無限の霧樹海 1
閉会式の会場でレオルや上級生に絡まれ、家に帰る頃にはすっかり日が落ちていた。
リビングに入り、天井に設置されたライトの魔法石に魔力を込めて、部屋に明かりを灯す。
「ただいまー、散らかってるなぁ……」
お菓子の残骸と雑誌を拾いながら歩き、カバンをソファーに投げた。
ルミネスは、無限の霧樹海からまだ戻ってないのかな……試しに召喚してみるか。
パパッと、ソファーの上に召喚陣を描く。
「魔神召喚・『崩壊魔神・ルミネス』」
これでボトっと落ちてくる筈だ。
部屋の真ん中に、逆さまの召喚魔法陣を展開し、座って暫く待つ。
……落ちて来ないな。
何か問題があったのか? あそこは検索の魔法が使えないし、直接探しに行ってみるしか無いか。
※
飛行魔法を使ってルミネスの魔力を追いかけ、紫色の樹海を空から見下ろす。
ここまでか、魔力がこの辺りで途切れてる。
冒険者ギルド、未探索地帯の1つ『無限の霧樹海』
エリシアスの草原地帯に連なるこの樹海には、毒を空中に散布する毒性植物が多く存在する。
この覆われた毒霧には、人間の魔力派を妨害する効果があり、検索や解析などの、光を飛ばす魔法が遮られてしまう。
結界のあるエリシアスに位置しながら、猛毒により人間達の侵入を拒む。ここは植物達の聖域だ。
駄目だな、上空からでも霧が視界を遮ってる……ん? あんな所にギルドのテントがあるな。
草原地帯との境目、樹海の手前に見慣れたドラゴンのマークが付いたギルドのテントがあり、離れた所でギルド職員が木々の調査を行っていた。
小太り気味のベテランっぽい職員と、細身の新人らしき部下の2人組だ。
こんな樹海に人が来るなんて珍しいな、ギルドの調査隊かな?
入って2秒で死ぬ、と言われるこの樹海では、毒霧を魔法で浄化するか、毒耐性がないと中に入る事が出来ない。
自然界には、生まれつき毒を分解する特殊な肺を持った魔獣がいる。稀に人間にも、不完全ながら毒耐性に似た力が現れる事がある。
確かルミネスも毒耐性を持ってるって言ってたけど、1時間程度の制限付きだ。早く見つけてやらないと、次第に毒の侵食が始まる。
調査隊の上を通り過ぎようとして、シュルル! っと、何かが空を切る音が聞こえて来た。
なんの音だ? 樹海から何か飛び出して来る!
刺々しい葉っぱと、樹木に覆われた人型の魔獣が、体からぶら下がった長い蔓を引きずりながら、調査隊目掛けて飛び出した。
「ふぅ、樹海の調査なんてやってられんな、この辺で切り上げるか。なぁデリス、聞いてるのか?」
「ええ、アンソニーさん……何か変な音が聞こえませんか?」
魔獣の気配と、蔓を引きずる音にようやく気付き、2人がやっと警戒態勢を取った。
「やべえ、魔獣だ! テントまで戻って応援を呼んでこい!」
「くそっ! 魔獣の目撃証言なんて今まで無かったのに……」
調査隊の2人は顔色を変え、後ろに仰け反りながら逃げ出した。
もしかして対処できないのかな? ここから魔法で援護するか。
背を向けて逃げる調査隊目掛け、植物型の魔獣が毒の棘を発射しながら迫っていく。
樹海には高い木が密接している。うまく利用して魔獣だけを吹き飛ばそう。
パチパチと、掌から電離したプラズマを発生させる。
「いくぞ! 初級魔法・
『リフレクション・ライトニング』」
上空からズバーンっと、稲妻の魔法を放ち、魔獣の近くに生えていた大木に避雷させた。
「おぃぃ! 稲妻が木に落ちたぞ!?」
「とにかく走ってください!」
稲妻に驚いて躓くも、必死に体制を立て直し走る調査隊の2人。
大木に避雷した稲妻が音を立て、調査隊を追いかける植物型の魔獣の背中にバチバチッ! と連鎖し、一瞬で体を粉々に吹き飛ばした。
「見たか今の!? 魔獣が消滅したぞ!?」
「アンソニーさん動かないで! これは動きに反応して連鎖する魔法です!」
調査隊の1人が、僕の魔法の仕組みを一瞬で見抜き、仲間を制止した。
あの一瞬で冷静な判断をするなんて、さすがギルドの職員だ。声を掛けるまでも無かったな。
「誰か空から降りて来ますね……」
調査隊の若い男性が、僕に気付き空を見上げている。
弱いモンスターだったな、使い魔ならともかく、あんな奴らにルミネスがやられるとは思えない、何かあったのかな……
地上に降り立ち、調査隊メンバーと対面した。
「ギルドの調査隊の方達ですよね、怪我はないですか?」
僕を見た調査隊の2人は、驚きつつも奇妙な目を向けて来る。
「ああ、助かった。俺はギルド調査隊のアンソニーだ。信じられねえ、見た所、学生か? 凄まじい魔法だったな」
「同じくデリスだ。1人で大規模魔法を放つなんて、一体どうなってるんだ?」
小太りで貫禄のある髭おじさんがアンソニーさんで、若い魔導ローブを着てる方がデリスさんか。
「僕は養成学校のドミニクです、友達が樹海で行方不明なんです。何か解りましたか?」
「本当か!? 今の所は特にな、樹海の中は検索の魔法も上手く機能しないからな、見つけるのは難しいぞ……」
「俺達は樹海が広がらない様に、草刈りをやってるだけさ」
やっぱり情報は無しか、どうやってルミネスを見つけよう……
「樹海は視界も悪いしな、毒耐性はあるのか?」
「いえ、耐性はありませんが、浄化の魔法で息を止めて入るので、3時間くらいは平気です」
「なるほど、浄化の魔法か……」
もう時間が無い。とにかく樹海に潜るしかないか。
樹海へと歩き出す僕を、アンソニーさんが真剣な眼差しで呼び止めた。
「夜の樹海は危険だぞ、本当に1人で行くのか?」
そう問いかけて来たアンソニーさんの肩を、デリスさんが掴んで制止した。
「アンソニーさん……さっきの魔法を見たでしょう、俺達が着いて行っても足手纏いになるだけですよ」
優しい人達だ、無事にルミネスを見つけたら安全を知らせに戻るか。
「何かあったら手を貸して下さい、じゃあもう行きますね!」
心配する調査員に背を向け、1人で紫の霧の中へと踏み込んだ。




