無限の霧樹海 4
「起きて、起きてよ……ルミネス」
膝の上に寝かせたルミネスに、優しく声をかける。
うっすらと赤い目が開き、白く細い手がゆっくりと僕の手に重ねられた。
「ドミニク様……申し訳ありません……」
最初に出てくる言葉がそれか……本当に律儀な魔神だな。
僕も嬉しさが溢れ、細い手を強く握り返した。
樹海から毒霧を消し飛ばした後、検索の魔法を飛ばし、転移魔法でここまで駆けつけた。
ルミネスは無残にも木の槍で地面に串刺しにされ、絶命寸前だった。
こんな事態に陥った原因はすぐに解った、歓迎会で遺跡の地下に転移した時だ。
遺跡の地下は、結界で地上との繋がりを絶っている。
外部に召喚した使い魔が居た場合、主人との魔力供給の繋がりが、結界によって完全に切れてしまう様だ。
僕の不注意で、大事な使い魔を失ってしまう所だった……
何とか立ち上がろうとするルミネスに手を貸すと、スッと息を吸って辺りを見渡し、不思議そうに尋ねて来た。
「樹海の毒霧が消滅しています……ドミニク様の仕業ですか?」
「うん、僕が浄化したよ。他に方法が無かったんだ」
それ以上の会話は無かった。ルミネスは不意に、僕の背中に抱きついておデコをひっつけ、優しい声で呟いた。
「本当に滅茶苦茶な人ですね……少しだけ、このまま休ませて下さい」
※
パンパンっと、穴だらけのメイド服の汚れをはたき落とし、身体の調子を確かめるルミネスに背を向け、辺りの調査を開始した。
ここは恐らく魔獣の巣だ。
ライトの光で周辺を照らすと、太い蜘蛛の糸が大樹と大樹の間に張られ、縄張りを主張する囲いが作られていた。
木の根元では小さな毒模様の蜘蛛が重なり合い、うごめきあっている。
そう言えば、ルミネスの体にも蜘蛛の糸が数本刺さっていたな……糸を介して子蜘蛛へ養分を吸収させていたのか。
使い魔をこんな目に合わせた奴を、放っては置けない。ここが魔獣の巣ならば、必ず親が餌を持って帰って来る筈だ。
主人としての務めだ、跡形もなく消し去ってやる。
「ドミニク様……あの……」
ルミネスが何かを伝えようと、心配そうに声を漏らした。
「ごめん、ルミネスは少しだけ休んでて」
テント型の小さな魔獣除けの結界を貼り、ルミネスを座らせた。
これは僕の責任だ。これ以上ルミネスに負担はかけられ無い。
親魔獣の帰りを待っていると、ズルズルと何かを引きずる音と、グオォと不気味な畝り声が聞こえてきた。
さてと、帰って来たな。
音のする方を向き、集中して魔力を高めて行く。
緑の鱗を待つ巨大な爪が大樹を丸ごと掴み、ズシッと重そうな赤い花を頭部に持つ花竜が、唸り声をあげながら現れた。
口に咥えた餌の鹿を引きずり、体を毒蜘蛛がカサカサと這い回っている。
なるほどね……花竜は毒耐性を持っていない。あれは毒蜘蛛との共生により、毒に適応した花竜だ。
毒蜘蛛が花竜の花から養分を吸い取り、代わりに毒を分解した酸素を送り込む。
自ら共生する術を身につけるとは、他の竜種に比べて知能が高いんだな。
毒霧に適応した知能型のドラゴンに、植物系の魔法か……魔法が使えない状態のルミネスが負ける訳だ。
花竜の共生体が、ルミネスを見下す様にニヤリと笑った。
「貴様……」
ルミネスも勘付いて睨み返す。
馬鹿だね、完全にルミネスが自分より弱いと勘違いしている。知能の高い魔獣は表情に出るので解りやすい。
「僕はそんなに怒る方じゃないけどね、あまり調子に乗るなよ」
花竜が鹿を投げ捨て、グオオ!!と咆哮を鳴らし、僕もそれに応えて戦いが始まった。
一気に駆け出し、突進しながら右手でパパッと魔法陣を描く。
花竜は間違いなく、植物系魔法を放ってくる。
《グオオ!!
植物系魔法・『棘』》
走り出した僕を取り囲む様に、辺りの大樹の前方に16個の魔法陣が現れ、枝が木の槍のように飛び出して来た。
視覚により、一瞬で槍の位置を把握、全て最短ルートで走りながら躱す。
木の槍が紙一重で体を擦り、地面にグサグサッと突き刺さって行く。
瞬時に右掌に、赤青黄緑の4色の破壊の陣を作り出す。
「初級魔法・4重破壊魔法・
『エレメンタル・ブレイク』
余裕の笑みで吠える花竜の、隙だらけの懐に潜り込み、腹部に破壊の陣を叩き込む。
ズシッ!っと、破壊の陣がめり込むと、衝撃で花竜は吹き飛び、巨体を地面にぶつけながら大樹をなぎ倒した。
グルンと、尻尾で倒れた大樹を砕きながら立ち上がり、再び4足歩行で翼を広げ、低い体勢から再び植物系魔法を放つ。
《グオ! グオオ!??》
花竜が魔法を放とうと吠えるも、一向に魔法陣が出現しない。
終わりだな。
「もう魔法は使えないよ。頭の良い君なら解るでしょ」
あの破壊魔法は、魔力の内に構成される火、水、雷、風の4つの『属性』を破壊する魔法だ。1度受けたら最後、体内から属性が消え、2度と魔法が使えなくなる。
「さてと、可愛い使い魔を痛ぶってくれた罰だ、チリも残さないぞ!」




