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迷い猫とケルベロス4 〜イルベルside

「客人か……新入生を迎えたばかりだと言うのに、本当に慌ただしいのぅ……」


 空調の効いた校長室の快適さとは裏腹に、疲れた顔の校長が私達を出迎えてくれた。


「やぁ、ルーシス校長。例の件だが……もう私の手に負えなくなってしまってね……力を貸して欲しいんだ」


「ふむ……まずは報告が先じゃろう? 森で何があった? そこの獣人の娘は何者だ? ドミニク・ハイヤードと関係しておるのか?」


 質問攻めからの鋭い眼光が、ルミネス君へと向けらる。


「森へと流れ込んで来た火のエレメンタルによって、ケルベロス達が強化されてしまったんだ……こっちの獣人の子はケルベロスを召喚した張本人で、しかもあのドミニク君の使い魔らしい」


「奴の使い魔じゃと⁉︎」


 ガタガタンッ!っと椅子を吹き飛ばしながらルーシスが立ち上がった。


「答えるのじゃ……お主の主人は何者なのじゃ? 何か奴に関する重大な秘密を知ってはおらぬか?」


 私のローブの後ろに隠れていたルミネス君へと、強面の髭面がぐんぐんと迫ってくる。


「ゴ、ゴリ……」


 そうルミネス君が、ポツリと呟いた。


 ゴリ……? 恐怖で上手く言葉にならないようだ……。


 当たり前か……竜族を討伐したSランクの冒険者を前にして、こんな少女が平然としていられる訳がない。


「隠れてないで出ておいで……協力者を紹介するよ。驚いたかい? この人が養成学校の校長にして最強の冒険者、Sランクのルーシスだ!」


 ドヤ顔でルーシスを紹介する私の声は右から左へ、ルミネス君はビシッ!っとルーシスの顔面を指差して言い放った。


「にゃー⁉︎ ゴリラがいるのだ‼︎」


「ぬぅぉ⁉︎ だ、誰がゴリラじゃぁ⁉︎」


 ルミネス君が逃げ出し、ルーシスが鬼の形相でその後を追う。狭い校長室で、グルグルと追いかけっこが始まった。


「待たんかぁぁ‼︎」


「にゃぁー! 来るなぁ‼︎」


 思った通りやるな……あのルーシスと一瞬で打ち解けてしまうとは、さすがドミニク君の使い魔だ。


 入学式の時から、ルーシスに良からぬ噂が広がっている事は知っていたが、直接、本人にゴリラ宣言をしたのはこの子が初めてだろう。

 変な話、私もたまにルーシスの動きがゴリラに見える時があるが、一度も口にした事はない。


 体力が切れ、地べたに座り込んだ2人に粗方の事情を説明し終え、再び協力を仰ぐ事にした。


「ぜぇぜぇ……ぬぅ、大体の事情は理解した! こやつはドミニク・ハイヤードの使い魔で、現代の魔力に体が適応せず、召喚魔法が失敗してしまったと……」


「はぁはぁ……少しずつ体内の魔力も減って来ているのだ……召喚刻印の魔法もあと何回、使えるか解らん……」


 それならばと、ルーシスがアゴ髭を撫でながら提案をだした。


「解決策はある……お主の主人、ドミニク・ハイヤードを呼んで来るのじゃ、奴なら自分で何とかするじゃろう、何を仕出かすかは分からんがのぅ!」


「それは危険だとさっき話しただろう……それに、彼への余計な詮索はギルドの機密事項に違反するよ」


「ぬぅ……ならば作戦を考えろ」


 作戦か……ケルベロスは美しい旋律を聴くと眠りに落ちる。奴らを一箇所に集める事さえ出来れば、『旋律』の魔法で奴らを一掃できる。


「どうにかして、ケルベロスを一箇所に呼び寄せる方法はないかい?」


 私の問いに、ルミネス君は浮かない表情で口を開いた。


「あるにはある……ケルベロスは匂いに敏感なのだ。元の主人である私の魔力波を森中に飛ばせば、恐らく、匂いを嗅ぎつけて集まってくるだろう」


 作戦が決まったな。

 ニヤリと笑い、ルーシスが勢いよく立ち上がって宣言した。


「良い覚悟じゃ! 時は一刻を争う。今から『ケルベロス捕縛作戦』を開始する!」


 珍しく冒険者魂に火がついたようだ。

 ルーシスの性格からすると、エレメンタルに強化されたケルベロスと戦いたくてうずうずしているのか……。


 ※


 校舎を後にし、森を進んでいた。


 ここが人気の無い森で本当に良かった……。

 私は教員の制服、ルミネス君はメイド服、それに加え、ルーシスは武道家の正装と、側から見れば冒険者どころか怪しい集団にしか見えない……。


 ルーシスの提案で、森を抜けた先の岩場にケルベロス達を呼び寄せる事になった。学校に近い方がいざと言う時に助けを呼べるけど、生徒達の安全を優先すれば仕方ないか。


「お主が魔神と言うのは事実なのか? ワシの知り合いにも獣人は多くいるが、そう見た目は変わらんものじゃな……」


「さあな、私は記憶がないのだ……私からしてみれば、貴様の方がよほど獣人に見えるがな……」


 眼は合わさず、自然に会話する2人。


 獣人は、見ただけでその者の持つ強さが解ると言う。見た目は筋肉質の老人にしか見えないルーシスも、この子の目には猛獣の様に映っているのかも知れない。


 早足で森を駆けていくと、しだいに草木が目に見えて少なくなり、代わりにゴツゴツとした岩場が現れた。


「校舎からは大分離れたね。ここが絶好の作戦ポイントだろう。ルミネス君、あそこの岩に立ってもらえるかい」


「岩だと?」


 一際、大きな岩の上に魔法陣を刻み、その上にルミネス君を立たせた。

 何やら不安そうに魔法陣を突いている。


「この魔法陣はなんなのだ……?」


「それは『(スメル)』の魔法陣だよ。本当はトイレなどの篭った匂いを消すための魔法なんだが、今回は逆の方法で利用する」


「匂いを増幅させて飛ばし、ケルベロス達を呼び寄せるのじゃな」


 魔法の説明を聞いてから、ルミネス君の顔が引きつり出した。


「に、匂いを増幅だと……解ってはいたが、私も一応、女の子なんだが……」


 可哀想だけど、この広い森で確実に獲物を呼び寄せるにはこの方法しかない。


 ちゃんと、ルーシス校長には鼻栓を渡しておいた。


(スメル)』の魔法に釣られてやって来たケルベロスどもを、旋律の魔法で纏めて眠らせた後、召喚刻印を刻んで元いた場所へと強制送還させる。


 最悪、何か問題が起きてもルーシスが対処してくれるだろう。


「早速やろう。準備はいいかい!」


「うぬ! いつでも良いのじゃ!」


「ちょっと待つのだ! この魔法……校舎の方まで匂いが届いたりしないのか? ドミニク様なら私の匂いに気づく可能性があるのだ……」


 心配するルミネス君をよそに、岩に刻んだ魔法陣を魔力の輝きで満たしていく。


「心配し過ぎだよ。匂いを増幅させたと言っても犬じゃあるまいし、数キロ先の人間が嗅ぎ分けられる筈がない」


「なら良いのだが……」


 良いぞ……ルミネス君の体からモクモクと灰色の煙が出てきた。ちょっときつい獣臭だな。


 順調に風に乗り、匂いが森へと流れていく。あとは獲物を待つだけだ。

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