ損ねちゃったな……。
二階の窓から見える広場には、既に食事を終えて部活動に向かう生徒達で賑わっていた。
「ドミニク様、これからどうなされるのですか?」
「家が毛まみれになる前に、ケルベロス達を学校に転移させたいな……とりあえず、飼育小屋がどんな所か見に行ってみよう」
うちの生徒数は約300人だ。生徒の数だけ使い魔がいるとして、飼育小屋のスペースもかなりの広さを要するだろう。
イルベル教頭から聞いた話によると、飼育小屋は学校の外の自然地帯にあるらしく、『転移の祭壇』を使って移動できるらしい。
各地を担当するギルド職員と各学年のクラス委員長が、飼育小屋の掃除や餌やりを任されているんだとか。
ちなみに、冒険者が個人で飼ってる使い魔も申請すればここで飼う事が出来るらしい。
「うーむ、ここには転移の祭壇まであるのですね。しかし、転移魔法を使った方が早いのではないですか?」
「確かに僕は転移魔法が使えるけど、記憶のある場所に限られるんだ。それに目立っちゃうから古代魔法は使いたくないんだよ」
感心したと頷きながら広場を歩くルミネス。すれ違い様に猫耳を見てギョッとした顔をする生徒もいたけど、大多数が無反応だった。コスプレだと思われてるようだ。
薬草研究会の部室の手前に差し掛かった頃、祭壇らしき建物が見えて来た。
あったあった、課外授業で砂漠に転移した祭壇だ。
内部を調べてみると、飼育小屋行きと書かれた石板を発見した。
「何故、このような場所に遺跡が……」
「対になってる転移の石板の片方だけを、遺跡から持って来たんだろうね。転移した先にも似たような祭壇があるから間違いないよ。じゃあ、僕の手を繋いで」
ルミネスと共に石板に手を触れると、一瞬で空間の狭間に吸い込まれ、視界が真っ暗になった。
※
「転移したみたいだね。この積み上げられた巨大な岩石は……ギルドのキャンプ地の真横だったかな?」
転移先の祭壇は草原地帯の湖の前にあった。
数段に積み上げられた巨大な岩石が、あちこちに転がっている有名な観光スポットだ。
「ドミニク様。向こうにそれらしき建物がありますよ」
そう言って、ルミネスが指差した草原の先に、木製の柵と大きな飼育小屋がドーンっと何棟も並んでいた。
「行ってみよう、あそこに魔獣のスペシャリストがいるはずだ」
柵に沿って小屋の入口の方まで歩いていると、丁度、僕達の目の前を、課外授業でお世話になったぴーちゃんのお仲間達が元気いっぱいに駆けていった。
《クエァー!》
「あのダチョウは、エリシアスでは砂漠地帯に生息する代表的な走鳥ですね。もふもふのその翼の内部は冷却機能が備わっており、砂漠の熱帯にも対応できます」
「へー、そうなんだ」
さすが魔神だ……カレンと同じで、うんちくを語りだしたら長そうだ。
ここで飼育されている魔獣の多くが、移動用ペットのダチョウだ。
ロストウイングエンジェルは見た目もふもふの愛くるしい外見に加え、利便性と賢さに優れている。養成学校では、1年生が最初に使い魔にする魔獣として重宝されている。
「おおー、ドミニクじゃないか! 元気だったか! お前なら必ずクラス委員長になって、ここにやってくるだろうと思ってたんだ」
誰だ……? 僕を知ってるようだけど……。
いきなり、陽気なお兄さんが現れ、フレンドリーに僕の肩を叩いて来た。
この人が魔獣のスペシャリストなのかな? いまいち特徴が掴めない顔にこの声……どこかで聞いた憶えがあるぞ。
ルミネスが、手で口元を隠して小声で訪ねてくる。
「あの、この胡散臭い男はドミニク様のお知り合いですか?」
「い、いやー。ちょっと思い出せないね」
「実技の授業の時は圧倒的だったな、お前がカルナ先生を撃破し。ケルベロスを一一一ぺらぺらぺら」
実技の思い出をぺらぺらと語り始めた不審者。胸元に名札が付いてるな。
ドーリス……?
あ、思い出した! シールの音声の人だ。実技の時に場を仕切ってた教員の中にドーリスって人が居た気がする。
良くある冒険者の服装に、普通過ぎる容姿……そしてどっかで聞いた事のある声。なんつー特徴の無い見た目なんだ……行っちゃ悪いけど追影先生よりよっぽど忍に向いてるだろ。
まぁでも、この先生ならケルベロスの事を知ってるし、都合がいいな。
「ドーリス先生。ルーシス校長からケルベロス30頭をここで飼育する許可を貰ってやって来たんですが、どこに召喚したら良いですか?」
「ここでケルベロスを飼うだって? 一大事だ! 今すぐ迎え入れるを準備をしないとな! 大型魔獣用の小屋は隣だ」
動じるどころか、むしろ喜んでる……意外と頼りになるぞこの人!
柵を乗り越え、大型魔獣用の古い小屋へとお邪魔した。中央に通路を挟んだ左右に、藁が敷き詰められた部屋が鉄柵に仕切られていた。
「この広さなら30頭くらい余裕で飼えるだろう。もう何年も使用してない小屋だが、外観はそう古いものでもない」
「外観はまぁ……中はぼろいな……」
「駄犬には丁度良いのです! では、召喚しますので、ドミニク様の魔力をお貸して頂けませんか? 」
「本当に大丈夫かなー? うーん、家のフローリングに満足してたくらいし、あれって室内犬じゃないの?」
ルミネスと手を繋ぎ、僕が魔力を送りながら魔法陣を描いていく。
「こい! 『駄犬』‼︎」
複数の魔法陣から、30頭近くのケルベロスが勢い良く召喚された。全員ぐったりと地面に寝そべり、やる気が感じられない。
さっき、読心の魔法で会話したケルベロスがグターっと寝そべったまま、頭をこっちに向けて尋ねて来た。
《グルゥ……あ、何か用事っすか?》
「あ、じゃなくてさ……君達の小屋を用意したんだ。今日からここに住んで貰えないかな?」
《《ええー》》
案の定、一斉にブーイングが起き、気怠そうに集まってきたケルベロス達による井戸端会議が始まった。
だいぶ、読心の魔法が馴染んできたらしく、ケルベロス 達の言葉にカタコト感が無くなってきて、聞きとり安くなった。
《はぁ……完全に俺たち舐められてますよ》
《あのチョロそうな男がルミネス様の主人らしいな。多勢に無勢だしやっちまうか?》
《待て、冷静になれ! 奴は我が同胞達を複数召喚しているのだぞ……とてつもない魔力を持っている可能性もある……》
《《やめとこう》》
もう話が纏ったようだ。言いたい放題言われたのでやってやろうと思ってたけど、意外と小心者だな。
ドーリス先生が、ケルベロスの巨体を間近に見て唖然としていた。
「こんな奴らをよく手懐けたな、とても人に懐く様には見えないが……」
「手懐けたのはあの子ですよ。今日からここの生徒になったルミネスです」
「あんな小さい子がか……まぁビーストテイマー系統のスキルを持っているなら、魔獣を手懐けるのは容易いからな。あの子もきっとそうなんだろう」
いつまでもグチを垂れるケルベロス達に業を煮やしたルミネスが、ビ腰に手を当ててビシ!っと言い放った。
「仕方ないのだ! お前らに選択肢を3つ与えてやろう。黙ってここに住むか、地獄の檻にいくか、ドミニク様に跡形もなく抹殺されるか、この中から好きなものを選ぶのだ」
《《ひぃぃぃ!》》
観念したようだ……トボトボと小屋の中に入っていく。本当、ルミネスには弱いんだよなこいつら……。
《あ、ボールある》
お、中に置いてあったボールで遊び始めたぞ。
《藁、フカフカ気持ちいい。カリカリした餌ある》
藁も気に入ってるみたいだな、カリカリの餌も摘んで食べ始めたぞ。
「結構、馴染んでるじゃん、後は一頭ずつ召喚石にケルベロスの陣を刻んでいこう」
「住めば都と言う奴ですね」
ケルベロスの体に刻まれている召喚刻印と同じものを、飼育小屋に置いてあった専用の魔法石に刻んでリンクさせ、それぞれのケルベロスの柵の入口に設置しておいた。
これで、ルーシス校長の望み通り、この魔法石から召喚したケルベロスは忠実に術者に従って働くだろう。
「ついでに、この看板を立てておきましょう」
ルミネスが『冥界への入口』と書かれた看板をケルベロスの小屋の前に刺した。
良し、問題解決だな。
そろそろ僕も部活の時間だし、お暇させてもらうか。
「僕は部活に行くけど、ルミネスも薬草研究会まで来るかい?」
「薬草研究会⁉︎ ドミニク様は学校でもハーブの研究をなされているのですか?」
「他にやる事ないしねー」
流石のルミネスも顔を引きつらせてるな……ハーブは日を通して化を見せるので、24時間研究しても飽きないのに。
「私は駄犬どもの世話をしていますので、ドミニク様はどうぞ部活へ行って下さい」
「わかったよ、ルミネスももう学校の生徒なんだから、自分で部活見学に行っていいからね」
ルミネスをドーリス先生に任せて、飼育小屋を後にした。




