委員長とお坊ちゃま
昨日までの涼しさは何処へやら。今日の養成学校は突然の猛暑に見舞われていた。
今朝、新聞で見た天気予報によると、砂漠地帯から流れてくる風に乗って、この町に大量の『火のエレメンタル』が流れ込んで来ているらしい。
魔法を使うのに必要なエレメンタルは、気温や天候にも影響を及ぼすと言われている。つまり、空気中に含まれる火の属性が多くなればなる程、気温は上がる。
「うわっ、家を出た時より暑くなってる……砂漠に居るのと大差無いな」
窓の方に目をやると、浮遊する火のエレメンタルが陽炎の様にユラユラと揺れていた。
「あっつーぃ……これじゃ授業に集中できないよー」
「おはよう! カレンちゃんっ。昨日より10℃も高くなるみたいだねっ」
カレンとリーシャも、制服の襟元を手で扇いで暑さを凌いでいた。
この町は、灼熱の砂漠や極寒の雪山から流れてくる属性によって、著しい気温の変化が頻繁に見られる。この町で何年も暮らしている住民達も、この極端な気温差には参っているだろう。
椅子に背を預け、壁に掛けてある時計に目をやると、既に朝のホームルームが始まる5分前を指していた。
生徒達が、自分の席へと戻って行く。
私語も少なくなり、落ち着き始めた教室に突然、突風が吹き込んで来た。
「にん! 全員、席に着くでござる! 」
突風と共に教壇に現れたのは、
Aクラスの忍者兼、担任の追影・薫先生だった。
いつも着ていた暑苦しい忍装束の生地が薄くなっていて、夏仕様の半袖になっている。
涼しそうだけど、先生は教員用の制服を着なくても良いのか……?
「おはよう! しかし、今日は暑いでござるな! 」
「「お、おはようございます……」」
「では、出席の点呼を行うでござる」
窓からの派手な登場を見せた先生に、呆気にとられたまま挨拶を返す生徒達。
そのまま、席順に点呼が終わり、ぼちぼちと授業が始まろうとしていた。
何だあれ……? 追影先生が。黒板の上に大きな巻物を掛けていく。
「授業を始める前に、このクラスの委員長を決めようと思うんだが、誰か頼めないでござるか?」
垂らされた巻物には『学級委員長』と筆で書かれていて、名前を書く為の空欄があった。
ふーん、クラス委員長か……僕には関係ないな。余計な仕事が増えるだけだし、進んで立候補する人なんていないだろ。
案の定、生徒達から消極的な声が漏れ始めた。
「俺は嫌だぜ。みんなを纏められるような高ランクの適性を持ってないし。どうせだったら強い奴が良いんじゃないか? レオルとかどうだ」
「レオルは性格がアレだから委員長には向いてないだろ。それにドミニクに負けたしな。そう言えば、魔法適性の高いギーシュに勝ったのもドミニクだったよな?」
「委員長って、動物小屋の餌当番も任されるんだろ? ダチョウ小屋には一匹だけ凶暴な奴がいるから近付けないんだよなぁ……」
へぇ~、ダチョウの餌やりまで任せられるのかー。やっぱり委員長って大変なんだな〜。
みんなが愚痴をこぼす中、一人だけやる気満々で委員長に立候補しようとする生徒がいた。
「はいはいはーい! クラス委員長に相応しい人材と言えばこの僕、ギーシュ・プラネックスしかいないだろ! なんてったって僕はBランクの魔法師だし、このクラスじゃ1番強いからねー! ぐへへっ」
そうそう、こういうのは目立ちたがり屋のギーシュにやらせとけば良いんだ。
「では、ギーシュ殿の他に、誰か適任者はいないでござるか?」
他人事のように聞き耳を立てていると、ギーシュとその取り巻き以外の生徒達が、一斉に声を揃えて言い放った。
「「「ドミニク君が良いと思います!」」」
ちょっと待て‼︎‼︎
「にん! 実技の授業で優勝したドミニク殿になら、このクラスの委員長を任せられるでござるな。よろしく頼むでござる!」
「ござる! じゃないですよ! 何で僕が委員長なんかやらないといけないんですか⁉︎」
ただでさえSSSランクにされて悩んでたんだ……これ以上、余計な仕事が増えたらたまったもんじゃない!
「ちょっと待ってー! 」
カレンが真剣な顔をして立ち上がった。
さすが幼馴染だ……僕の気持ちを察して、みんなに抗議してくれるようだ。もし、僕が委員長になったら一緒に遊ぶ時間が無くなるし、カレンも退屈だろうしね。
「ドミニクが委員長やるなら、私が副委員長をやりたいでーす!」
おーい‼︎
「良し! 決まりでござるな! では、委員長をドミニク殿とし、副委員長をカレン殿とする!」
「ふふん〜! 一緒にがんばろうね、ドミニクー!」
カレンが満面の笑みで、嬉しそうにウインクを飛ばしてくる。
幼馴染にすら僕の思いは届かないのか……⁇
完全にスルーされ、置いてけぼりだったお坊っちゃま君が、ズカズカとこっちに迫って来た。
「くっ、くそ! 何でお前が委員長なんだ! 僕より弱いくせに調子にのるなよ‼︎」
「まぁまぁギーシュ。この暑さの中で口喧嘩はごめんだよ。別に僕もクラス委員長になりたくてなったわけじゃないんだし」
不穏な空気を察した追影先生が、すぐに間に割り込んできた。
「ギーシュ殿! 席に着くでござる!」
「うぅ……ちっ! い、命拾いしたなドミニク! 暑くなかったら、お前に僕のファイアボールをお見舞いしてやる所だったのに……ちっ!」
追影先生に睨まれ、捨て台詞と共に自分の席へと戻っていくギーシュ。実技試験の時に痛い目を見たのにまだ懲りてないらしい。




