薬草研究会 5
鍛冶部のあった工業地帯の向かいに、旅館風の外観をした大きな食堂があった。
「あれが食堂かー、三角の瓦屋根なんて珍しいな」
「この辺じゃあまり見かけないよね」
職員が入口で食券を販売しており、内部は長机と椅子が綺麗に並べられた、シンプルなホールになっていた。
「おすすめメニューは無いのかな? パンとサラダのセットで良いか」
「私もドミニク君と一緒のにしよ」
入口で買った食券をカウンターに出し、空いていた席へ座る。
いつの間に持って来たのか、アイリスは入口に置いてあった雑誌を嬉しそうに抱えていた。
「見てよこの本『薬草恋占い』だって、一緒に占って見ようよ」
「なんかマニアックなタイトルだね……」
無邪気に占い雑誌を広げて、肩が触れる距離まで椅子を寄せて来る。
占いが好きなんてやっぱり女の子だな、でもこんなに密着してると、周りに変な誤解されちゃいそうだ。
「えーっと、私とドミニク君の相性は……
凄い!相性1200%だって、2人の将来は結婚間違い無しって書いてあるよ」
「結婚!? 照れるなー、アイリスは可愛一一一一」
ガシャン!!と、僕達の会話を遮る様に、お皿が台に叩き付けられた。
乱暴な店員だなー、せっかく良い所だったのに。教育がなってないな!
「お客様……」
「あー、はいはい、今盛り上がってる所だから、そこに置いといてね」
ん? 聞き覚えのある声だな……誰だっけ……?
嫌な予感がして雑誌から顔を上げると、可愛らしいメイド服を着た、カレンとリーシャが僕を睨みつけていた。
「お客様、食堂内での猥褻行為はお控え下さい」
「ドミニク君、もう別の女の子とっ! ダメだよっ!」
「猥褻!? 何やってんの2人とも!?」
「あらら、モテモテだねドミニク君」
しまった! そう言えば2人は料理部を見に行くって言ってたな。
「ドミニクの分は、私が愛情を込めて作っておいたから、ちゃんと残さず食べるんだよ!」
「だよっ」
そう言い残し、不貞腐れた様子で調理場へと戻っていった。
ええ?? リーシャはともかく、カレンは料理できないだろ。
いや、待てよ……
「パンは焼くだけだから大丈夫か!」
「黒焦げだよ、このパン」
「……」
真っ黒なパンから焦げ目を取り除き、残った残骸とサラダを残さず食べた。アイリスの方のパンは高級食材を使ったかの様な、完璧な仕上がりになっていた。リーシャが作ったんだな。
※
食堂を出てから、アイリスに転移魔法の事を事前に説明し、家の薬草保管室に案内する事にした。
部室のビニール室では、毒素を振りまく興奮草を隔離出来ず、他の薬草が汚染されてしまう。
あの遺伝子組み換え草は、完全に隔離して保管しないと駄目だ。
それに、アイリスにはこの先、研究の手助けをして貰う事になるだろうしね。
「じゃあ行こうか、本当に転移魔法だから驚かないでね」
「ふふ、さっきも聞いたよー。ドミニク君って結構お茶目なんだね」
本当に大丈夫かな……パパッと片手で魔法陣を描く。
「古代魔法・『空間転移』」
食堂裏庭の人気の無い場所に、ブィーンと音を立てながら転移の狭間が現れた。
一瞬にして顔が硬直し、真顔になるアイリス。
「……きゃあぁ! 何これ!? 何で! 嘘だー!」
「だから言ったじゃん、本当に転移魔法なんだって。怖がってないで中に入ろう?」
「待ってぇ! 心の準備がー!」
気が動転し、倒れそうなアイリスに何とか転移の狭間に入ってもらい、薬草保管室へと転移した。
※
「びっくりしたよー。本当に転移してる……」
「ここが薬草保管室だよ。部屋の区分ごとにガラスで仕切ってあるんだ」
ここは日当たりの良いガラス製の保管室だ。鉄枠の骨組みに気候を操る魔法石を取り付け、ガラスで完全に区分を作る事により、様々な環境を自在に作り出せる。
「嘘……何であの部屋だけ雪が降ってるの?」
アイリスは不思議そうに、ガラスの向こうの雪の降る部屋を覗き込んでいる。
視線の先には、雪に半分埋もれた白い花が咲いていた。
「あれは雪山に生える雪花だね、雪を養分にしないと枯れちゃうんだ。ちなみに室内の温度調整も出来るよ」
薬草は環境の変化によって簡単に枯れてしまうので、各種薬草に合わせた自然環境を保つのが大事だ。
「聞いた事の無い技術だよ、どうやって室温を自動で調整してるの?」
「『共鳴石』のお陰だよ、2対の共鳴石に『暖房』と『冷房』の魔法を込めると、魔力放出量をお互いの石が感知し合って、室温が一定に保たれるんだ」
「共鳴石?? 頭が痛くなってきた……」
アイリスは頭に謎の文字を浮かべ、引きつった笑顔を見せた。
薬草ならともかく、魔法石については専門外みたいだ。
「遺伝子組み換え草は、こっちの部屋に隔離してあるよ。ここに普通のレッドハーブを移そう」
「うん、部活開始だよ」
両手で丁寧に土を掘り、試しにレッドハーブを10本だけ土から抜いて隔離室に移す。
この部屋で興奮草が毒を散布すれば、レッドハーブが汚染されてエリクサー用のハーブが出来上がる。
金! じゃなくて、ゴールドハーブになりますように!
※
それから転移魔法で部室に戻り、今日の部活はお終いとなった。
タンクの蛇口をひねり、土で汚れた手をエリクサーで綺麗に洗い落とす。
「そろそろ下校の時間だから、また明日ね!」
「うん! 今日はお疲れ様でした」
ルイス先生はまだ戻って無いみたいだ、どこかで昼寝でもしてるのかな? 僕も帰ろう。




