迷い猫とケルベロス3 〜イルベルside
「現代魔法・『サーチ』」
森へと飛ばした検索の光から、魔獣の位置情報を探り出す。
「校舎の近くに魔獣の反応は無いか……」
しかし暑いな……火のエレメンタルが森に流れてきて、気温を上昇させているようだ。
額の汗をぬぐい、昨日の夜、通った道を進む。
追影先生は授業を行っているし、無駄な戦闘は避けたい。とりあえず、昨日の夜にケルベロスを倒した場所まで行ってみるか、何か変化があったかも知れない。
木に記された黄色いペイントの忍印を追いながら、獣の気配を探って歩く。
暫く森を歩き続けると、×印の刻まれた木に辿り着いた。
周囲に昨日の戦いの痕跡が残っている。
不穏な魔力と獣の匂いがする、獣の体毛が落ちてるな。
「にゃぁ……」
今のは猫の鳴き声か?
ふと、小動物の鳴き声らしきものが聞こえ、調査の手を止めた。
咄嗟に藪の陰に身を隠し、声のする方を覗いてみる。
……誰だ? メイド服を着た少女がキョロキョロと周囲を見渡していた。頭には猫耳、お尻からは尻尾が生えている。
見るからに怪しい……まさか、こんな森に校舎の清掃員がいる訳もない。
獣人の女の子は、長い黒髪をわしゃわしゃと掻き乱し、大きなため息をついた。
「にゃぁ……まさか、召喚魔法が失敗していたとは。何としてもケルベロス達を強制送還しなければ!」
何やら困っている様だね。ちょっと話を聞いてみるか。
「はじめまして、私は養成学校教頭のイルベルだ」
「にゃ⁉︎……びっくりしたー」
……近くで見ると余計に怪しい。猫と人間のハーフのようだけど、言葉は通じるようだね。
「君は誰だ? 見た所、うちの生徒では無さそうだが……ここは危険だから今すぐ立ち去った方が良い」
「う、うるさい……私は今、とっても忙しいのだ」
私の質問に、少女は指の爪を噛んで焦りを見せた。
「もう一度言う。君は誰だ? 今、この森には凶暴な魔獣がいて危険なんだ。黙って見過ごすわけにはいかないよ」
再びそう問い詰めると、獣人の少女は眉をへの字に曲げて言い放った。
「んぅー! しつこいのだ! 私は魔神ルミネスだ!」
……魔神だと?
魔神とは災いを招き、人々を恐怖へと陥れる魔の存在だ。こんな可愛らしいメイド服の少女が、魔神の訳が無い。
「はいはい。君が誰かは解ったよ。早くここから立ち去るんだ、この森は養成学校の敷地内だよ」
「だからー! 私は今、忙しいと言っているのだ!」
ムッとすると、猫耳がピーンっと突っ張るようだ。やれやれ、一向に話が進まないな……どうしたものか。
少女の対応に手を焼いていると、急にガサガサ!っと草の擦れる音がし、獣が大地を蹴る音が迫って来た。
「まずい……ケルベロスに気付かれたようだ! 早く逃げろ!」
怯み、後退りする私の眼前に、獰猛なケルベロスが牙を向いて現れた。
地を踏みしめる前足からは火の粉が散り、呼吸に合わせて口から火が吹き出している。
随分と見た目が変わったな……火のエレメンタルを体内に取り込んで体を強化したようだ。
魔神と名乗る少女が、ケルベロスの首元を探るように見て呟いた。
「やはり、私の刻んだ召喚刻印が消えてしまっているのだ……」
「なに⁉︎ 君がケルベロスを召喚したのか?」
「そうだ……だがもう、こいつらは私の使い魔ではない」
やはり、この子が事の元凶か。
それが事実だとして、ドミニク・ハイヤードとの関係性はなんだ? いや、今はそれ所じゃないか……。
「さぁ、かかって来るのだ! 誰が貴様らの主人なのかもう一度教えてやろう。刻印を刻んで、元いた場所に送還してやるのだ!」
シュッシュ!とキレの良いパンチが空を切った。
す、素手でやる気なのか……? どう見たって、こんな小柄な子がケルベロスに勝てるわけがない! 私が何とかしなければ……。
相手は心臓を貫かなければ無限に再生する獣だ。せめて、動きだけでも封じて見せる。
「いくよ! 追影先生の使った戦法だ。
現代魔法・『ウッドバインド』」
少女の奇抜な動きに気を取られていたケルベロスに、先手で捕縛の縄を放り投げた。
3つの頭部に縄を巻きつけ、纏めて1つに縛り上げていく。
「今だ! 刻印を刻み直すんだ!」
そう叫んだ瞬間、掌に焼けるような熱い感覚が返ってきた。
捕縛の縄がパチパチと焼け切れていく……火のエレメンタルが私の捕縛を焼き切っているのか。
《グオオォ‼︎》
威嚇の声を上げたケルベロス、その側部へと一瞬でルミネス君が回り込んだ。
「ふん‼︎」
ズドン!っと、強烈なフックがケルベロスの腹部を抉り、その巨体を怯ませた。
ケルベロスも体勢を立て直し、反撃の爪で応戦した。
し、信じられない……獣人とは言え、素手でケルベロスと渡り合あるものなのか? 体術も何もない、力技で殴りつけているようだが。
危なっかしい力技が続き、ケルベロスは爪と火炎で応戦している。息を飲むような戦いが繰り広げられていた。
ルミネス君の息が徐々に上がって来たな……それに、手加減している様に見えるのは気のせいか?
「くっ、やはり魔力が体に馴染まない……」
ケルベロスの攻撃がルミネス君を捉え始めた……火炎魔法をもらってしまえば、さすがに倒されてしまうだろう。
何かケルベロスの動きを封じる手段はないのか。
思考を巡らせる私に、ルミネス君が叫んだ。
「くっ……おい、イルベルと言ったな! このままでは負けてしまう…… 『旋律』の魔法を使え!」
旋律の魔法? 何故、この状況で……。
その言葉に、子供の頃に本で読んだケルベロスの習性が頭をよぎった。
あれは絵本の話だろう……しかし、一か八かやってみるしかない!
何年も前の記憶を掘り出し、とある魔法陣を描いていく。
この魔法は、エリシアスでは一般的な鍵盤、弦楽器、ピアノやウクレレなどに付与される魔法だ。魔力波を震わせる事で様々な美しい音を生み出す事が出来る。
「現代魔法・『メロディー』」
魔法陣から美しいピアノの旋律が鳴り響くと、瞬く間にケルベロスの瞼が重くなり、立ったままイビキをかいて深い眠りに落ちていった。
《zzz》
「や、やばかったのだ……」
口をぽかんと開けて、ルミネス君が地面へとへたり込んだ。
「ケルベロスは美しい旋律を奏でると眠りに落ちる……本当の話だったのか」
「にゃぁ……助かったのだ! さて……」
ルミネス君がケルベロスの首元に近づいて、ビンタをする様に刻印を焼き付け、手に着いた毛を叩いて落とした。
「これでよしっと! 『強制送還』!」
ケルベロスの体が空間の歪みに呑み込まれていく。元いた場所へと戻ったようだ。
「送り返すのは良いけど、また刻印が剥がれたらどうするんだい?」
「それは知らん……と、とにかく、あの人にバレたらやばいのだ!」
「あの人? 君はドミニク・ハイヤードという生徒を知っているか?」
私の質問に、ルミネス君は両手を腰に当てて鼻高々に言い放った。
「知ってるも何も、ドミニク様は私のご主人様だ‼︎」
えぇ……ドミニク・ハイヤードに関する重大な問題がまた一つ増えてしまった。
彼の使い魔は、ケルベロスと素手で渡り合える獣人で、思春期男子の欲望を詰め込んだかの様な格好をし、主人を様付けで呼んでいる。
まったく、教育上よろしくないね!
「さて、次のケルベロスを探すのだ」
「まだやる気なのかい……」
駄目だ、このまま戦った所で無駄死にするのは目に見えてる。
「私もケルベロスをこの森から追い払いたいんだ。目的が一緒なら協力した方が良いだろう。一旦、助っ人を呼びに行かないか?」
「……わかった、しかし、あてはあるのか?」
「勿論だ、エリシアスで1番頼りになる男だ。君も名前くらいは聞いた事があるだろう……Sランクの冒険者、ルーシスだ」




