現代魔法と得意属性3
「では実際に、初級規模の現代魔法を使ってみせるでござる」
僕達が雑談をしている間に、ひっそりと魔法の実演が始まろうとしていた。
先生が杖の先に光を灯し、丁寧に魔法陣を描いていく。
多分、一番最初に練習する初級魔法と言えばアレだろう。
「にん! 現代魔法・『影縛り』」
僕の読み通り、先生の足下からシュバ!っと影が一直線に伸び、標的の木の棒に巻きついた。
そのまま縛り上げていくと、メキメキと木の軋む音が聞こえてくる。
もう砕けてもおかしくないくらい締め上げてるのに、木の的は原型をとどめたままだ。衝撃吸収のシールがダメージを上手く吸い込んでるみたいだな。
「この様に『捕縛』の魔法は、対象の動きを封じる魔法でござる」
『捕縛』は、魔力をロープの形で具現化させる魔法だ。
発動は速いし、ロープは魔力によって体と繋がっているので意のままに操れる。大型の魔獣にも有効で、徐々に体の部位を縛り上げていって動きを封じる戦い方もある。
使い様によっては、ゴーレムなどの無機物を操る方法もあるし、僕達、新米冒険者にはもってこいの現代魔法だね。
捕縛を見た生徒達の反応はまばらだった。
養成学校に入るまで魔法に興味が無かった、なんて生徒も普通にいるからなー。でも、あの程度の魔法なら、練習すれば誰でも扱えるようになるだろ。
「あれが捕縛の魔法ー? ドミニクが太陽の遺跡で使ってたやつだよねー」
カレンが制服の袖を引っ張ってくる。課外授業の時の事を思い出したらしい。
「そうだね。カレンも今のうちに捕縛の魔法理論を読んでおきなよ」
「もう読んだよ〜、ふふん〜」
変だな……? いつものカレンなら魔法の書なんて開きもしないのに。学校に通い始めてから魔法に興味を持ち始めたのかな?
先生が指をパチ!っと鳴らすと魔法が解かれ、木を縛り上げていた影が消え去った。
「さて次は、皆にも捕縛の魔法を実演して貰うでござる。名前を呼ばれた生徒は前に出てくるでござる。アイリス殿!」
「は、はい!」
初っ端から名前を呼ばれ、少し強張った顔のアイリスが一歩前へと出た。
細身の体と、のほほんとした顔付きからは想像つかないけど、ああ見えてアイリスは次席らしい。部活の時に、魔法適性は高いって言ってたけど心配だな。
生徒名簿らしきものを確認しながら、にんにんと頷く先生。何やら生徒達のデータを管理しているようだ。
「アイリス殿は、我と同じBランクの魔法適性を持っているでござるか。得意属性は『水』故に、皆のお手本には丁度良いでござるな」
「お手本ですか……頑張ります」
現代魔法の書と杖を手に持ったアイリスが、標的へと体を向ける。
現代魔法を発動させるには、本に書かれた魔法の理論を頭に入れ、魔法陣を真似て描くだけだ。
アイリスも、片手に開いたままの魔法の書を乗せてセオリー通りに魔法陣を描いていく。
「行っくよー。 現代魔法・『ウォーターバインド』」
放たれた水のロープが、標的の木の棒にクルクルと巻き付いてがんじがらめにしていく。
うーん……おしいな。
追影先生の捕縛は、一点を縛り上げる強力なものだった。それに対してアイリスは、縄が上下に分かれて巻き付いたせいで力が分散されてしまっていた。
とは言え、魔力の縄を投げるのは慣れないと難しいし、イメージ不足だっただけだな……追影先生も満足気に拍手している。
「うむ、アイリス殿。お手本の様な捕縛の魔法でござった!」
「本当ですか! やったー」
「捕縛の魔法は奥が深い。どうやれば効果的な魔法になるかイメージすると良いでござるよ」
アイリスに続いて他の生徒達も実演をこなし、順調に授業は進んでいった。
生徒の多くが『水』と『風』の得意属性らしく、やたらと風の捕縛魔法を放つ生徒が多かった。
次はカレンの番か……。
カレンの背中からは、怪し気なもふもふの黒い翼が生えていた。
自分で魔法を使う気は無いらしい。既に、ダークスピリットと一体化して準備万端のようだ。
「……打ち合わせ通りに頼むよ。ダークスピリットー」
《……御意ですが何か?》
融合したダークスピリットに、何やらコソコソと話しかけている。
打ち合わせって何だ……?
「見ててよドミニクー!」
カレンが変なポーズで杖を振り回すと、融合中のダークスピリットがそれに合わせて魔法陣を描いていく。
す、凄い……息ぴったりの完璧なコンビネーションだ! カレンが魔法陣を描いているようにしか見えない。
「いでよー! 」
《氷漬けですが何か? 精霊魔法・『ブリザード・スピリット』》
カレンが両掌を魔法陣に向けると、ズバババ! っと巨大な氷の竜巻が巻き起こった。
竜巻がブリザードを吹雪かせ、訓練場をまるごと氷漬けにしていく。
『捕縛』の魔法じゃないじゃん……つーか、どんだけ練習したんだよ。他にやる事あっただろ!
ダークスピリットのやつ、カレンのくだらない練習に付き合わされて鬱憤が溜まっていたんだな……標的も何もあったものじゃない。まぁ、見ていて爽快な魔法だったから良いか。
生徒達も口をあんぐりと開けて、ブリザードの前で立ち尽くしていた。
「あれが現代魔法⁉︎ すげぇ威力だ……」
「カレンさんの背中から生えてる翼は何だ? やっぱりあの子もドミニクと同類だったのか……」
吹雪が収まった訓練場には氷のエレメンタルが充満し、近くにあったベンチに氷柱が垂れ下がっていた。
氷漬けになっちゃったし……もう授業にならないな。
先生もダークスピリットの魔法に吹雪かれ、額当て一部が凍りついていた。
「い、今のは上級規模の魔法に見えたが……カレン殿は魔力が無いのでは無かったでござるか……」
「何かやってみたら出来ましたー」
「ぬぅ……やはり、ドミニク殿の幼馴染でござるな……」
納得の仕方がおかしいぞ……。
「幸いにも今日は、砂漠地帯から火のエレメンタルが流れて来ている故、氷は夕方には溶けるでござる……仕方ない、これにて実演の授業は終了と一一一」
「ちょっと待てー!」
いきなり何だ?
実演を終了させようとした先生の前に突然、お坊っちゃま君ことギーシュが割り込んできた。
「先生! 誰か忘れてないか? 僕とドミニク委員長の番がまだだぜ」
……お坊っちゃま君のやつ、余計な事を。
ギーシュの得意属性は火だ。『火の捕縛』は的を縛り上げたまま燃やす事も出来るので、攻撃的な意味では他の種の捕縛よりも優れている。
火で凍った木の的を溶かしつつ、捕縛を成功させるつもりだな。見え見えの作戦だ……この実演だったら僕に勝てると踏んだのだろう。
「どうなんだ? 僕とお前のどっちが上か、ここでハッキリさせようぜ〜」
僕の方を指差し、ニヤニヤと悪巧みした顔を見せた。
ギーシュの奴、そんなに僕に魔法を使わせたいのか……? 逃げる理由もないけどね。




