新入生歓迎会 4
ピクシー会長は入口の壁に立ったまま寄りかかり、僕達の出方を伺っている。
扉が隠蔽の魔法で隠されているのは間違いない。
でも何で11時にならないと、扉が出現しないんだ?
「まいったな、カレンはどう思う?」
「んんー、今は暑くて考えてらんないよ」
カレンは首元に流れる大量の汗を拭い、ぐったりとした様子でブレザーを脱ぎ始めた。
確かに暑いな、ここはエリシアス地帯で最も気温の高い砂漠だ。立っているだけで太陽光が全身に突き刺さる。
「日陰を探して休もう、このままだと脱水症になるよ」
「暑ぃー、喉乾いたよぉ」
現在太陽の位置は東寄り、階段を下りてピラミッドの西側の方まで移動する。
「変な顔のライオンさんがいるよ、何あれ?」
「あれは、スフィンクスだね」
遺跡から少し離れた所に、東側を向いて座る石製のスフィンクス像があった。
「あれ? ドミニクは休まないの?」
「僕は大丈夫だよ、もう少し調べてみたいんだ」
巨石の日陰にカレンを休ませ、像を調べて見る。
スフィンクス像は、王の顔とライオンの体を合わせ持つ、空想上の神聖な守り神だ。今は日陰に覆われている。
王に守り神か……見るからに怪しいな。解析して見よう。
魔法陣を描いて、解析の光をスフィンクス像に飛ばして見る。
「初級魔法・『解析』」
……やっぱりな、像の背中に魔法陣が埋め込まれてる。太陽エネルギーを、魔法発動のスイッチにしてるのか。
「カレン、時間の経過に関係する物が解ったよ」
「なになに、もう答えが解ったの?」
これは、太陽の『日周運動』を利用したシンプルな仕掛けだ。
太陽は東から登り、最も高い南の空へ、そして西へと沈んで行く。11時になるとスフィンクス像に太陽光が当たり、隠蔽の魔法が解除されて扉が出現する。
それで遺跡に太陽の名前をつけたのか、古代人の遊び心だな。
カレンもようやく立ち上がり、僕の後ろからスフィンクス像を覗き込んだ。
「背中を見て、一箇所だけ材色が違うでしょ? ここに太陽の光が当たれば、入口に扉が出現する仕組みになってるんだ」
「だったら、氷の魔法で太陽光を反射させたら良いんじゃない?」
「目の付け所は悪くないね、でも砂漠地帯で水や氷属性の魔法は上手く発動しないんだ」
「へ、へー……」
魔法は『自分の魔力』と『空気中の魔力』を、魔法陣に吸収させる事で発動する。
この砂漠地帯の気候が暑いのは、膨大な『火属性』の魔力に覆われているからだ。
気候に影響を与える程、極端に火属性が満ちている場所では、描いた魔法陣が火属性の魔力で満たされてしまい、対立する氷属性の魔法は上手く発動しない。
「ええー、じゃあどうするの?」
「今考えてるよ、うーん、えっとー」
《ドミニク様、カレン様、お困りの様ですね》
頭を悩ませていると、カレンの背中に生えた暗黒の翼から、可愛らしい声が聞こえて来た。
「ダークスピリットかい? 何か手があるの?」
《勿論です。我が創造主、我は氷の精霊ですが、なにか?》
氷の精霊……? その手があったか。
ダークスピリットは精霊だ。空気中の魔力を糧に存在する妖精族とは違い、精霊族は存在するだけで魔力を振り撒き、属性を生み出す。
「カレン。今すぐダークスピリットを分離させるんだ!」
「うん! 離れて、ダークスピリット『分離召喚』」
カレンが両手を上げて、全くない魔力を振り絞ると、暗黒の翼を持つダークスピリットが背中から分離し、飛び出して来た。
砂漠に浮遊するダークスピリットから、青色の冷気が放たれ、一瞬にして氷のエレメンタルが辺りに充満して行く。
「上出来だよ、ダークスピリット!」
《お手の物ですが、なにか?》
これだけの氷の魔力があれば、光を反射させるくらい楽勝だ。
両手を使って大きな魔法陣を描くと、空間のエレメンタルが魔法陣に吸い込まれていく。
「いくよ!!
古代魔法・時空凍結魔法・
『フロスト・アイス・エイジ』」
詠唱と共に、カチコチと空気が凍りつき、青色の冷気が波の様に砂漠に広がって行く。
「すごーい、雪が降ってるよ!」
更に気温が下がり、砂漠に幻想的な雪が降る。
両手をかざし、スフィンクス像の背後に巨大な氷の鏡を生成して行く。
この魔法は、氷のエレメンタルを充満させたフィールドを作り出し、一定時間、呪文を唱えなくても自由に氷を作り出す事が出来る。
《さすが創造主です。カレン様と同じ、人間の魔力とは思えません》
「ある意味、カレンの魔力も人間離れしてるけどね」
「また私の悪口言ってない?」
鏡に反射させた太陽光がスフィンクスに当たると、遺跡全体に魔力の輝きが満ちた。
上手くいった。扉が出現したみたいだな。
※
ドミニク達が調査に行ってから数分後。
遺跡の入口前に立ったまま、ピクシーは頭を悩ませていた。
「どう考えても早すぎる……ダチョウが音速で走らないとあのタイムは出ないわ」
そこへ、記録測定を行っていた女生徒が、慌てて階段を駆け上がってきた。
「ピクシー会長! 遺跡の西側で雪が降ってます!」
「雪ですって? ここは砂漠地帯よ。雪が降るなんてあり得ないわ」
扉の仕掛けに気付いたとしても、充満した火属性により、砂漠で氷の魔法は発動しない。魔法適性の高いピクシーは、誰よりもそれを良く理解していた。
階段を数歩降り、遺跡の中央部から巨石に沿って、女生徒の証言していた方へと歩いて行く。
遺跡の西側、遥か遠くにキラキラと光る氷のカーテンが、不自然に砂漠との境目を作り、雪の降る空間を作り出していた。
「……あれは時空魔法の一種ね」
「時空魔法ですか? 聞いた事の無い魔法ですけど?」
「ええ、空間魔法とも呼ばれているわ。一定時間、特殊な空間を作り出す魔法の事をそう呼ぶの」
術者が誰なのかは見当がつく、これで解除魔法のカラクリも解けて来た。
「あの子、もしかして……古代魔法が使えるの?」




