無限の霧樹海 3
「まーた魔獣だよ、しつこいなぁ」
稲妻に焼けた樹木と植物型の魔獣から、ブスブスと黒い煙があがる。
前に来た時より魔獣達が凶暴化してる、魔神の魔力に刺激されて本能が活性化してるのか。
ライトの魔法を頼りに、真っ暗な夜の樹海を彷徨い歩く。
この広い樹海を闇雲に探すくらいなら、いっそ樹海から毒霧を消し飛ばすか? いやでも、調査隊の人達に顔を見られてるし、バレたら今度こそ退学だ……
探索の授業の時と同じだ、何か策を講じるしか無い。
何でも良い、何か些細な事でも樹海の変化に気付ければ、それがルミネスへと繋がる手掛かりとなる。
息を止めていても、僅かに吸った毒が肺を蝕んで行く。
ふぅ、もたもたしてる内に肺が熱くなって来た。そろそろ浄化の魔法を使おう。
「初級魔法・『エア・プリフィケイション』」
妨害波に阻まれながらも、木の枝を掻き分け、樹海の奥へと進んで行くと、クゥーン……と微かに、獣の鳴き声が聞こえた。
鳴き声のする方へ目をやると、毒々しいキツネが藪の方を歩いていた。
ポイズンフォックスか、この樹海なら特に珍しくはないけど。
すれ違い様に、チラッとキツネの方へ目をやると、一瞬、頭部に生えた興奮草が視界に入った。
妙だな……ハーブ種の魔獣は、食べた薬草を体から生やし、外敵から身を守る。
なら何で、興奮草なんて食べたんだ? あの毒草には気分を最高潮にさせる効果しか無いし、キツネが共生の相手に選ぶとは思えない。
もしルミネスが、探索に優れた魔獣を召喚して、薬草採取を手伝わせていたとしたら……
足を止め、背後からキツネ君の方へゆっくりと近づいて行く。
元気が無いな、怪我でもしてるのか?
キツネ君はグッタリとした様子で、必死に足を進め様とし、そのままパタッと地面に倒れこんでしまった。
「どうしたの!? 大丈夫かい!?」
キツネ君に駆け寄り、急いで体を調べる。
クゥーンと力なく鳴き、体毛を弄られてくすぐったそうだ。首元には、確かに黒い『服従』の刻印が刻まれていた。
当たりだ!誰かの使い魔で間違い無い。怪我はして無いけど、この症状は魔力切れだな。主人からの魔力供給が断たれたのか。
召喚された魔獣は、自身の持つ魔力の最大値まで主人から魔力供給を受ける。何らかの理由で主人からの魔力供給が無くなると、使い魔もその魔力を失ってしまう。
もたもたしてる時間は無い、心を読んで見よう。
古代魔法・『読心』
「何があったの? 君のご主人様は?」
僕の問いかけに、危険を伝える必死な鳴き声が返って来た。
《クゥーン (魔神の危機、漆黒の死滅)》
……漆黒の死滅だって?? ルミネスが死ぬって事か!?
良し、樹海から毒霧を全て消滅させよう!
思いっきりジャンプし、そのまま飛行魔法で霧を突き抜け、一気に空へと舞い上がった。
「やっとまともに息ができる! この辺りで良いかな」
夜空から、不気味な紫色に光る樹海を見下ろす。
はぁ、入学初日にして退学か、短い様で本当に短い学校生活だったな……
ごめんなカレン、リーシャ、アイリス……あとついでにレオル。もっとみんなと遊びたかったよ。
「本気複数詠唱」
どこまで届くか解らないけど、最大範囲の浄化魔法を放つ!
描いた黄色の魔法陣を、出来るだけ研ぎ澄ました物に、そして規模の大きな物へ。
魔法陣から魔法陣へと、分裂する様に大量の魔法陣が展開され、夜空を黄色に染めていく。
出来るだけ遠くへ、多くの魔法陣を展開する、1000、2000、まだまだ行けるな!
上空から3000を超える天空魔法陣が、樹海の木々を覆い、幻想的に彩っていく。
「待ってろよ、ルミネス!!
広範囲古代魔法・
『ワールド・エア・プリフィケイション』」
※
樹海に1人で潜入した少年の安否を心配し、ギルド調査隊の2人が焚火を囲んで帰りを待っていた。
樹海調査の仕事は、樹海から草原地帯へ侵入してくる草木を、火の魔法で焼き切る事だ。
給料はそこそこ良いが、一歩間違えれば即死。毒耐性があったとしても、引き受ける者が少ない汚れ仕事だ。
不完全ながらも毒耐性のある、この道数十年のベテラン調査員、アンソニーと、魔法適性に優れた新人職員、デリスの2名に白羽の矢がたった。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、アンソニーさん」
さっきから、落ち着かない様子で貧乏揺すりをするアンソニーへ、部下のデリスが声をかけた。
「そうは言ってもなぁ、奴はまだ学生だぞ、こんな樹海で死なせるわけにはいかんだろ……」
「学生とは言っても、飛行魔法で宙に浮いたまま、大規模魔法を放てる魔法師ですよ、普通じゃ考えられませんよ」
デリスは冷静に、ドミニクの事を分析していた。
樹海の入口で魔獣に襲われた時、ドミニクが放った稲妻の魔法は『大規模魔法』だ。
初級魔法と上級魔法の違いは、込めた魔力の量によって大きく左右される。
魔法適性Aの魔力量があれば、上級の魔法を放つ事はそう難しく無い。しかし大規模魔法は、上級魔法に別の効果を2つ以上組み合わせた魔法の事を言う。
普通は、賢者クラスの魔法師が、2人以上で魔法陣を組み合わせて放つもの。それをドミニクは1人で使っていた。
それに『浄化』の魔法は、水から魔力抵抗値を無くし、聖水に変える為の魔法だ。毒霧を浄化して、正常な空気に変える事など出来ない。
ハッと、デリスの思考が別の事件と結び付く。
「まさか雪山の大穴事件に、彼が関与してるんじゃ……?」
「洞窟が丸ごと吹き飛んだって事件か? 確かにアレも稲妻の魔法だったらしいが……まぁいい、それより辺りを見回るぞ」
夜になり、とっくに終業の時間も過ぎていたが、まだ戻らない少年の為に再び調査を再開した。
「俺がライトの魔法を使いますよ」
少しでも少年が見つけやすい様に、火を大きく焚き、樹海の入口を光の魔法で照らす。
と同時に、パァーッと、樹海全体を太陽が照らしたかの様に光が包んだ。
「おいデリス、光を照らし過ぎだ! 眩しいだろ」
アンソニーの言葉も上の空に、デリスは空を見上げ、そのあり得ない光景に呆然としていた。
「俺じゃありませんよ……」
夜空に漂う、3000個の神秘的な魔法陣。
人間が作り出したとは、到底思えないその浄化の魔法の光が、樹海全体を強烈な光で照らしていた。
「何だあの光は!? なぁデリス! ありゃ何の魔法だ!?」
デリスは数千の魔法陣を見つめ、ドミニクが放った古代魔法だとすぐに確信し、その目的も理解した。
「樹海から毒霧を消し飛ばすつもりだ……只事じゃないですよ! 早くギルド本部に知らせましょう!」




