送還作戦とご主人様 2
さっき、訓練場まで流れてきた獣の匂いは、ルミネスが放った『匂』の魔法だ。恐らく、僕に居場所を知らせる為のSOS信号として利用したんだろう。
それに気付いた僕は、検索の魔法で匂いに含まれる魔力波を探り出し、その発生源へと転移魔法でワープした。
転移先を探索した所、不自然に煙が充満するこの岩場へと辿り着いた。
「やっぱり、授業を抜け出して来て正解だったな。ルミネスの身に何かあったみたいだ」
ぼやける目を擦り、周囲の状況を伺う。
『賊』らしき2人組が、岩場からこちらを見上げていた。
随分と体格差のある2人だし、男女のペアかな? 僕が先手で放った落雷の魔法と、天空魔法陣を警戒して動く気配を見せない。
「怪しすぎる……何でこんな所に賊がいるんだ? しかもあの人達、隠蔽の魔法で姿を眩ませてる」
賊の片割れが何かを背負ってる……魔力と匂いから察するにあれがルミネスか? ちょっと試してみるか。
「この辺りに獣人の少女が居ると思うんですけど、心当たりはないですか?」
僕の問いかけに反応して、賊が好戦的な魔力を放って来た。
「ふむ、飛行と落雷の魔法を操る魔法師か、まるで竜族の様じゃのう……このエリシアスにもまだまだ未知の猛者がおったか」
「解ってると思うが油断しない方が良い。さっきの魔法はどう考えても普通じゃないよ……Bランク、いや、それ以上かも知れない」
あの反応は間違いないな……。
ルミネスを捉えていた小柄な賊が、森の方へと走っていく。その後姿に、ほんの一瞬だけ魔法師のローブらしき物が映った。
さっきまで、ピアノの旋律が鳴っていたのはあの魔法師の仕業か……それなら、隠蔽の魔法もあの賊が掛けてるに違いない。
「どこを見ておる? お主の相手はワシじゃぞ……そこから引き摺り下ろし、隠蔽の魔法を剥ぎ取ってくれるわ」
大柄な賊が殺気を纏い、物騒な事を呟きながら歩いてくる。
何だあの妙な動き? 何処かで見た事あるな……。
大柄の人影がウッホウッホと前傾姿勢で歩くその挙動は、明らかにゴリラっぽかった。
……森に逃げた賊が魔法師だと推測するに、こっちはゴリラ形の使い魔か? しかも人間の言葉を喋ってるし、かなり賢いゴリラだぞ。
「お主、何を感心しておるのじゃ? 攻めて来ないならこちらから行くぞ」
ダンッ‼︎っと力強く地面を蹴り、その巨体が飛び上がった。
速い、かなり身軽だね……しかし、気性の荒い奴だ。
とっさに指先を動かし、固定していた天空魔法陣を発動させた。
「ゴリラくん、動くなって警告したからね。
初級魔法・『リフレクション・ライトニング』」
ゴロゴロッ!と小太鼓を叩く音が鳴り、魔法陣から稲妻が飛び出した。
「撃つと分かっていれば当たらぬわ!」
でかい図体を捻りながら難なく稲妻を躱し、ググッ!っと右手に魔力を集中させるゴリラくん。
その右腕の筋肉が数倍の大きさに膨れ上がった。
「誰がゴリラじゃあぁぁ‼︎」
怒りを乗せた拳が、僕を砕こうと迫って来る。
あの強化魔法は、人型の魔獣がリーチを広げる為に良くやるトリックだ……まぁ、大抵は見かけ倒しだけど。
左手を伸ばし、迫り来る巨大な拳を手の平で防いだ。
パーン!っと拳が打つかった衝撃音に森が揺れ、巻き起こった風圧が僕とゴリラくんの体を揺らす。
「この拳をいとも容易く受けるか……貴様は何者なのじゃ……」
「どうでも良いけど、さっき放った稲妻の魔法は動きに反応して連鎖するからね」
さっき、呆気なく躱されて地面に避雷した稲妻が、時間差でバチバチと火花を散らし始めた。
「多重効果の魔法じゃと⁉︎ 小癪な!」
今頃、気付いても遅い、この魔法を防ぐ術はない。
ゴロゴロ‼︎っと再び雷音が鳴り響き、連鎖した稲妻がズバーン!っとゴリラくんの背中を直撃した。
「ぬぅおおおぉぉ‼︎」
稲妻の魔法を背中に受け、叫び声を上げながら地上に落下していくゴリラくん。
ん……? 何か変だな。今、直撃したはずの魔法が消滅しなかったか……?
妙な違和感を覚えつつ、飛行魔法の高度を上げて距離を取った。
リフレクションライトニングは、避雷地点と対象を繋ぐ回避不可の稲妻の魔法だ。確かに魔法は直撃した筈なのに……怪我は愚か、擦り傷を負った様子すら無い。
動揺する僕を見て、ゴリラくんが流暢に解説を始めた。
「無駄じゃ……ワシは『魔法耐性A』の特殊スキルを持っておる。触れただけで属性を破壊するこの特異体質により、ワシは一度たりとも『魔法によるダメージを負った事が無い』。魔法師のお主とワシとでは、初めから勝負にすらならんのじゃ」
形成逆転だと言わんばかりに、森に隠れていたローブの魔法師も出てきてドヤ顔で解説を始めた。
「勝負ありだね。もう、諦めて降参した方が良い、彼の魔法耐性を崩す事は不可能だ。今まで誰一人として、彼に『魔法によるダメージを負わせた事はない』……諦めて正体を現すんだ」
何だこの2人? 良くもまぁ同じ内容をペラペラと息ぴったりに喋れるな……でも、魔法が通じないのは確かだ。
いっそ『破滅の稲妻』を使うか? いや、ここでそれをやったら、賊どころか森が消滅しちゃうしな……ルミネスだけ回収して、転移魔法で逃げるのが無難か。
「ルミネスは返して貰いますよ!
初級魔法・『ディガーバインド』」
パパッと空中で魔法陣を描き、さっき授業で編み出した魔法を発動する。
魔法陣から『土竜』が飛び出して落下し、岩場の隙間から地中に潜り込んだ。
ガガガガ‼︎っと地面を掘り進みながら、森の陰に隠れていた賊に狙いを定める。
「ぬ⁉︎ また奇妙な魔法を使いおって……躱すのじゃイルベル教頭!」
え? イルベル?
「しかし、このままではルミネス君が。何とかしてくれルーシス校長!」
今度はルーシス? 聞き間違いだよね……?
「ま、いっか!」
賊の足元で、ドカーン‼︎っと、土竜の爆弾を爆発させた。
「ぐはぁぁ! ば、爆発した⁉︎」
よっし、直撃だ!
無残にも爆風に跳ね上げられ、土と石に塗れながら賊が宙を舞った。その瞬間、視界の違和感が無くなり、周囲を包んでいたボヤけが消えた。
よし、隠蔽の魔法が解けた!
舞い上がる土埃の中へ目を凝らすと、メイド服姿の少女を発見した。
「いた! ルミネスだ! さっさと回収しよう」
捕縛のネットを操作してルミネスの細い体に絡ませ、手元へと一気に引き寄せて見事にキャッチした。
「にゃぁ……ドミ、ニクさまぁー……zzz」
「ルミネス! 大丈夫かい?」
無事で良かった。かなり魔力が消耗してるけど、眠ってるだけだ……家に帰ったら治してやるからな。
「さて、転移魔法で帰ろう……ってあれ⁇」
何故か、見覚えのある人物が地面に四つん這いになって震えていた。その手にはへし曲がったシルバーフレームの眼鏡が握られている。
「本当に災難続きだ……くっ、私の眼鏡が壊れてる……」
……なな、何でイルベル教頭がここに居るんだ⁉︎
「ぬぅ、怪我はないかイルベル教頭⁉︎」
げぇ‼︎ ルーシス校長までいる⁉︎
じゃあまさか、今まで戦ってたゴリラ形の魔獣は、ゴリラじゃくてルーシス校長だったのか⁉︎ 一体何がどうなってんだ……。
まずは、ルミネスを回復させよう……話はそれからだ。
「古代魔法・『ワープ』」
2人にバレないように飛行魔法で宙に舞い上がり、そのまま、我が家へと繋がる転移の狭間を潜った。
「奴はどこに消えた? ぬうぅ! 逃げおったか……」
「しまった! ルミネス君を奪われてしまった……早急に手を打たねば……」




