魔神と養成学校 2
話も纏まったので、校長室の入口に身を潜めていたルミネスを校長達の下に連れて来た。
「今日からルミネスは養成学校の生徒になったから、よろしくね」
「え?」
頭にハテナマークを浮かべて首を傾げるルミネス、そりゃそうなるよね。
「わ、私がこの学校の生徒にですか? しかし、ここはドミニク様が支配されている人間共の学び舎なのですよね?」
「支配してないからね」
ルミネスの斜め上発言は一旦置いておくとして、一歩間違えれば、校舎裏の森の生態系が滅茶苦茶になっていてもおかしくなかった。
なのに、怒られるどころか入学の許可が貰えるだなんて……しかも、SSSランクの使い魔は特別待遇として学費も全額免除らしい。
「喜ぶのはまだ早いぞ。2人ともそこに並ぶのじゃ!」
やっぱり条件付きか……幾ら何でも話がうますぎると思ったんだ。
椅子に腰掛けるルーシス校長の前に立ち、覚悟して耳を傾けた。
「条件がある……1つはケルベロス達を養成学校で管理し、我々に忠実な使い魔に躾けるのじゃ。丁度、鼻が効く番犬を探しておった所でのぅ……」
ケルベロス達を養成学校のセキュリティー、番犬として使うつもりだな。確かにケルベロスは強力な魔獣なんだろうけど、あいつら旋律の魔法で眠っちゃうからなぁ……番犬には向いてないだろ
。
出された条件に、涼しい顔で答えを返すルミネス。
「ケルベロスをか? 良いだろう、あの駄犬どもは割と人間に思考が似ているからな」
「決まりじゃな……それともう1つ。こちらは条件では無いが、ここの生徒になるにはギルドに名前を登録しなければならぬ……つまり、お主も冒険者を名乗らなければならない」
「私を冒険者にだと……しかし、私はドミニク様の使い魔なのだ……」
言葉に詰まり、僕の顔色を伺うルミネス。
ルミネスは使い魔だから、色々と思う所があるのかもね……条件なんていうから心配してたけど、大した内容じゃなかったな。
「別に良いんじゃないかな? 別に僕はルミネスを使い魔として縛り付けるつもりはないよ。今しなかったとしてもいずれは冒険者登録しただろうし」
「ドド、ドミニク様ぁ……うぅ、うわーん!」
感極まり、泣きべそを掻くルミネスの頭を撫でてやると、腰の辺りにガバッとしがみ付いて来た。
「よしよし、良かったね」
魔神だ何だと言っていても、まだまだ僕とそう年齢の変わらない普通の女の子なんだろうな。
机の向こうで、計画通り、といった顔で校長達がひそひそ話を始めた。
「うむ、全て計画通りじゃ。奴の使い魔を上手くこちら側に引き込めたのじゃ」
「この先、彼がギルドに対抗できる組織を作ってしまう可能性は充分にあるからね。今のうちに懐柔して、冒険者精神を染み込ませておかないと、名付けて『ドミニクの関係者、ギルドへようこそ』作戦だ」
黒い会話がダダ漏れてる気がする……ゴリラの件といいイルベル教頭はちょっと変な人なのか? これから、大事な使い魔がお世話になるので、そこだけは感謝しておこう。
咳払いをしながら、イルベル教頭が壁に掛けてあった鍵を手に取った。
「ご、ごほんっ……これは倉庫の鍵だ。いつまでもメイド服のままという訳にもいかないだろうから、制服に着替えておいで」
制服まであるのか! 用意周到過ぎる。
「着替え終わったら飼育小屋の方に行ってみると良い、我が校切っての魔獣のスペシャリストがケルベロス達を可愛がってくれるだろう。それと、ルミネス君……魔力欠乏症を悪化させない為にも、しばらく大きな魔法は控えるように」
「本当に、色々とお世話になりました……」
「ありがとう……ゴリラとイルベル」
……ゴリラは訂正させようと思ったけど、後ろでイルベル教頭も笑いを堪えているのでまぁ良しとしよう。元を辿ればあの人の隠蔽の魔法が原因だしね!
倉庫の鍵を受け取り、校長室を後にした。
イルベル教頭の話によると、倉庫には授業や部活で使う制服が保管されている。それらは全て、卒業生が次の代の為にと学校に納めたもらしい。
養成学校の制服は特殊な生地で出来ているので、ある程度の汚れやほつれは跡形も無く消える。中古であっても新品同様だ。せっかくなので大事に使わせて貰おう。
「ここが倉庫か……制服はこの中かな?」
「にゃー、真っ暗ですね」
ごそごそと、段ボールの箱を漁ると、紺のブレザーとシャツが綺麗に畳まれて入っていた。サイズごとに綺麗に分けて保管されてるな。
「ふぅ、えっと……リボンはどこだろ? サイズもわからないな」
「こっちにありましたよ! 1番小柄なサイズなら私にぴったりだと思います」
手伝うつもりだったけどルミネスの方が手際が良いな。さすがメイド服は伊達じゃないな……っていうか、何でルミネスはメイド服きてるんだろ?
薄暗い倉庫の影で、ルミネスが服を脱いで机の上にポイポイと放り投げていく。おおっと⁉︎ 隠れて着替えないのか……カレンの奴と同類だな。
仕方なく背を向けて目を瞑ると、何故か息が掛かる距離からルミネスの声が聞こえてくる。
「……ドミニク様、こちらを見て頂けませんか? 刻印についてお尋ねしたい事があったのです」
「え……刻印?」
恐る恐る目を開けると、上着を脱いだままのルミネスが背中を向けて立っていた。その露わになった背中には、『4重』に重ねられた色違いの魔法陣が刻まれている。
「それは、『4重封印』の魔法だね……」
「やはり、この魔法をご存知でしたか……無限の霧樹海でドミニク様が花竜に使っていたあの封印魔法に酷似していると思うのですが……」
「似てるも何も僕が作ったオリジナル魔法だからね……もう魔法陣の効果が消えて、ただの刻印になってるみたいだ」
どうして、封印の陣がルミネスの体に刻まれているのんだ? しかもこれって、封印した術者の魔力が鍵となって封印が解けるように細工されている……。
これじゃまるで、僕が全部こうなる様に仕組んだみたいだな。
ルミネスも疑問を抱き始めてるようだけど、多分、勘違いだろう……こんな猫耳メイドを封印したら絶対忘れるわけないしね。
何にせよ、年頃の女の子の背中に刻印が刻まれているのは頂けない、このくらいなら除去できるか?
「ちょっと背中に触れても良いかな? もう古い刻印みたいだから、綺麗に消せると思うんだ」
「これを除去出来るのですか? 少し恥ずかしいですが、よ、よろしくお願いします……」
指先から出した魔力の熱を、背筋をピンと張った華奢な背中に当てると、ルミネスはビクっと大袈裟に飛び跳ねて慌てだした。
背中が弱いのか……やっぱり猫だな。
「にゃ! や、やっぱりやめましょう! くすぐったいです!」
「すぐ終わるから我慢して!」
「にゃぁー‼︎」
古い刻印が熱せられてぺりぺりと剥がれていく。これなら上手く除去出来そうだな。よーし、どんどん行こう。
除去も無事に終わり、やっと、制服に着替え終えたルミネスと廊下を歩く。
「すっきりしました! この制服も動き易くて悪くないですね」
「うん、なかなか似合ってるよ」
ヒラヒラとスカートを靡かせ、嬉しそうにターンして見せた。何だか妹が出来たようで微笑ましい。
よし、次はケルベロスだな。飼育小屋を目指そう。




