新入生歓迎会 1
朝から登校する前に、昨日植えた隔離室のレッドハーブの様子を見に来た。
ハート型の葉を持つ興奮草から、モクモクと紫の煙が吹き出し、床から膝下くらいの高さまで不気味な毒霧がかかっていた。
もう汚染が始まってるな、他のレッドハーブの葉が変形し始めてる。
腕を組み、隔離室のガラスを見つめていると、ルミネスが気にした様子で裏庭へとやって来た。
「ドミニク様? 何をやっておられるのですか?」
「おはよう、ルミネス。薬草の観察をしてるんだ、見てみるかい?」
ルミネスも興味有りげに、隔離室の薬草を覗き込む。
「あれは無限の霧樹海に生える毒草ですか? 研究に必要であれば、私が似たような草を採取して来ますが」
「本当に? でも樹海に入るには、毒耐性か空気を浄化する魔法が必要になるよ」
「私は毒耐性を持っていますので、1時間程度の探索なら可能です」
隔離室の興奮草は遺伝子が組み替えてある。より詳しく調べるには、やっぱり自然なままの興奮草が必要だな。
「じゃあ、お願いしようかな。僕はそろそろ養成学校に行ってくるから」
「はい、お任せ下さい!」
仕事を貰えたのが嬉しかったのか、ルミネスは上機嫌に猫耳を揺らし、玄関先まで見送ってくれた。
本当は僕も一緒に樹海に潜りたい所だけど、今日は新入生歓迎会があるからな。
それにあの樹海は、毒霧が充満している代わりに魔獣が少ないし、ルミネスなら問題無くこなせるだろ。
※
転移魔法でカレンを迎えに行き、歩いて養成学校の門を抜ける。
靴を履き替え、2階への階段を登ると、生徒達の賑やかな声が教室の方から廊下まで響いていた。
「みんな、おはよー」
「おはよー」
挨拶しながら教室に入ると、教壇の前の席に座っていた、雪色の髪をした女の子と目が合った。
不意をつかれた表情のアイリスに、さり気無く手を振ると、頬杖をついたままクスッと笑い、小さく手を振り返して来た。
そのまま自分の席に着くと、見知った顔が集まって来て、部活動の話が始まった。
「結局、俺は鍛冶部に入部したぞ。ドミニクはどこにしたんだ?」
「僕は薬草研究会にしたよ。良かったじゃん、フレバー先輩は良い人そうだし」
「カレンちゃん、また料理部にも遊びに来てねっ」
「うん、またお昼にね」
レオルは鍛冶部へ、リーシャは料理部に入部申請し、つられてカレンも料理部に体験入部したらしい。
養成学校の部活は、特定の部には所属するけど基本自由に他の部にも参加できるので、迷うより積極的に体験した方がお得だ。
ガラガラと教室の引き戸を開け、追影先生が教室に入って来た。
散らばっていた生徒達が、自分の席へと戻って行く。
「おはようでござる! 今日は新入生歓迎会、恒例の『タイムアタック・クエスト』を行うぞ。校舎裏にある転移の祭壇から、砂漠地帯まで移動するでござる」
厳しい砂漠での歓迎会と聞き、生徒達からブーイングが飛ぶ。
「えー、砂漠地帯かよ、だりー」
「先生ー! 暑くて倒れちゃいますよー」
追影先生の話によると、校舎裏にある転移の祭壇には、転移魔法が刻まれた石板が祀られているらしい。
現代魔法には、空間に干渉する転移系の魔法は存在しない。しかし古代に作られた祭壇には、空間転移の魔法が刻まれた石板が、壊れずにそのまま現代まで残っている物もある。
エリシアス地帯にも同じ転移の祭壇があって、養成学校と繋がっているみたいだ。
1年は『探索』の授業がメインだ。砂漠地帯で行う探索クエストで間違いないだろうけど。タイムアタックって事は、クリア時間を競うのかな? なら転移魔法に慣れてるカレンと組むか。
「カレン、僕と一緒に行くよ。転移魔法でさっさとゴールするからね」
「うん、タイムアタックだって! 頑張るよー」
※
クラス全員で教室を出て、校舎裏の祭壇へと移動する。
うちの部室の近くだな、こんな所に洞窟があったのか。
巨大な石板が上下左右に上手く支え合い重なる、人工の洞窟の中に祭壇はあった。生徒達が2列に並び、前から順番に祭壇へと入って行く。
石板に触れると転移魔法が発動し、次々と生徒達が転移の狭間に吸い込まれて行く。古代模様の祭壇に置かれた石板には、黄色に光る魔法陣が刻まれていた。
僕達の番か……ついでに石板の魔法陣を解析しとこう。
うーん、これはやっぱり古代魔法だな。刻まれてから数千年は経ってる……よく機能してるなー。
カレンは首を傾げ、不思議そうに石板を見つめていた。
「ねぇ、こんな石で本当に転移できるの?」
「みたいだね、特定の場所にしか行けない上に、劣化して魔法陣が消えかけてる……あと数年しない内に転移魔法が発動しなくなるよ」
カレンと手を繋いだまま石板に手を触れると、ゆっくりと全身を転移魔法の闇が包み、一瞬にして石版に吸い込まれた。
※
転移先は、黄色い砂にまみれた小部屋だった。灰色のレンガの壁に囲まれていて、扉は1つしかない。
「無事に転移されたよ、遺跡の中の一室みたいだね」
「狭いし暑いね、早く外に出よー」
確かに暑い、気温差で頭がぐらぐらする。石板から手を離し、出口の鉄の扉を開ける。
懐かしいな……足場の柔らかい黄色の砂と、遠くに揺れる陽炎から熱気が伝わってくる。この砂漠には、僕も幼い頃に考古学者の両親と来た事がある。
転移の祭壇を振り返るとそこには、ポツンと1部屋だけ取り残された遺跡の一室があった。
「あっつ、もうみんな集まってるよ」
「ううー、もう汗が止まらないんだけどー」
エリシアス地帯の結界により、この砂漠にも人間の脅威となる魔獣は居ない。この砂漠を支配している竜族は、黄色の鱗を持つ『サンドドラゴン』だ。
強力な砂嵐の魔法を使うらしいけど、サンドドラゴンの目撃例は非常に少なく、絶滅したとも言われている。それに、竜族は自分から人間を襲う事はあまり無い。
広大な砂漠の中央に、上級生と教員、そして僕達1年生が集まっていた。
みんな熱にやられてグッタリしてるなー。さすが冒険者の養成学校だ、こんな所で歓迎会なんて普通じゃ考えられない……
腰に手を当て、凛と立つ、カルナ先生の拡声魔法が砂漠に響いた。
「では今から新入生歓迎会、タイムアタック・クエストを行います! このスタート地点から30km先の『太陽の遺跡』までのタイムと、遺跡の探索にかかったタイムを合計した時間で競います。
近くの上級生から、召喚の魔法石を受け取って下さい、移動用の魔獣が現れます」
カルナ先生の指示により、近くに居た上級生が召喚魔法の刻まれた魔法石を配っていく。
移動用の魔獣を使わないと駄目なのか、あーあ、転移魔法でさっさと遺跡まで行きたかったのに。
上級生から受け取った魔法石に、カレンがプルプルと震えながら魔力を込める。
「ううう、倒れそう……」
「大丈夫? 頑張れカレン!」
なんとか魔力を振り絞ると、地面に小さな召喚陣が現れた。
「『魔獣召喚!』出ておいでー!」
カレンの呼びかけに反応し、魔法陣からクエーッ! っと、やる気満々の鳴き声と共に何かが飛び出してきた。
現れたのは、頑丈そうな長い2本の脚で砂地に立つ、翼が退化した鳥型の魔獣だ。
フワフワの白い体毛に覆われた胴体、細長い首の先の頭部に、大きな黄色のクチバシとつぶらな瞳。
《クエー》
こいつは……ダチョウだな!
まさかのモフモフのダチョウ登場に、カレンのテンションが上がる。
「可愛いー! ねえねえドミニク、乗っても良い?」
「待って、先にステータスカードで能力を確認してみるから」
大人しいダチョウ君の首元に、ステータスカードをかざす。
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『名前』:ロストウイング・エンジェル
『種族』:走鳥
『性別、年齢』:♂ 10歳
『移動能力』:加速 C
:持久力 B
:飛行 F
『ステータスカード称号』:鳥 :時速50km
一一一一一一一一一一一一一
時速50km!? 遅すぎる!
白いダチョウの体毛を、幸せそうにモフモフするカレンをひっぺがす。
「何するの! ドミニクー!」
「離れてカレン! このまま乗ってもタイムアタックで記録は残せない、先に改造しよう」
人間の言葉を理解してるのか、ダチョウ君が物凄い奇声を上げた。
《ク、クエー!?》
「まずはこの退化した翼をなんとかしないと、ダラダラ走ってても勝てないからね」
《ク、クエ……》
「そっかー、ダチョウ君も改造して欲しいのかな、喜んでるみたい!」
《グェ!? クエェェー!?》
鬼の形相で鳴き叫ぶダチョウ君から、戦いの決意が伝わってくる。
……良かった、どうやらダチョウ君もこの勝負に乗り気の様だ!
砂漠地帯を全力で走ったとして、30km先の遺跡まで辿り着くのには数十秒もかから無い。
なら何で、タイムアタックにわざわざ足の遅い魔獣を用意したんだ……?
僕の勘が正しければ、この歓迎会の意図は別にある。
恐らく、この翼の退化したダチョウの生態を予測し『飛行能力を取り戻させる事』それがこのタイムアタックに隠された本当の勝負だ!




